8.パンゲア
「立てる?」
マリアはそう言ってカグラの手を取った。
マリアの勢いに戸惑いながら、促されるままに素足でベッドを下りる。
「来て! こっちよ。見せたいものがあるの」
部屋を出ると長い廊下になっていた。
床付近に照明が並び、真っ白な廊下を照らしている。
両側には同じような個室がいくつもあり
中を覗くと、やはりベッドが置かれただけの殺風景な部屋だ。
このあたり一帯が病棟のようなものなのかもしれない。
しかし、それらの個室に人の姿はない。
「ねえ、えっと………マリア?」
「ん?」
「見せたいものって、なに?」
「こっち。もうすぐよ」
手をひかれて歩いていくと、廊下から突然大きな空間に出た。
広い。
カグラはぽかんと口を開けて、上を見る。
とてつもなく高い天井。
天井までどのくらいの距離があるのか
まったく見当がつかない。
その広い空間の片側の壁がすべてガラス張りになっている。
二人はその巨大なガラスの前で立ち止まった。
「見て」
とマリアが言う。
マリアに言われたときにはすでに
カグラの目はその光景に釘付けになっていた。
眼下に広がる、美しい街と緑。
片側にビジネス街のようなものがあり
ガラス張りの高層ビルが立ち並び
陽光にきらきらと輝きを放っている。
さらに片側には、住宅街のような一帯。
白に統一された箱のような建物が整然と並んでいる。
中央には広大な公園。
青く澄んだ湖のまわりに鮮やかな緑が広がり
その隣には市場のようなものが見えた。
市場には数えきれない人が行き交い
活気に満ちあふれている。
その上に広がる、果てのない青空。
「きれい……………」
いつのまにか、カグラはそう呟いていた。
きれい。
美しい世界の姿が
そこに広がっている。
「どう、気に入った?」
隣のマリアがうれしそうな声を上げる。
そして、つないだ手にぎゅっと力を込めた。
「ここが【パンゲア】よ。
………人とアンドロイドが、暮らす街」
「彼女は、旧人類ではないと?」
リリスは腕を組んで、いぶかしげに眉をひそめた。
彼女がいるのはコンピュータルームだった。
壁を背にして立ち、前方のデスクに座るひとりの女性のうしろ姿を見つめる。
「それはどういうことでしょう? エヴァ博士」
「そのままよ」
エヴァ博士と呼ばれた女性はコンピュータを見つめたまま振り向きもせず
長い指ですばやくキーボードを叩きながら応える。
「彼女の体のすみずみまでを検査した結果
すべて人工組成されていることがわかったわ。
間違いなく、新人類よ」
「では、なぜ識別番号がないのでしょう?」
「それはわからないわ。
けれど識別番号がわからない限り
彼女がどこの施設でどのように
いつ生まれたのかはわからない。
ただ…………」
「ただ?」
「彼女の体の各所には、さまざまな改造が施されている。
おそらく、彼女は何かの実験体だったのではないかしら?
あまり考えられないことだけど………」
そう言うと、彼女はデスク奥の大きなスクリーンに画像を映し出した。
映し出されたのは、ひとりの壮年の男性。
リリスは壁から背を離し、スクリーンに近づいて目を細める。
「……………この人物は?」
「人類生成に携わっていたコンドウ博士よ。
博士は別地区で研究をなさっていたのだけれど
30年ほど前に保護区が破壊されて亡くなられたわ」
「それで、この男が何か?」
デスクに腰かけた女性は両手を組み合わせ、息をついた。
目を閉じ、まるで何かに祈るように。
「リリス、彼女の名前はカグラといったわね?」
「そうです」
「コンドウ博士が、人類生成に関してある研究を進めていた記録があるの。
今はその記録もほとんど失われてしまったけれど。
ただ、そのファイル名が」
言いながらキーを打ち
それに合わせて画面が切り替わる。
浮んだ文字。
リリスははっとしたように腕を解いた。
それからゆっくりと両腕を下ろし
彼女は
静かに読み上げる。
「…………………【KAGURA】」