表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
KAGURA  作者: 瀬戸玲
29/58

28.答え





 「私にとって、<彼>は」




 視界いっぱい広がる


 【パンゲア】の穏やかな灯の光を眺めながら


 カグラは言った。




 「<生まれて初めて>出会った人。

  そして、私を守ってくれた人。

  私にとっては、とてもとても大切な………」




 そこまで言ってから、すっと右腕を上げる。


 手首にはめられた装置。




 「これはね………」




 【KAGURA】の文字を見つめながら


 彼女は呟く。




 「これも、私を守ろうとしてくれていた。

  この世に生まれてきたばかり私にとって

  耐え切れないもの

  精神が崩壊するほどのショック──

  そういう出来事が起こった場合に

  自動的に意識と記憶を抑制して

  私の心を守る。

  そのための装置でもあったんだ」



 「それが……<RESTART>か」



 「そう。

  <RESTART>というのはおそらく

  私の記憶を一旦すべて規制してしまって

  私の精神レベルがさまざまなショックに耐えられるようになったとき

  再び、記憶を少しずつ、解放する……

  だから、記憶検索でも断片的にしか

  記憶を取り出すことができなかったんじゃないかな」



 「それでは、なぜ、突然すべての記憶が戻ったんだ?」



 「…………………」




 アダムの問いに


 カグラは【パンゲア】の夜景から視線をはずして


 彼を見上げた。




 「それは……………」




 消え入りそうな声で




 「それは」




 震える声で


 彼女は、告げる。





 「きっと、アダムのことが、好きになったからだよ」





 しぼり出した言葉を


 彼は


 静かな瞳で


 受け止める。


 右手を握りしめ、うつむきながら


 カグラはなんとか


 頭の中を整理した。




 彼に伝える言葉。




 それを間違えてはいけない。


 ねじ曲げてはいけない。


 ――自分のためにも。




 「私、ね………」



 「…………ああ」



 「あなたを見たことがあると感じたのは

  <彼>の記憶がかすかに残っていたからだと、思う。

  それで………

  私がアダムを好きだと感じたのもリリスの言ったとおり

  <彼>の記憶で混乱してて

  それで

  そう………思ったんじゃないかって。

  そう考えたら

  だんだん、怖くなった」



 「ああ」



 「だから」




 ――だから。


 彼女はぐっと


 拳を握りしめる。




 「私は、あなたを<ただの>アンドロイドだと思おうとした。

  アダムは、人形だって。

  本当の心なんて………ない。

  だからあなたのことを好きだと思ったのは

  勘違いだったんだって

  そう…………思い込もうとしていた。

  だからなるべくあなたと関わりたくなかったし

  あなたのことを考えたくもなかった。

  ………ごめんなさい」



 「………………」



 「けど」




 カグラは一旦天井を見上げて


 目を閉じた。


 そうして


 ゆっくり


 ゆっくりと続ける。




 「そこまで思ったところで

  ええと……

  あなたを置き去りにして、廊下を歩いてるところで

  頭痛がして………めまいがして………

  それで気がついたんだ。


  『違う』って。


  私が怖がっていたのは、そこじゃない。

  自分の気持ちを

  あなたの気持ちを

  はっきり確かめることが怖かったんだ。

  でも、それがどんな答えでも……

  逃げずに確かめなきゃ、って思ったの。

  私ね。

  よくわかんないよ。

  理屈とか、そんなんじゃ説明できない。

  自分でも、全然わかっていない。

  けど

  そのときはじめて………

  この装置の外し方がわかったんだ」




 そう言いながら


 カグラはベルトを裏返して


 ぱちりと装置を外して見せた。


 腕から外した途端


 まるでエネルギー供給を断たれたように


 装置の画面から【KAGURA】の文字が消える。




 「ねえ、アダム」




 天井から視線を戻すと


 視界の中のアダムの顔がぼやけている。


 それでも必死に


 見失うまいと


 カグラは彼に向き合った。




 「アダムは、私のこと…………好き?」




 その瞬間


 どん、と何かにぶつかって


 視界が突然真っ暗になる。





 沈黙。





 長い時間を経て


 カグラはようやく


 自分がアダムに抱きしめられているのだと


 気がついた。




 「あ」




 呆然と呟く。




 「あたた…………かい」



 「皮膚組織の下にヒーターが組み込まれているんだ。

  人肌の温度になるように」




 アダムはいつもと変わらない様子で


 淡々と答える。




 「カグラ。俺は機械だ。アンドロイドだ」



 「知ってるよ」



 「さっき話したように、俺はこれまで

  <純粋なアンドロイド>であろうとしてきた」



 「うん」



 「だが、あの時………」



 「あの時?」



 「以前、こんなふうに抱きしめあったとき」



 「うん」



 「俺は正直………

  『どこかで自分の回路が故障している』と思った。

  <縮小>したはずの感情機能が反応するわけはない。

  しかし、

  それなのに、

  あの時………」



 「アダム」




 穏やかな声。




 「いいんだよ。

  説明しなくたって。

  私たちは、人間と機械かもしれない。

  体の仕組みも、心の仕組みも違うかもしれない」




 少し体を離して、カグラはアダムの瞳を見つめた。




 「理解不可能なことも、この世にはある。

  きっと、いっぱいいっぱい、あるんだよ。

  だけど私たちは生きている。

  人間とアンドロイドだって

  こうして抱きしめあうことができる。

  …………そうでしょう?」




 アダムはかすかに、うなずく。


 カグラも同じようにうなずく。




 「私は、やっぱりアダムが好き。

  今、目の前にいる

  抱きしめあっている

  <あなた>

  が、好き。

  もう一度聞くよ。

  アダムは

  私のこと………好き?」




 見つめる先の瞳は


 いつもと変わらず


 冷たい漆黒の光をたたえ


 いつもと変わらず


 物静かに一点を見つめている。




 その中に


 カグラの顔が映っている。


 そこで初めて


 彼女は


 自分が泣いていることに気づいた。




 そして瞳の中に向かって


 彼女は泣きながら


 微笑んだ。





















 「好きだ」






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