5.感触
右腕の装置の画面を見つめる。
【KAGURA】の文字の下に、白い点がひとつ。
車が走りはじめてしばらくたつが、その数に変化はない。
カグラは顔をあげて、窓の外に目をやった。
黒。
黒。
黒。
窓の外は深い暗闇に包まれている。
窓際に顔を寄せると
ぱらぱらぱらぱら
と細かな砂が窓に当たる音が聞こえ
窓ガラスにうっすらとこびりついた細かな粒子も見える。
しかし、それ以外には何もない。
窓に映った自分の目。
大きなその瞳を、彼女はじっと凝視する。
(……………「私は、カグラ」)
「この辺りもかつては保護区だったのよ。
廃墟になってからはもう30年以上もこの状態。
屋内の施設はまだ生きていて稼働もしているけど
人の住める場所ではないわ」
運転席のリリスがバックミラーを一瞥して言った。
「カグラ。あなたは今まで、どこにいたの?
つまり、地下鉄に乗る前は」
「……………」
カグラは黙って窓に映った自分の顔を見つめる。
13、4歳の少女の顔。
暗い表情で彼女を見つめ返している。
何も答えないカグラをもう一度バックミラー越しにひと睨みして
リリスはやれやれというように肩をすくめた。
「これだから人間はいや。
……アダム。彼女の番号を調べて。
博士に報告するわ」
リリスの言葉に応じ、カグラの隣に座っていたアダムが身を起こす。
カグラは窓から目を離してアダムを振り返った。
相変わらず仏頂面のアダムが、そっと彼女のほうに手を伸ばす。
「心配するな。少し、首の後ろを見せてくれ」
言われて、カグラは不機嫌な猫のような顔をしながら
黙って彼の言葉に従った。
黒い革手袋に包まれた指が彼女の細い首にまわされ
押し下げる。
タートルネックの襟を引っ張り
アダムはカグラのうなじのあたりを覗きこんだ。
目を細める。
「ない」
と、アダムは短く言う。
それを聞いたリリスは眉をぴくりと動かし、イラつくようにハンドルを軽く叩いた。
「そんなわけないでしょう」
「いや、本当にない」
アダムはそう言って、カグラの首から手を離した。
「彼女には番号がない」
「と、いうことは? アダム」
「彼女は、旧人類である可能性がある」
「………ねえ。さっきから」
カグラは自分のうなじに手を当てて
そこでようやく口を開いた。
「さっきからあなたたち、何のことを言ってるの?
わけのわからないことばかり……
番号だとか、なんだとか。私はロボットじゃないのよ」
「そうだ。君は人間だ」
「あなたたちだって人間でしょ」
「いや」
アダムは
感情のない声で答える。
「私たちは機械よ」
彼の言葉を引き継ぐように
淡々と
リリスが言う。
「……………え?」
カグラは目を見開いて
アダムの顔をまじまじと見つめた。
勝手に手が動いて
震える指先が
目の前の若い男の
頬にそっと触れる。
「え………?」
アダムの頬の皮膚を指で何度か押し、カグラは困惑した表情で呟いた。
皮膚はあたたかい。
が、薄い。
指で押すと、その下に固い感触がある。
固い
金属の感触。
カグラは指を離し
息を吐く。
「ほんとに………人間じゃ………ないの?」
「俺たちはアンドロイドだ。
表面は皮膚組織で覆われているし
個人としての人格もプログラミングされている。」
アダムがゆっくりと
革手袋をはずす。
その下にあるのは
金属でできた
銀色の拳。
「人と話し、人と暮らし、人を守るために………造られた。
ロボットだ」