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KAGURA  作者: 瀬戸玲
47/58

46.弾丸と刃





 「おにいちゃーん」




 少女の


 声。


 アダムは斜め後ろを振り返り




 (違う)




 わかりきったことを思う。


 そこにいたのは


 兄を呼ぶ幼い少女のアンドロイド。


 マリアでは――


 人間では、ない。




 「逃げろ!」




 しかしアダムは


 全力で叫んでいた。


 少女がはっとした顔でこちらを見る。


 その幼い瞳が


 <テンペスト>の姿を視界に収めるや否や


 瞬時に状況を理解して、後ずさるのが見えた。




 (それでは間に合わない!)




 舌打ちする。


 アダムは身を翻すと


 <テンペスト>に半ば背を向け


 一足飛びに少女に向かって手を伸ばしていた。


 伸ばしたその手を


 少女の手前の地面に振り下ろすように叩きつけ


 深く体を沈めると同時


 片手片足に全体重を載せて


 もう片方の足を勢いよく、少女の腹めがけて突き出す。




 「っ!」




 声もなく


 少女の小さな体が


 後方へ吹き飛ばされる。


 アダムは少女を遠方へ蹴り飛ばすと


 ぐるりと体を回して<テンペスト>に向き直った。





 だが





 そこに


 <テンペスト>の姿は


 ない。





 ヒュゥッ





 と風が鳴る。


 一瞬の間をおいて


 空から飛来した


 とてつもなく巨大な鋼鉄の塊が


 アダムの体を叩き潰した。





 ズドォッ!





 <テンペスト>が勢いよく地面に着地し


 鋭い脚が硬い石畳をあっけなく粉砕する。


 アダムはとっさに体をひねって逃れようとしたが


 <テンペスト>の脚の一本に左腕をとらえられ


 あっけなく押しつぶされる。




 バギャッ




 鈍い音がして、下敷きになった左腕がへし折れ


 内臓ライフルは粉々になった。




 「…………!」




 <テンペスト>の下から抜け出そうとするも


 左腕の金属コードが巻き込まれ


 それに引っ張られて立ち上がることができない。


 右手の刀は無事だが、左腕が引っ張られたままでは


 振りかぶることもままならない。


 首をそらせてなんとか背後の通りを見ると


 先ほどの少女が全速力で走っていく後姿が見えた。




 「………ぉぉお!」




 動力をフル稼働させ


 無理やり折れた左腕を引きずり出そうとする。


 が


 丈夫なワイヤーで作られた彼の筋肉代わりのコードは


 なかなか引きちぎることができない。




 バチッ!




 空気をこするような音。


 見上げると


 高圧電流を流す<テンペスト>の細長い管が


 するするとアダムに向かって伸びてきていた。


 目の前に迫るその管をにらみつけながら


 アダムは顔を歪ませて左腕を引っ張る。




 (俺は…………!)




 お前もマリアも



 置いていったりは



 しない。



 決して。




 左肩の動力モーターが煙をあげ


 金属コードの一本がはじけ飛んだ。










 そのとき






 唐突に

 





 <テンペスト>がその動きを止めた。










 いや


 正確には、止まったのは一部だけだ。


 高圧電流管の動きが止まり


 その代わりに頭部が


 くるくるとせわしなく動きはじめた。




 アダムはその意味を即座に理解する。




 狩人である<テンペスト>が


 格好の標的を前にしながら


 さらに優先事項としてとらえようとするもの。


 それはひとつしかない。





 「うわあああああああああああああ!」





 次の瞬間


 正真正銘


 今度こそ聞き覚えのある少女の声が


 彼の架空の鼓膜を激しく奮わせた。




 路地から人影が飛び出してくる――




 ところどころ焼け焦げた


 ダークブラウンのショートヘア。


 幼さの残る


 華奢な両腕にかかえられた


 自動小銃。




 その銃口を<テンペスト>へ向け


 少女は


 カグラは


 両目を見開き


 叫び声を上げ


 引き金を引き絞った。




 弾丸が発射され


 <テンペスト>の装甲に当たって飛び跳ねる。


 そしてその瞬間を


 アダムは無駄にしなかった。




 起き上がりざま


 下敷きにされた左腕を


 今度こそ無理やり引きちぎり


 さらに右腕を振りかぶる。


 <テンペスト>もまたアダムの動きに反応し


 とっさに


 その場から離脱しようと胴体を持ち上げる。




 「──遅い」




 アダムは短く呟き


 右腕を斜め上に向かって突き上げた。


 鈍い感触がアダムの右肩全体を抜けていく。


 肉厚の刃が鋼鉄の胴体に深々と突き刺さり


 体をえぐられた<テンペスト>は


 まるで驚いたように


 一瞬


 その身を大きく震わせた。






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