4.合流
アダムは少女の手をにぎり
ぐっと腕を引いて立ち上がらせる。
「平気か」
「うん」
彼女の両足は思ったよりもしっかりしていた。
その瞳もひるんではいない。
軽く左右を確認する。
ぞろぞろと
金属人間たちが彼らの車両に押し寄せようとしている。
アダムは左手をコートの内側に入れ、もう一丁の拳銃を引き抜いた。
右手と左手。二丁の拳銃。
左右の腕を水平にすらりと伸ばす。
「耳をふさいでいろ」
少女は男の胸に額をあずけ、両手でしっかりと耳をふさいだ。
引き金を
引く。
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ
弾丸が
左右から押し寄せる金属人間に次々と突き刺さり
無数の金属片と火花を
ありとあらゆる方向に撒き散らした。
ガッ、ガッ、と後ろに押され
積み重なるようにして金属人間が倒れていく。
その上を乗り越えて
次から次へ
新たな金属人間が迫ってくる。
それらの頭を鋭い弾丸が殴りつけ、吹き飛ばす。
右の拳銃の弾が切れ、アダムは空のマガジンを床に落とし、流れるような動作で新たなマガジンを装着した。
その隙を狙って近づいてきた金属人間が鋭い腕を振り上げ襲いかかってくる。
「アダム!!」
少女が叫ぶ。
が、アダムは動じない。
表情ひとつ変えずに新たなマガジンを装着した銃を向け、発砲する。
至近距離から放たれた弾丸は眉間のあたりに突き刺さり、金属人間がわずかに体をのけぞらせた。
音もなく──
しなやかなアダムの足が突き出され
のけぞった金属人間の首をとらえて
床に蹴り落とす。
『駅よ』
女の声。
途端にぱっと窓の外がまぶしい光に包まれた。
アダムはすかさず左右に向けていた銃を正面に構え
発砲する。
パアーーーーーーーーーーーン!
音を立てて電車の窓が割れ
粉々に砕け散る。
「つかまれ」
耳をふさいでいた少女の手を無理やり離し、アダムは短く言った。
驚いたように目を瞠る彼女の体を片腕で抱え
ひょいと持ち上げる。
「えっ?」
呟く少女。
ダンッ!
アダムの脚は力強く床を蹴り
二歩目で車両の座席を蹴る。
そして
二人の体は
走る電車の中からホームへと
飛び出した。
(ぶつかる!!!)
床に
落下する。
少女は目をつぶり
アダムの体にしがみついた。
強い衝撃が走り、二人の体が床の上を転がる。
何度か回転をくり返して
やがて
止まる。
「……………う………」
少女はうめいて
むずがるように体を動かした。
痛みはない。
おそるおそる目を開くと
無表情な男の顔が彼女を見下ろしている。
「平気か」
「………たぶん」
「走れるか」
「…………………たぶん」
衝撃はすべてこの男が引き受けてくれたらしい。
半ばあきれながら、少女は差し出された手にすがって立ち上がる。
階段を駆け上がり、二人は地上へ出た。
びゅうっと強い風が吹いて、少女はあわてて手で顔をかばう。
煤のような塵があたりを真っ黒に染めている。
強い風がその塵を竜巻のように巻き上げて、数メートル先も見通すことができない。
「なに………これ」
「こっちだ」
アダムに手を引かれるまま歩いていくと、一台の車が停まっている。
アダムが黒い窓ガラスを叩くと
後部座席の扉が静かに上に開いた。
「待ちくたびれたわ」
二人が乗り込むと、運転席の女が刺のある声で言った。
プラチナブロンドの髪の、美しい女。
少女は黙って女を見た。
電車で聞こえていた声の主であることは間違いない。
それから、アダムのほうをうかがう。
「この人は……?」
「彼女は──」
「私はリリス。【人類保保護局】 のエージェントよ」
アダムの声をさえぎるように女は言った。
「それで、あなたこそ誰なの? お嬢さん?」
「…………………」
少女は何も言わず、視線をゆっくりと下に落とす。
名前。
(わたしの…………名前?)
少女は頭の中でつぶやき、そして、自分の中に広がる空虚な感覚に気がつく。
彼女はその空虚さの中で立ち尽くす。
何も、ない。
頭の中のどこをつついても、そこにはまるでとっかかりのようなものがない。
からっぽだ。
(わたしは………………)
彼女はぼんやりとした目で
ひざの上に載せた
自分の腕を見つめる。
「カグラ」
ぽつりと
小さな声で
彼女は言う。
「わたしは………………カグラ」
「そう」
リリスという名の女はうなずき、アダムへちらりと目くばせした。
「では、これからあなたを保護区につれていきます。
いいわね、カグラ?」
少女は――
カグラは
ゆっくりとうなずいた。
「出るわよ」
扉がロックされ
塵に包まれた暗闇の中を
車が走りはじめた。