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KAGURA  作者: 瀬戸玲
8/58

7.少女と少女





 彼女はあたたかな海の中で穏やかな波に包まれていた。


 とてもとても心地のよい、感覚。


 彼女はすっかり安心して、その波に身を任せてまどろんでいた。


 そこでじっと目を閉じていると、とろけそうなほど安らかな気持ちに包まれた。




 ずっとこの場所で眠っていたい、と彼女は願った。


 ここ以上に安らかな場所などあるはずがない。




 世界は、死んでいる。




 彼女はそのことを知っていた。


 そしていずれ彼女が生まれ出でるであろうその世界を


 すでに


 憎んでいた。







 「君は希望だ」







 声がした。


 彼女の、すぐそばで。


 しわがれた声。


 男の声。





 「君は、私の希望だ」





 やさしい声。


 ずっと彼女のそばにいる。


 彼女を守ってくれる、声。


 彼女は瞼を開こうとしたが、やわらかく粘り気のあるまどろみがそれを許さない。


 夢見心地のまま、彼女はもごもごと唇を動かそうとする。





 (おとうさん……………………)












 不意に







 真っ白な閃光と爆音が






 彼女の意識を横殴りにした。







 

 彼女を包んでいた羊水は一瞬にして吹き飛ばされ


 彼女の白い体は何の準備もなく


 唐突に


 残酷な世界へと


 産み落とされる。









 「…………逃げるんだ‼」




 叫び声。


 立て続けに鳴り響く爆音が


 彼女の産まれたての脳みそを


 激しく揺さぶる。




 「逃げるんだ‼ 逃げるんだ‼ 逃げるんだ‼」




 声を枯らしながら、必死に叫んでいる。




 彼女はただただ混乱して


 泣くこともできず


 産声すらあげることができないまま


 ひたすら


 「どこか」へ向かって懸命に手を伸ばした。






 「生きるんだ‼





  君は、私の…………………………」











 そこで目が覚めた。




 目を開けると、白いつるりとした天井が見えた。


 カグラは仰向けの状態で、しばらくの間、その天井をぼんやり見つめていた。


 耳の奥にまだ叫び声が残っていた。




 ゆっくりと身を起こし、深呼吸する。


 かすかに消毒液の匂いがする。




 彼女は清潔なベッドの上に寝かされていた。


 いつのまにか服装も白い長袖の病衣に変わっている。




 狭い個室。


 白い天井と壁の継ぎ目には角がなく、丸みを帯びている。


 部屋の中にはベッドが一台置いてあるだけで、ほかは何もない。


 キャビネットも、花瓶も、絵画も、椅子も。何もない。




 入口のほうに目をやると、扉はなく、そのまま廊下へとつながっている。


 その入口に、アダムが立っていた。




 「目が覚めたか」




 そう言いながら、部屋の中に入ってくる。


 相変わらず全身黒ずくめだ。




 「気分はどうだ?」


 「ん………うん。悪くない、と思う」


 「そうか」




 カグラはまだぼんやりとしている目でアダムの顔を見つめ


 同時に、その背後の景色を見つめていた。


 白い、無機質な、空間。




 「ねえ、アダム、ここは……………」



 「おにいちゃん!!!」




 甲高い声が響き、カグラの声をかき消す。


 再び入口を見ると、ブロンドの髪の少女が立っている。


 少女はこちらを見て大きななつっこい笑みを浮かべると


 身軽な動きで駆け寄ってきて


 アダムの背中に勢いよく抱きついた。




 「おかえりなさい! おにいちゃん!」


 「ああ」




 まったく動じないアダムは少女を見下ろし、軽くうなずく。


 少女はアダムの背中からぴょこっと顔を出し、カグラを見た。


 美しい碧眼に、一瞬ドキッとする。


 どこからどう見ても完璧な少女だった。


 さらりとした金髪を肩まで垂らし


 緑の混じった青い瞳にはエネルギーが充ち溢れ


 真っ白な頬は興奮のためかいくらか紅潮している。


 年はおそらくカグラと同じくらいだろう。




 「ねえ、早く私を紹介してよ、おにいちゃん!」


 「わかってる」




 アダムは無表情のままぽんと少女の頭に手を載せ、カグラの方を向く。




 「この子は、マリアだ。君と同じ人間だよ」



 「よろしくね、カグラ!!!」




 茫然とするカグラに向って


 マリアという名の少女は元気よく手を差し出し、




 「【人類保護区・パンゲア】へようこそ! 歓迎するわ!」




 と満面の笑みで言った。





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