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スデに世界は救われた!! ―とっくの昔にSAVED THE WORLD―  作者: カーチスの野郎
第一章 Bandit Rhapsody
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第十話 特別なんかじゃなくたって

 ユートマンは地面に倒れ伏した。ヒグマの如き巨体が鈍い音と共に僅かに地面を振動させる。


「はっはー! 俺達ゃ泣く子も黙る盗賊ブラザーズ! シリアル!」


「ア~ンド、スムージー! てめえら動くんじゃねぇー! こっちゃ人質がいんだぞ! 動くなオラ動くなァ!」


 ユートマンを背後から刺したのは、拘束しておいたはずの盗賊――シリアルだった。

 スムージーは右手にナイフを握り、左手にドワーフの子供を抱きかかえている。


「わー! また捕まっちゃったー!」

 が、当の人質本人は全然危機感がない様子だった。


 彼らを縄で縛ったのはショーコだ。どうやら拘束が甘かったらしい。ちょうちょ結びではなく固結びにしておくべきだったと後悔する。


「おやびん!」


 ギジリブ強盗団の手下がユートマンに近づこうとするも、シリアルが牽制する。


「おっと、妙な動きすんなって言ったろ。この木偶の坊をもっとメッタ刺しにするぜ」


 うつ伏せに倒れているユートマンの背中からナイフを引き抜くシリアル。

 血が噴き出し、ユートマンがうめき声を上げた。


「や、やめろ! わかったから! 大人しくするから!」


「へへへ、こいつぁツイてるぜ。ギジリブ強盗団のユートマンといやあかなりの首だ。正面からじゃとても敵わねえが、この様子じゃあもう立てねえな」


「まったくもってまったくだ。だけどよシリアル、早くしてくれねぇか。ドワーフのガキは見た目によらずすげぇ重い……!」


「慌てるなスムージー。せっかく人質までとったんだ。あのショーコってジャリガキとエルフの小娘にもたっぷり仕返ししてやろうぜ」


 邪悪な笑みが二人の顔に浮かぶ。


「っ……うっ……」


 ショーコは動けなかった。


 人が刃物で刺される場面を目撃したのは初めての経験だった。

 その生々しさと恐怖に呑まれてしまい、どうすればいいのか全くわからない。


 シリアルがナイフを構えてにじり寄る。

 恐怖が目に見える形で迫り来る。



 その時――


「ショーコさん、魔法を唱えてください!」


「へ!?」


 フェイの言葉にショーコは耳を疑った。

 魔法なんか使えないことはつい先程ハッキリしたばかり。あれだけ恥ずかしい思いをしたのに、まだ何かやらせようと言うのか。


「魔法だあ? このジャリガキが魔法使いだってのか?」


 シリアルが鼻で笑う。スムージーもガダガタの歯を見せながらイヤミたらしく笑った。


「笑っていられるのも今のうちです。ショーコさんは異世界からの“転移者”……史上二人目の偉大なる英雄なのですよ」


 フェイの言に、ヘラヘラ笑っていたシリアルとスムージーから一気に血の気が引いた。


「なっ、なっ、ぬゎんだってぇ!?」


「う、うそつくんじゃねえ! そんな弱虫ヤローが“転移者”様なワケがねえ!」


「では証明してもらいましょう。さあショーコさん、どーんとブチかましてください!」


「ま、魔法ったってそんな……」


「ショーコさん!」


 フェイの銀色の瞳が真っ直ぐにショーコを見つめた。


 彼女は心から信じているのだ。魔法を。“転移者”を。ショーコのことを。


「……~~~っ!」


 こうなりゃヤケだ。もうどうにでもなれと、ショーコは半自暴自棄になった。


「ええい! 不埒な悪党め! 子供を人質に取るとは不届き千万! お天道様が許しても、この未船ショーコはゆるすまじ!」


 相も変わらず大根芝居。どうやらショーコは役を演じる際ちょっと時代劇調になっちゃうらしい。


「我がスーパーミラクルデリシャス魔法でギッタンギッタンのケッチョンケッチョンのメッロメッロンにしてやるわいな! 覚悟しませい!」


「なっ、なんだとぉ!?」


「い、一体何を……!」


 ショーコは両の手をユラユラと蠢かし、大きな円を描き、二人に向かって力の限り叫んだ。



「奇妙奇天烈摩訶不思議! ホンワカパッパのパ~~~!」



 ……


「…………?」


「…………あれ……? ……な、何が……」



 当然、何も起こらない。


 結果は分かりきっていた。ショーコに魔法など使えるわけがない。


 いくら呪文を唱えようと、勇ましく強がろうと、特別でない平凡な少女にできることなど何も――



「勝負ありですね」


 フェイが小さくつぶやいたのを、シリアルは聞き逃さなかった。


「……! ……お、おい! なんだそりゃ! どういう意味だ!」


 フェイは「やれやれ……」といった表情で首を振った。


「お二方、悪いことは言いません。早くお医者さんに診てもらう準備をした方がいいですよ」


「な、なんだよ! な、なんでそんな怖いこと言うんだ!」


 得意げな表情でフェイが言う。


「なぜならショーコさんの魔法はユートマンさんを大いに苦しめ、瀕死にまで追い込んだ強力な魔法なのですから」


 「「 んなっ!? ぬゎんどぅあってぇぇぇえええええ!? 」」


 シリアルとスムージーは戦慄した。

 彼らの足下に倒れているユートマンは賞金首界隈でも有名な腕力とタフさを誇っていた。そんな屈強な男を戦闘不能にする魔法ということはつまり……すっげえ魔法ってことである!


