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KAGURA  作者: 瀬戸玲
21/58

20.重なり





 体が震えている。


 小刻みに


 痙攣するように。


 彼女の体は震え続けている。




 濡れた彼女の裸体を


 彼はベンチへ横たわらせ


 丁寧にタオルでふき取った。


 全身がふき終わると


 今度は、服を着せはじめる。




 「大丈夫だよ」




 小刻みに震える彼女の耳元に向かって、彼は何度もそう囁く。




 「大丈夫。君は大丈夫だ。

  この世界は、君をおびやかしたりはしない。

  君がこの世界の何かにおびやかされることはない。

  君は――特別な人間なんだから」




 やさしく、穏やかな声。


 彼女の体をあたたかく包む衣服と彼の手の感触。


 それでも震えは止まらない。


 カタカタカタカタ、とベンチの脚が音を立て続けている。




 「カグラ」




 彼は、彼女の名を呼ぶ。


 彼女は震えながら


 目を開けた。


 そっと


 抱き起こされる。


 彼女は激しく震えながら


 もたれかかるようにして


 なんとか起き上がる。




 「カグラ。大丈夫だ」




 彼はもう一度言う。


 


 「俺が、君のことを守るから。必ず。

  ………だから大丈夫だ」



 「………………」




 彼女は震えながら、彼の顔を見つめる。


 彼は穏やかな笑みを浮かべて、彼女を見つめ返す。


 それから彼は、彼女の顔を両手で挟み


 静かに


 彼女の額に口づけた。




 額。


 頬。


 あご。


 こめかみ。




 ひとつずつ、とても丁寧に口づけていく。


 やわらかな感触。


 震えが


 徐々に


 収まっていく。




 「……………立てるか?」




 体を離す。


 震えは


 もうない。


 彼は手を差し出し


 彼女は差し出されたその手を


 しっかりと握った。




 「行こう」















 「……………カグラ?」




 耳に届いたリリスの声に、はっとする。


 記憶検索を行う黒い寝椅子の上で


 カグラは


 自分がずいぶん長い間ぼんやりしていたことに気がついて


 あわてて身を起こした。




 「どうかしたの?」




 リリスが怪訝な表情を浮かべる。


 カグラはかすかに胸の動悸を感じながら


 苦笑い浮かべてかぶりを振った。




 「ううん………。

  検索が終わってぼうっとしちゃってたみたい」



 「具合はどう?」



 「うん、それは平気」



 「それならいいけれど……。

  何か少しでも違和感を感じたら、必ず報告して」



 「わかってる。大丈夫だよ」




 カグラはそう言うと、寝椅子から降りて立ち上がった。


 一時のめまいはもうすっかりなく、体調は完全に回復している。




 (うん…………もう、大丈夫)




 心の中で静かに呟く。


 誰に向かってでもなく。




 「次の記憶検索は、今回のデータを解析したあとに検討するわ。

  博士から声がかかるまで

  また普段どおりにしていて」



 「わかった。

  とりあえず部屋に戻って………マリアはどうしてる?」



 「あの子、昼食も食べないであなたのことを待ってるわ」



 「そっか。じゃあ、マリアとお昼を食べにいく」



 「そうね。そうしてあげて」




 カグラはうなずいて、歩き出した。


 まだほんの少し


 体が宙に浮いているような感覚がある。


 その感覚を払拭しようと


 カグラは地面につけた足の裏の感触を確かめるように


 しっかりと踏みしめた。


 少しずつ。少しずつ。


 この世界に自分をなじませるように――





 「カグラ」





 ちょうど部屋を出ようとしたところで呼び止められ、振り返る。


 リリスがじっとこちらを見ている。




 「あなた、本当に大丈夫なの?」



 「…………………」




 本当に


 大丈夫?


 カグラの瞳が一瞬、冷たく鈍い色に沈む。




 「ん」




 それでも、カグラは口元に笑みを浮かべて答えた。


 そのまま部屋を出る。











 感覚。


 ずっと震えていた感覚が


 まだ体のあちこちに残っている。


 そんな気が、する。




 (同じだ……………)




 カグラは自室に戻ると


 ベッドにうずくまり、枕に顔を押しつけた。


 体が、今にも震え出しそうだ。


 いや、もう実際に震えはじめているのかもしれない。




 <過去>が現実を侵食しはじめている。


 記憶が感覚を侵しはじめている。




 (同じ……………)




 カグラの腕には、やさしく抱かれた感触が


 体温がまだ残っていた。


 彼のささやく声が残っていた。


 彼の唇の感触が残っていた。




 カグラの枕もとに置かれた


 透き通った花瓶の中の黄色い花。


 それは少しずつみずみずしさを失って


 頭をたれ


 徐々にしおれはじめている。




 目を閉じる。


 これ以上にないくらい、瞼に強い力をこめて。




 やさしく抱く、腕の感触。


 口づけ。


 そして――





 『立てるか?』





 耳の中で、声が二重となって響く。


 あえぐように息を吸い


 カグラは思った。





 (同じことを、くり返してる……………)





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