第十一話 宴だーっ!
――夜。
〈ラホーリの村〉では宴会が開かれていた。
ランタンの灯りに照らされた家屋の中でドワーフ達がドンチャン騒ぎをしている。長机の上には大皿に盛られた料理が続々と運ばれ、酒の注がれた小さい樽のジョッキを片手に大笑いして騒いでいた。
この宴会は村の恩人である二人をもてなすためのものだ。
その恩人とはもちろん、“転移者”であり“救世主”であるショーコとフェイの二人。
「転移者様! 飲んどりますかァ~~~? 食っとりますかァ~~~? ジャンジャン飲んでくださいよ! 主役なんだからあ! ヨッ! アンタが大将っ!」
「いや、未成年なんでアルコールはちょっと……」
酒気帯びでハイテンションなドワーフ達とは対照的にショーコはやや引き気味だった。まあ十代の女子高生が酔ったオッサン集団の中に放り込まれては肩身も狭いのは当然か。
「ショーコさん、早く料理食べないとなくなっちゃいますよ」
口いっぱいに料理を頬張るフェイ。スリムな見かけによらず、意外にも大食いらしい。端正な顔立ちのエルフがバクバク食べるもんだからギャップがすごい。
「おぉ〜! お連れのお嬢さん、いい食べっぷりだねぇ! “転移者”様もホラ、どんどん食ってくださいな! ホレホレッ!」
酔っ払いのドワーフに絡まれ、ショーコはどうしたものかと困り果てていた。
「コラ! なぁに“転移者”様に絡んでんだい! あんたの席は向こうだよ! ホラ、行った行った!」
女性のドワーフがショーコと酔っ払いを引き離してくれた。
ショーコはこの村に来て……いや、この世界に来て初めて女性のドワーフを実際に見た。
「すみませんねえ、ウチのモンがウザ絡みして。こう見えてもみんなあなたに感謝しとるんですよ」
「い、いえいえ。私は別に大したことはしてないんで」
そういえばギジリブ強盗団襲撃の際、女性のドワーフ達は見かけなかったが、どこかに閉じ込められていたのだろうか
「それにしても強盗団のヤツらも運がいいね。村の女衆が揃って婦人会の旅行に行ってる日に襲ってくるなんて……アタシ達がいたらコテンパンにしてやったってのに」
あ、なんだ。偶然留守にしていたから無事だったのか。
「まっ、“転移者”様もたくさん食べとくれよ。お礼なんだからね。どうぞ、ブタ肉のロッソソース煮だよ」
ショーコの眼前に肉料理が置かれる。
大きな塊状にカットされた豚肉、そこにコールタールのようなドロっとしたソースがかけられている。
「うあ~……こりゃまたカロリーが溢れてる感じ。乙女の天敵だよドワーフ料理」
とはいえあんまり遠慮するのも申し訳ないかな……と思い、ショーコは料理を口に運んだ。
めっちゃ美味しい。肉は軟らかく、味付けは濃い目。甘辛いソースが格段に美味だ。
炭鉱での力仕事をこなすためにエネルギー補給は重要。故にドワーフ料理は栄養とカロリーがたくさん摂取できる。モリモリ食べてビシバシ働くための料理だった。
「美味しい! 一緒に白ご飯食べたくなるねコレ」
ショーコがコレステロールに舌鼓を打っていると――突然、ドワーフ達が静まり返った。
「……?」
ドワーフ達は皆、家屋の入り口の方向に視線を向けている。
ショーコもそれに倣って目を向けた。
そこには、手下に支えられ、身体に包帯を巻いたユートマンの姿があった。
「……」
バツが悪そうな顔をしている。ゆっくりと足を上げ、子分の補助を借りながら歩き出した。
ショーコの眼前まで来ると、ユートマンはごにょごにょともどかしそうに口を動かし、気恥ずかしそうに言った。
「……ショーコって言ったか。借りができちまったな……ありがとよ。あんたは恩人だ」
「お礼を言うなら私じゃなくてドワーフのみんなにだよ」
「……感謝する。それと……ひでぇことしてすまなかった」
ユートマンは悔しそうにドワーフ達に頭を下げた。
「お、おやびん、天下のギジリブ強盗団が頭を下げるなんてかっこ悪ぃですぜ」
「うるせーっ! ケジメだケジメ! お前らも詫び入れろ!」
ユートマンに怒鳴られ、強盗団の面々も謝罪の意を込めて揃って頭を下げた。“スジ”という奴を通したのだ。
「フン、言っておくがわしらは見捨てるつもりだったんだからな」
ドワーフの一人が言う。彼らの態度ももっともだ。
「チェッ、狙った獲物に助けられる悪党なんざ画にもならねぇ」
「じゃ、いい機会だしこれをきっかけに足を洗ったら?」
ショーコに廃業を促されたユートマンは指で髭をなぞった。
「そうだな……もう長いこと風呂にも入ってねえし」
「じゃなくて……いや、風呂には入れよ。せっかく魔王もモンスターもいない平和な世界になったんだから、悪いことなんてやめなよ」
「そう単純なことじゃねえ。世の中ってのは複雑で残酷でよ、俺達も食ってくためにやってんだ。やむをやまれずにな」
「あなた達の腕なら用心棒に雇いたいという国もあるはずです。魔族はいなくとも、それこそあなた達のような犯罪者の被害に悩まされている街は日々増加しているので需要はありますよ」
料理を頬に蓄えながら言うフェイに対し、ユートマンは肩をすくめた。
