46.弾丸と刃
「おにいちゃーん」
少女の
声。
アダムは斜め後ろを振り返り
(違う)
わかりきったことを思う。
そこにいたのは
兄を呼ぶ幼い少女のアンドロイド。
マリアでは――
人間では、ない。
「逃げろ!」
しかしアダムは
全力で叫んでいた。
少女がはっとした顔でこちらを見る。
その幼い瞳が
<テンペスト>の姿を視界に収めるや否や
瞬時に状況を理解して、後ずさるのが見えた。
(それでは間に合わない!)
舌打ちする。
アダムは身を翻すと
<テンペスト>に半ば背を向け
一足飛びに少女に向かって手を伸ばしていた。
伸ばしたその手を
少女の手前の地面に振り下ろすように叩きつけ
深く体を沈めると同時
片手片足に全体重を載せて
もう片方の足を勢いよく、少女の腹めがけて突き出す。
「っ!」
声もなく
少女の小さな体が
後方へ吹き飛ばされる。
アダムは少女を遠方へ蹴り飛ばすと
ぐるりと体を回して<テンペスト>に向き直った。
だが
そこに
<テンペスト>の姿は
ない。
ヒュゥッ
と風が鳴る。
一瞬の間をおいて
空から飛来した
とてつもなく巨大な鋼鉄の塊が
アダムの体を叩き潰した。
ズドォッ!
<テンペスト>が勢いよく地面に着地し
鋭い脚が硬い石畳をあっけなく粉砕する。
アダムはとっさに体をひねって逃れようとしたが
<テンペスト>の脚の一本に左腕をとらえられ
あっけなく押しつぶされる。
バギャッ
鈍い音がして、下敷きになった左腕がへし折れ
内臓ライフルは粉々になった。
「…………!」
<テンペスト>の下から抜け出そうとするも
左腕の金属コードが巻き込まれ
それに引っ張られて立ち上がることができない。
右手の刀は無事だが、左腕が引っ張られたままでは
振りかぶることもままならない。
首をそらせてなんとか背後の通りを見ると
先ほどの少女が全速力で走っていく後姿が見えた。
「………ぉぉお!」
動力をフル稼働させ
無理やり折れた左腕を引きずり出そうとする。
が
丈夫なワイヤーで作られた彼の筋肉代わりのコードは
なかなか引きちぎることができない。
バチッ!
空気をこするような音。
見上げると
高圧電流を流す<テンペスト>の細長い管が
するするとアダムに向かって伸びてきていた。
目の前に迫るその管をにらみつけながら
アダムは顔を歪ませて左腕を引っ張る。
(俺は…………!)
お前もマリアも
置いていったりは
しない。
決して。
左肩の動力モーターが煙をあげ
金属コードの一本がはじけ飛んだ。
そのとき
唐突に
<テンペスト>がその動きを止めた。
いや
正確には、止まったのは一部だけだ。
高圧電流管の動きが止まり
その代わりに頭部が
くるくるとせわしなく動きはじめた。
アダムはその意味を即座に理解する。
狩人である<テンペスト>が
格好の標的を前にしながら
さらに優先事項としてとらえようとするもの。
それはひとつしかない。
「うわあああああああああああああ!」
次の瞬間
正真正銘
今度こそ聞き覚えのある少女の声が
彼の架空の鼓膜を激しく奮わせた。
路地から人影が飛び出してくる――
ところどころ焼け焦げた
ダークブラウンのショートヘア。
幼さの残る
華奢な両腕にかかえられた
自動小銃。
その銃口を<テンペスト>へ向け
少女は
カグラは
両目を見開き
叫び声を上げ
引き金を引き絞った。
弾丸が発射され
<テンペスト>の装甲に当たって飛び跳ねる。
そしてその瞬間を
アダムは無駄にしなかった。
起き上がりざま
下敷きにされた左腕を
今度こそ無理やり引きちぎり
さらに右腕を振りかぶる。
<テンペスト>もまたアダムの動きに反応し
とっさに
その場から離脱しようと胴体を持ち上げる。
「──遅い」
アダムは短く呟き
右腕を斜め上に向かって突き上げた。
鈍い感触がアダムの右肩全体を抜けていく。
肉厚の刃が鋼鉄の胴体に深々と突き刺さり
体をえぐられた<テンペスト>は
まるで驚いたように
一瞬
その身を大きく震わせた。