第十三話 WHO YOU ARE
第五階層――工業区。
「“転移者”様の仲間だぁ? 知らねぇな。ここんとこ仕事続きでよ」
「ああ、噂なら聞いたことがあるよ。すげーつえぇーんだってさ」
「あと二日働けば二週間ぶりの休みなんだ。あと二日……あと二日で息子に会える……あと二日……」
第四階層――居住区。
「ははは、居るわけないだろう。そんなすごい人がいるんならもっと大騒ぎになってるよ」
「……居るぜ。この王都に。俺は一度、実際に会ったことがある。商業区で魚を選んでた」
「ようこそロウサン土地管理会社へ。私が社長のロウサンです。この王都のあらゆる不動産を管理しています。なに? “転移者”様の仲間ですと? 残念ながら顧客の個人情報はお教えできませんな」
第三階層――商業区。
「んなことより今日はいい野菜が入ったんだよ! なんとこの大きさで二百ゼンだ! 魔法で違法成長促進させたわけじゃないぜ! ホントだよ! なに? 品質証明書見せろ? そんなものウチにはないよ口に入ったらなんでも同じだろ細かいこと気にすんなよ」
「彼女ならたまにウチに肉を買いに来るよ。だが不定期でね。いつ来るかもわからないし、今この王都にいるかどうかもわからないんだ」
「買う気がないんなら帰りな。ウチも暇じゃないんでね。なにか買うってんなら話を聞いてやってもいいが」
第二階層――観光区。
「ローグリンド王国へようこそ。目的地はどちらですか? どこへでも案内いたしますよ。は? “転移者”様のお仲間の居場所? ……申し訳ありませんがそういったサービスは行っておりませんので……」
「あの女を捜してるって? やめときな。関わるとロクなことにならねぇ……俺はあいつを見かけた一週間後に……財布を無くしたんだ」
「王都名物ローリングローグリンドロールケーキだよ~! お土産にどうぞ~! 買わなきゃ損だよ~!」
――……
「見つかんないね~……」
――第三階層、商業区の食堂で休憩するショーコとフェイ。
さすが王都の食堂だけあって店内は満員。四方八方でガヤガヤと賑やかな会話が飛び交っている。
「人探しって案外難しいんですね」
「てかしっかりお土産のロールケーキ買ってる場合じゃないでしょ!」
フェイの椅子の足下にはお土産が入った紙袋が置かれていた。
「買わなきゃ損って言う売り文句ズルいですよね」
「まんまとのせられてんじゃないよ!」
「てへり」
フェイはいたずらっぽく笑って誤魔化した。
「ったく、こちとら王都大捜査線が空振りに終わってガックシきてるってのに……」
「各階層で聞き込みをしても、大した情報は得られませんでしたね」
「目撃談も尾ひれがついた話ばっかりだったもんね。一言も喋らない戦闘マシーンだとかツノとシッポが生えてるだとか腕が四本だとか……こんなんじゃ見つかりっこないわさ」
「王都の人口は膨大です。一朝一夕では見つかりませんよ」
「一朝一夕……諺や四文字熟語まで異世界に輸入されてるんだなあ。この世界には他にどんな四字熟語があるの?」
「焼肉朝食」
「ベタやな~って言おうとしたけど朝から重いモン食べるんだねこの世界の人」
二人がペチャクチャ無駄話をしていると――
「どうぞお二人さん、ウチの看板メニューだよ」
――テーブルに大皿の肉料理が運ばれてきた。
鳥をまるごと一羽利用した料理のようだ。香辛料の香りがショーコの鼻をつんざく。
「あれ? 店員さん、まだ注文してないよ」
「こいつはオゴリだよ。アンタ、新しい“転移者”様だっていうじゃないか。俺の店に来てくれた礼さ。お代はいらないよ」
「ウソ!? すごい! これが有名税ってやつ!? ……でもどうして私が“転移者”だって知ってるの?」
「店の入り口で予約表に名前書いてたろ」
店員が予約表を見せる。そこには『新しい転移者様とルカリウス公国外交官フェンゼルシア・ポート・ユアンテンセン』と書かれていた。枠内ギリギリで。
「…………フェイ」
「? 何か間違いがありましたか?」
ショーコは呆れ気味に息を吐いた。
「店員さん、やっぱりタダで食べさせてもらうわけにはいかないよ。他のお客さんに感づかれてエコヒイキだって言われる前に取り下げて」
「いいさいいさ。“転移者”様のおかげでこうやって平和に暮らせるんだからな。安心してくれ、他の客は気づいちゃいないさ。みんな目の前の料理と値段が見合ってるか吟味するので頭いっぱいだからよ。ケチつけた客は店を出る時に骨の数が変わってるがね」
「どういう意味?」
「俺の料理にケチつけるやつぁ腕へし折ってやるってことさ」
「ひぇ」
「まあとにかく、ゆっくりしていってくんな。“転移者”様」
店員は笑顔で手を振りながら厨房に引っ込んでいった。
「もう、フェイ。私が“転移者”だって言いふらすのあんまりよくないよ」
「どうしてですか?」
「なんだか偉ぶってるみたいじゃん。“転移者”様だぞー、タダ飯食わせろーって感じでさ。テレビの撮影だからって行列無視して横入りしてるみたいな」
