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KAGURA  作者: 瀬戸玲
42/58

41.守護者





 (いやだ!)




 震え続ける右腕の装置。


 その内側に


 左手の爪を食い込ませる。




 (いやだ! いやだ! いやだ! こんなの、もう――)




 混乱した脳は痛覚を受け取らず


 食い込んだ爪の中に


 じわりと血が広がっても


 痛みはない。


 感じない。




 (こんなもの――見たくない!)




 「逃げろ!」


 「逃げなさい!」


 「逃げて!」


 「逃げるんだ!」




 交錯する


 アンドロイドたちの


 悲鳴のような絶叫。


 そして銃声。


 爆音。




 立ち止まってうしろを振り返ろうとするカグラを


 若い女のアンドロイドが


 無理やり抱え上げる。




 「やめてっ……!」




 カグラの悲鳴とほぼ同時に噴き上がる爆炎が


 背後を守るアンドロイドたちを


 たちまちに呑み込む。




 (なんで…………)




 その炎の奥で


 複数の脚をうごめかせて体勢を変えながら


 蜘蛛のような複眼で


 <テンペスト>がこちらを見ている。


 その頭部の両脇から飛び出した銃口から


 無数の弾丸がカグラめがけて


 飛んでくる。




 (なんで)




 「走りなさい! しっかり!」




 カグラを抱えて走っていたアンドロイドはそう叫ぶと


 カグラの体を別方向へ放り投げ


 振り向きざまに自動小銃を発射する。


 <テンペスト>の放った弾丸が彼女の全身を撃ち抜き


 空に


 地面に


 ヒトと同じ――赤い血が


 無数のしずくとなって飛散する。




 その光景を


 地面に落下ながら見つめるカグラは


 湧き上がるように生まれる激しい混乱と憎悪に


 否応なく


 自分の意識が呑み込まれていくのを感じた。




 (なんで!)




 両足を地にこすりつけ


 煙を上げながら着地する。


 そして


 目の前で倒れ込む女アンドロイドの腕からこぼれた


 自動小銃がこちらへ飛んでくるのを目にすると


 カグラは迷わず


 その銃をつかんだ。




 「なんでこんなことするのよっ‼」


 


 構えて引き金を引く。


 が


 強い反動がカグラの両肩を震わせ


 銃口が跳ね上がって


 見当違いな方向へ弾丸を撒き散らす。




 「っ…………!」




 発砲の反動で体制が崩れる。


 ちょうどその頭の上すれすれを


 <テンペスト>の発射したミサイルが


 通り抜けていく。







 ズド オ ォ ッ!!!!!







 これまででもっとも強い閃光と爆音が


 カグラの目と耳を覆いつくした。


 背後の建物に着弾したミサイルは


 音もなく広がる爆炎で辺りを包み込み


 カグラの体を


 はるか彼方へと


 吹き飛ばす。




 「ーーーーーーーーーーーー!」




 声にならない悲鳴を上げて


 全身を炎に包まれたまま


 カグラは石畳の上を転がった。





 赤い。



 炎。



 血。



 空。



 何もかもが――赤い。





 シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……




 コート全体から煙が上がる。


 すでにぼろぼろになったコートは耐熱の限界を超え


 文字通り燃えるように熱いカグラの全身はすでに感覚がなく


 熱波と衝撃によって溶かされた意識は


 ほとんど


 消えかけていた。







 『彼らはね

  あなたとはまったく違う次元の世界を見ているのよ。

  あなたの見ている世界と

  彼らの世界は違うの。

  彼らは彼らの夢の中に、あなたはあなたの夢の中に……

  現実は、夢と同じよ。

  眠りを邪魔されたくなかったら、その邪魔な存在を、排除するのよ』




 (エヴァ………博士………)




 『仕方ないじゃないか!

  お姉ちゃんたちが死んだら!

  人類が滅びたら!

  僕だって父さんだって母さんだって──』




 (リ…………ド……………)






 「う……………くっ………」




 最後の力を振り絞り


 カグラは顔を上げる。


 周囲はくすぶる炎と


 アンドロイドたちの無残な姿とで


 埋め尽くされていた。


 そして


 ほんの十メートル先


 <テンペスト>がこちらへ向けて


 ミサイルの発射口を開いている。




 「こ…………んな…………」




 カグラは焼け焦げた拳を握りしめ


 目をきつく閉じて


 歯を食いしばった。




 (これで……終わり…………?)




 『カグラ、大丈夫………大丈夫だよ』




 頭のどこかで


 <彼>の


 声がする。




 『こうして、そばにいる。

  君の事は………俺が、守る。

  絶対に守るから』


































 「伏せていろ」




 ふいに頭上で


 声がした。




 カグラは


 閉じていた目を開ける。




 シュッ──




 放たれた<テンペスト>のミサイルに向かって


 彼は躊躇なく


 その引き金を引く。


 弾丸は彼らと<テンペスト>の中間地点でミサイルを貫き


 爆発の瞬間


 カグラの体は力強い両腕に抱かれて


 空を飛んでいた。




 ドォ…………ッ!!!




 手前で爆破されたミサイルの爆風によって


 <テンペスト>の機体が大きくのけぞる。


 それを尻目に彼は住宅の屋上まで一気に駆け上ると


 そこへ彼女の体をそっと下ろした。




 「遅くなって悪かった」




 いつもどおり


 低く響く


 冷静な声。




 「アダム」




 しっかりと目を開いて、彼女は彼の名を呼んだ。


 見上げる先のアダムは軽くうなずいて答える。




 「カグラ。

  お前を保護する」






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