その表情には半ば諦めの色が出ている。彼もかつて色々と試してみたのだろうと察せれた。
「どうだかな。平和になっても割を食うヤツは必ず出てくる。そして、世の中の大半の連中は俺達のような割を食った人間を知らんぷりしてるのさ」
「だからって悪いことしていい理由にはならないと思う」
「ウ……た、確かにその通りだ……俺はハズカシイ」
ショーコに正論で諭され、うなだれるユートマン。
悪名高い賞金首が十代の少女にお説教されている様は滑稽だった。
「まあ、これからは真っ当に生きてちょーだい。大変なこともあるだろうけど、人生は七転び八起きだからさ。って、異世界で日本の諺言ってもよくわかんないか。アハハ」
「おめえ、“転移者”のヤロウと同じこと言うんだな」
ユートマンの物言いに、ショーコはピクリと反応した。
「……!? ……ちょっと待って。その言い方だとまるで……」
「ああ、俺ァ昔“最初の転移者”と会ったことがある」
「ほ、ホントに!? ウソ!? ど、どこで!? いつ!? 何時何分何秒地球が何回回った時!? い、今その人どこにいるの!? 教えて! おせーて! おせーてくれよぉ!」
“最初の転移者”と直接会ったことがある人間は彼が初めてだ。少しでも情報を得ようとすがりつくショーコ。
ユートマンは物憂げに遠くに視線を向けながら言う。
「残念だが、俺が出会ったのはヤツが魔族の王を倒すって旅の途中でよ。今どこに居るのかもサッパリわからねえ。噂じゃあ孤島で隠居してるって話もあるし、魔王に代わって世界を裏で支配してるって話もある」
世界を支配している……? どういうことだ?
魔王を倒して、その後釜に座ったとでも言うのか?
陰謀論にしては無茶苦茶だなと、ショーコは真面目に取り合わなかった。
「アイツに会うのは簡単じゃねえとは思うが気をつけな。なんせヤツは確かに強ぇが、キザでイヤなヤローだからな! おまけに女にモテるとくらぁ」
どうやら“最初の転移者”は異世界転移モノのお約束に倣って異様にモテるらしい。
「そいつはけしからんな」
ショーコはまだ恋愛をしたことはないが異性にモテる人間には敵意を持っていた。
「我々は“最初の転移者”の仲間が居ると聞いて〈ローグリンド王国〉へと向かう旅の途中なのです。なにかご存じですか?」
骨付き肉を頬張りながらフェイが尋ねる。
「きっと“マイ”のヤローのことだな。アイツは特に愛想のない気難しいヤツだ。せいぜい怒らせないようにするこったな」
名前から察するに女性のようだ。ユートマンの話を聞くに、どうやらその“マイ”という人物も一筋縄ではいかない相手らしい。
「そんじゃあ、俺達はそろそろ行くぜ。あんまり長居するとドワーフどもの睨みがウザいんでな」
わざとイヤミっぽく言うユートマン。助けられて感謝はしているが、複雑な心境のようだ。
「ふん! ワシらとしても出てってくれた方が助かるわ! さっさと行っちまえ!」
「うるせェーッ! 出てくって言ってんだろ! 殴ったりして悪かったな!」
「ワシらの気が変わらんうちに失せろ! 夜道に気をつけてな! その前に飯だけでも食べてってもいいぞ!」
「てめぇらとオサラバできてこっちも清々するぜ! お気遣いどうもな! 風邪ひくなよ!」
さんざ憎まれ口を叩き終わった後、ユートマンは真面目な面持ちでショーコに向き直る。
「…………“転移者”のヤローは嫌ぇだが、あんたは好きだ。大人になっても“いいヤツ”のままでいな。あばよ」
踵を返し、子分の肩を借りながら大きく身体を揺らして去って行くユートマン。
ショーコも彼らの背中に向けて別れの言葉を投げ返した。
「ありがとう。時々お風呂に入りなよ」
「フン、ようやく行ったか。さあ、なにしてるドワーフの鉱夫達よ! 今宵は宴だ! “転移者”様を盛大にもてなすぞー!」
「よぅし! 不肖ながらこの勇敢なるゴルスタッグ、歌い手を務めさせてもらおう!」
「おー! やれやれ! 貴様のヒドイ歌で場を盛り上げろー!」
「ショーコさん、ドワーフという種族は力強い歌を唄うことで有名なんですよ。彼らの歌は魂を鼓舞し、気持ちを高揚させる力があると言われています」
「へー、そうなんだ。どんな歌なんだろ」
「それでは聞いてください。ゴルスタッグで、『どわあふ街道冬景色』」
「なんで異世界で演歌なの」
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――夜空に豪快な歌声が響く頃、宴会場の隣の納屋では……
「……なあシリアル、俺達もドワーフ料理食わしてもらえねえかな?」
「……無理だろうな」
干し草に囲まれ、ドワーフ製の鎖でぐるぐる巻きにされたシリアルとスムージーの姿があった。
ここ数日マトモなものを口にしていない二人にとって、食欲をそそる料理の香りと楽しげな笑い声に晒されるのはある種の拷問だった。
「……じゃあみんなに混じって一緒に楽しく歌わせてもらうのは?」
「……無理だろうな」
そして、ドワーフ達の宴会は朝まで続くのだった――