「ちょっと意味わかんないんですがよろしくないことはわかります」
「悪気がなかったのはわかってるけど、あんまりやらない方がいいよ。人間、偉そうにふんぞり返ってると嫌われちゃうもんだからさ」
「わかりました。ショーコさんが“転移者”ではないと店員さんに訂正してきます」
真面目なフェイは言われたことをすぐさま実行しようと厨房へと駆けて行った。
「あ、ちょっとフェイ! ……素直でいい子だけど素直すぎるとこがあるな」
一瞬立ち上がったがもう遅いとわかって座り直し、ショーコは小さく苦笑いを浮かべた。
「あれで外交官やってるんだから、ルカリウス公国の外交情勢が気になるよ」
ショーコが政治情勢を心配していると、ガタッと椅子を動かす音がした。
目線を上げると、テーブルの向かいの席に見知らぬ金髪の女性が腰かけている。
腰まで届くウェーブがかった金髪、革で出来たジャケットを羽織り、首には黄色いスカーフが巻かれている。ショーコはどことなく古い西部劇に出てくるガンマンを連想した。
長い金髪が特徴的なその女性は、ショーコと目が合うとニカッと笑い、テーブルの上の鳥料理に手を伸ばした。
骨ごと肉を引きちぎり、むさぼるように食らいつく。まるで遠慮のない食べっぷり。
この見知らぬ女性は誰だろうか? まあ、きっとフェイの知人だろう。外交官だから外国にも知り合いが多いのかな……とショーコは思った。
「どこに居るのかな~……“転移者”の仲間の“マイ”さん」
鶏肉をがっつく金髪女性を尻目に独り言をつぶやくショーコ。
「ショーコさん、店員さんに訂正しようとしてきたのですが、いいっていいっての一点張りで聞き入れてもらえませんでした。それより六番テーブルのお客が会計でゴネだしたからブチのめすのに忙しいそうです」
フェイが厨房から戻る。なんか物騒な話が聞こえたが、スルーしよう。
「もういいよフェイ。せっかくだからご厚意に甘えよ。あんまりしつこいと私達も骨折大サービスされちゃうかもだし」
「わかりました」
フェイが椅子を引き、金髪の女性の隣に座る。
謎の金髪女性は手を休めることなく一心不乱に料理を口に運び続けていた。
フェイがナイフとフォークを使って鶏肉を綺麗に切り分け、自身とショーコの皿に盛り分けた。
ショーコは一切れ口に入れた。
「あ、おいしい。スパイスが効いててちょっと辛いね。でもそれがうまい」
「本当ですね。ピリリと刺激がありますが、もう一口もう一口とつい食べてしまいます」
「お母ちゃんが作るチョコクッキーと同じくらい辛いや」
「えっ、ショーコさんの世界ではクッキーって辛いものなんですか」
「ウチのお母ちゃんの料理スキルを舐めちゃダメだよ。それにしてもこんな美味しいのタダで食べれるなんて、やっぱり“転移者”だって主張して正解だったね」
「あっ、さっきと言ってることが違いますよ」
「結果オーライ、雨降って地ぃー固まるってやつさ」
「ふふふ、調子いいんですね」
「臨機応変と言ってくれたまえ」
「ところでショーコさん、先程から気になっていたのですが」
「うん?」
「こちらの金髪の方、ショーコさんのお知り合いですか?」
「え、フェイの友達じゃないの?」
「え?」
「えっ」
「はい」
「えっ」
「……」
「……」
――突然、形容し難い恐怖がショーコを襲った。
初対面の全く知らない人間が、さも当然のように同じテーブルで自分達の料理をかっ食らっている状況。
どう考えても普通ではなかった。
どう考えてもヤベーやつだこの人。
「だ、だだだだだ誰あんた!?」
椅子から立ち上がって狼藉するショーコ。
逆にフェイは落ち着いた口調で説明を求めた。
「我々はあなたのことを存じ上げません。申し訳ありませんが、身分と名前を名乗っていただけますでしょうか」
金髪の女性は口に含んでいた料理をごくんと飲み込み、ふぅと大きく息を吐いた。
「いやぁ~食った食った。ごちそうさん。やっぱ他人の金で食うメシが一番美味いな。ところで食後のデザートはねーの?」
質問の答えになっていない。それどころかすんげー図々しいこと言ってる。
フェイは徒手空拳の構えをとった。
「構えんなよお姉さん。怪しいモンじゃないって」
怪しいというレベルをすっ飛んで怖い……とショーコは思った。
「あんたら、“マイ”を捜してるんだろ?」
「!」
フェイは構えを解いた。
「“転移者”様のお仲間をご存じなのですか?」
「ま、知り合いっちゅーか、同業者っちゅーか、商売敵っちゅーか」
「け、結局あんたナニモンなのさ! 人のテーブルの料理勝手に食べて! 野良犬でももうちょっと顔色うかがうぞ! どういう神経してんだいこんにゃろめ!」
フェイの背後に隠れてキャンキャン吠えるショーコ。威勢のいい小動物といった具合だ。
「もう一度伺います。あなたは一体何者なのですか」
フェイの問いに、金髪の女性はニカッと笑って答えた。
「アタシはクリス。賞金稼ぎのクリスちゃんさ。どうだ? マイに会いたいってんならアタシのヤマに乗ってくんないか?」
「ヤマ……?」




