37.災厄
空が割れ
その破片を撒き散らしながら
巨大な何かが
こちらへ向かって
落ちてくる。
「マリア、こっち!」
カグラは反射的にマリアの腕をつかむと
花畑の中を走った。
マリアも半ば引きずられるようにしてついてくる。
「カグラ、カグ、これ、いったい………」
「いいから!」
カグラは叫びながら上空を振り返る。
<それ>はもうすでに
彼女らの頭上に迫っている。
(落ちてくる!)
カグラがそう思うか思わないかのうち
ズズ…………ン!!!!!
と
巨大な地割れのような轟音が鳴り響き
文字通り大地はひび割れ
猛烈な震動と突風が
衝撃となって2人の体を襲う。
「きゃあーーーーーーーーーー!」
マリアの悲鳴。
2人の手は衝撃に引きちぎられるようにして剥がされ
彼女の悲鳴がカグラの耳元から遠ざかっていく。
「マリアーーーーーー‼」
自身もまた吹き飛ばされながら
カグラは叫んだ。
視界が
回る。
その視界を埋め尽くす
花
花
花。
その奥に何かが──
(…………いる!)
カグラの体は花々の中に投げ出され
激突と同時に肺から息がしぼり取られる
「…………くっ………」
体のあちこちに擦り傷のような痛みを感じながら
それでもカグラはがばりと起き上がった。
(マリア………!)
必死に彼女の姿を探そうとする
その瞳の先
狂ったように舞い踊る花びらの中に
<それ>はいた。
「なに………これ………」
呆然と呟く。
そこにいたのは
全長およそ5メートルほどの
巨大な鋼鉄の塊だった。
まるで蜘蛛のように何本もの脚を持ち
頭部と思しき部分には
縦2列に義眼のようなものが8個並んでいる。
<それ>は無数の脚を折り曲げて花園のほぼ中央に着地すると
生き物のように不気味に蠢きながら
鋼鉄の頭部を360度回転させて、周囲を見渡していた。
(なんなの………!?)
右腕の装置が
激しくカグラに警告している。
逃げろ
と。
けれど立ち上がろうとするカグラの足はガクガクと震え
花びらの舞う中で
何度もつまずいてしまう。
記憶をリセットされたカグラが初めて目にした
襲いくる<機械>。
人間のアダムの腕を軽々と切り落とし、
そしてカグラを守ろうとした彼を殺した――
<機械>。
しかしあいつらとは明らかに違う。
もっと強力な何かがそこにいた。
巨大な<機械>の頭部が
ぐるりとこちらを向く。
「!」
<機械>の顔面の両脇から銀色の筒状のものが飛び出し
そこから火花が散る。
カグラは本能に任せて
横に飛んだ。
タンッ! タンッ! タンッ! タンッ!
筒から発射された銃弾が
一発一発
大地を撃ち
草花を散らし
そのうちの一発が
カグラの顔面をかする。
「………ぅっ!」
弾丸はカグラの髪の毛をひと束散らし
耳の上辺りをかすって飛んでいった。
左のこめかみと耳に鋭い熱さを覚え
思わずそこへ手を当てると
ぬるりと血の流れる感触がする。
(だめ………このままじゃ………!)
だが逃走手段を考える暇すらなく
今度は<機械>の腹部と思しき部分の下から
新たな黒金の筒が現れる。
シュッ
という短い音がして
何かがこちらへ飛んでくる。
(まずい!)
目の前が一瞬白く染まり
自分でもよくわからない方向へ
カグラは駆け出していた。
爆音が轟き
熱波と爆風が
彼女の体を紙切れのように
吹き飛ばした。
同時刻。
中枢部、管理室。
「一機、街に侵入!! <聖域>――中央庭園に!!」
「なんですって!!?」
「これは………
大型多脚兵器、<テンペスト>です!!」
リリスの声と共に
照合された<機械>の情報データが画面に映し出される。
「<テンペスト>………」
エヴァはその画面を見つめながら
うめくように言葉を吐き出す。
「まずいわ………たった一機でも
このままではすべてが破壊される。
30年前と同じように………!」
「博士!」
リリスがデスクから立ち上がり、エヴァを見る。
エヴァも彼女を振り返ると、心得たようにうなずいた。
「お願い。あなたも街へ出て、マリアとカグラの保護を」
「わかりました」
リリスは答えると
デスクの引き出しから拳銃を取り出し
それを手に部屋を出て行く。
残されたエヴァは
リリスの分の管理システムを自分に移行しながら
<テンペスト>と呼ばれる<機械>のデータを
にらみつけた。
「好きになんて、させるもんですか………!」