「や、やべえぞシリアル! そんなのに俺達が耐えられるワケねーぞ!」


「そ、そういえば俺が背中を刺す前からスデにめちゃくちゃ苦しそうにしてた気が……」


「うっ……な、なんか俺……急に具合悪くなってきた……」


「お、俺も……気分が悪い……頭痛がするっ……吐き気もだっ!」


 ――……あれ?

 なんか勝手に苦しみだしたぞ。


 二人の盗賊の顔色がみるみる青くなる。脂汗が噴き出し、息が絶え絶えとなってゆく。


「だ、ダメだ……お、恐ろしくって……ハァーッ……ハァーッ……い、息ができない…………息が……ぅ……――」


「うぅ……俺も……カヒューッ……び、ビビっちまって…………カヒューッ……意識がっ…………――」


 シリアルとスムージーは目を回して昏倒した。


 魔法攻撃を受けたと思い込んだ(・・・・・)二人は、底知れぬ恐怖によって精神を蝕まれ、意識を失ってブッ倒れたのだ。


 ……つまるところ、ショーコのハッタリが二人組の強盗をやっつけちゃった(・・・・・・・・)のだった。



「…………え……えっと…………なんか、勝っちゃった……のかな?」


「お見事です、ショーコさん」


 唖然とするショーコに向けて、フェイが惜しみない拍手を送る。


 一瞬間を置いて、ドワーフ達も歓喜の声を上げた。


「す、すごい! あっという間にやっつけた!」

「さすがは“転移者”様! ものすごい魔法だ!」

「イヨッ! 偉大なる“転移者”様! 偉大なるショーコ様~!」


 何度も繰り返すが、ショーコは普通の女子高生だ。

 彼女に特別な力など何もない。魔法なんか使えないし、チートスキルも持ってない。


 そんな自分がハッタリだけで悪党を退治し、英雄扱いされているのがおかしくて、呆れて、その場にへたり込んでしまった。


「…………は……はは……なんだか……バカバカしくって笑えるや」


 この世界は……やっぱりオカシな世界だ。



「おやびん! しっかりしてください! おやび~ん!」


 ギジリブ強盗団の面々の叫びでショーコは我に返る。

 見ると、倒れ伏したユートマンに駆け寄った彼等が泣き叫んでいた。


「……ぐ……グム……ウ……」


 小さく唸るユートマン。傷は深く、刺された場所が悪かったのか立ち上がることが出来ない。出血も止まらず、絶え間なく流れ続けている。


 ――このままでは助からない。


「た、頼む! 手当てしてくれ! おやびんを助けてくれ!」


 手下の一人の叫びに、ドワーフ達は憤った。


「なんだと!?」


「ふざけるな! 貴様ら、ワシらに何をしたか忘れたのか!」


 彼らの反応はもっともだ。むしろ『ケッ、いい気味だぜ。ザマーミロ!』といったところ。


「都合がいいのは自覚してる! だが……どうか! この通りだ!」


 それでも強盗団の面々は懸命に額を地面にこすりつけた。


「奪ったモンは全部返す! もう二度とこの村には手を出さねえ! だから……頼むっ……! おやびんを助けてくれっ……!」


「バカを言うな! 誰が――」



「あの~…………怒る気持ちもわかるけどさ……できれば手当てしてあげてくれないかな?」



 意外な一言を発したのはショーコだった。


「……!? なんですと!?」


「“転移者”様、どういうおつもりですか!」


 ドワーフ達は耳を疑った。


「だって……いくらなんでも見殺しにはできないじゃん。私は手当てのやり方なんかわかんないからエラソーなこと言えないけどさ」


「し、しかし……」


「ショーコさん、あなたはたとえ悪人でも命を救うべきだとお考えなのですか?」


「っ……それは……」


 フェイの問いに対し、ショーコは明確な答えを出すのに戸惑った。


「…………難しいことはわかんないけど……人が苦しんでるのを見て見ぬなんてフリしたくないよ。それだけの理由じゃダメかな?」


 悪人の命を救うべきか否か、それはショーコが元居た世界でも論争を呼ぶ難しい問題だ。

 たった十六年しか生きていない高校生にその答えを求めるのは酷というものだろう。


 だが、それでも、現実に命が失われつつあるのなら可能な限り助けるべきだ。少なくともショーコはそう思ったのだ。



「私には何が正しいのかとか、何が悪いのかなんてよくわかんないけど……でも……目の前に傷ついた人がいるなら助けるべきだと思う。それが“正しいこと”だと思う。だから……助けてあげて。お願い」


「……」


「……」


 ドワーフ達は口を真一文字に結んでいる。



 ……しばらくして、一人のドワーフが声を上げた。


「…………お前ら何してる。“転移者”様がああ言ってるんだ。さっさとこのデカブツを運んで手当するぞ! 早くしろ!」


「わかっとるわい! まずは足枷を外すのが先だろ! 鍵持ってこい鍵!」


「“転移者”様、安心してくだせえ。こいつは助けてみせる。あなたの顔に泥塗るようなことはしませんぜ」


「……! ありがとう……!」



 ――ショーコは、自分はなんにもできない人間だと思っている。


 特別な力も何もない、平凡な自分には誰かを救うなんてできないと思い込んでいる。



 ――それは間違いだ。


 特別でなくても……誰かを救うことはできる。



 正しい心さえ持っていれば。


 正しい者であろうとすれば。

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