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KAGURA  作者: 瀬戸玲
20/58

19.兄妹





 写真の中からこちらを見る、幼い兄妹。




 ひとりは、3歳か4歳ころのマリア。


 今のマリアをそのまま小さくしたかのように可愛らしい幼子は


 満面の笑みを浮かべ、キラキラと輝く瞳をこちらへ向けている。


 もうひとり。


 幼いマリアの手を握って、少年が立っている。


 歳は13,4。


 思春期らしいむすっとした顔つきの男の子だ。


 その手はマリアの手をやさしく引いているというよりはむしろ


 暴れん坊の妹をなんとかその場に留めておくため


 いやいやつかんでいるといった雰囲気が感じられる。




 (この子が………アダム)




 ベッドに身を起こし、カグラはじっと写真の中の少年を見つめる。


 人間の、アダム。




 『ここにいた頃の……<人間>のアダムの写真が見てみたい』




 そう言ったカグラに、リリスが持ってきてくれたのがこの写真だった。


 当時【パンゲア】に存在していた、たった2人だけの人間。


 その2人を写した──家族写真。




 もう1枚、リリスが持ってきてくれた写真をカグラは眺める。




 こちらはマリアの12歳の誕生日のときに撮られたものらしい。


 大きなケーキを前に驚いたような表情のマリアを囲んで


 エヴァ博士、リリス、そしてアダムがうつっている。




 『これも、家族写真……といってよいのかしら』




 リリスはそう言って苦笑しながら、これを手渡してくれた。


 人間とアンドロイドの家族。


 にぎやかな雰囲気が伝わってくる。


 その中でアダムだけが無表情で、ひっそりと隅のほうに写っていた。


 アンドロイドの兄──




 カグラはもう一度、最初の写真に目を落とす。


 少年のアダム。


 彼はこの6年後、【パンゲア】から姿を消した。


 マリアを、残して。




 そして。


 おそらくその先で、カグラと会った。




 (………これは<過去>だ)




 ぱたり。


 カグラは写真を握っていた手をひざに落とす。


 過去。


 手出しすることのできない


 変えられない


 過ぎ去った風景。




 『あなたには本当にわかっているの?』




 リリスの言葉がふと頭によみがえる。


 2人のアダム。


 そのイメージが混乱し


 混ざり合い


 絡み合っている。


 解こうとすればするほど


 複雑に。




 (わかっていないのかも………しれない)


 


 






 「カ~グ~ラ♪」




 唐突に部屋の扉が開いた。


 カグラは反射的に


 手にしていた写真を枕の下へ押し込んだ。




 「……マリア」



 「あ、起きてるぅ~! だめじゃない、病人はアンセーにしてないとぉ!」




 肩をいからせながら部屋に入ってきたマリアは


 そう言って


 満面の笑みを浮かべる。




 「具合、どう?」



 「うん。もうぜんぜん平気」



 「ママがまだアンセーにしておくようにって言ってたよぉ」



 「本当に元気だよ?」



 「だーめ! 患者のジコハンダンは危ないんだから~」




 マリアは鏡台の椅子をベッドの脇まで引きずってくると


 そこにぽんっと小さな尻を載せた。


 そして、むずがるように体を震わせながらくすくすと笑う。




 「何? どうかしたの………?」



 「むふふふふふ~。なんでもないよ、カグラ♪」




 にこにこしながらそう答えるマリアに


 カグラは首をかしげた。


 そうして気づかれないように


 枕に手をついてそっと上から押さえつける。





 家族。





 「……ねえ、マリア」



 「ん?」



 「聞きたいことがあるの」



 「うん、なになに?」



 「アダムのこと」



 「えっ……!?」




 カグラが真剣な顔で言うのと対照的に


 マリアは頬を紅潮させて身を乗り出してきた。




 「さっそくマリアに恋愛相談!?」



 「………あ、ごめん……ちがう…………」




 思わず苦い表情を浮かべて、カグラが首を振る。


 それでもマリアはさらさらとしたブロンドの髪を揺らし


 さらに


 その大きな瞳を近づけてくる。




 「それじゃあ」




 とアリア。




 「<人間>の方のお兄ちゃんのこと?」







 カグラは一瞬言葉を失って


 その美しい碧眼の瞳を見つめ返した。






 マリアは静かに


 とても静かに


 滑るように体を引いて


 元の椅子に座りなおす。





 「………マリアはね」




 彼女は視線を床に落とし


 けれども口元に微笑を浮かべたまま


 呟くように言った。




 「<今>のお兄ちゃんのほうが、好きだよ」



 「……………」




 カグラは枕の上についた手をそっと握りしめる。




 「それは……彼が、あなたを置いていったから?」



 「うん。でも、それだけじゃない」




 マリアは椅子の上で両足をぶらつかせ


 かぶりを振る。




 「<昔>のお兄ちゃんは………

  マリアのことよりも、勉強のほうが好きだったの。

  だからマリアと遊ぶよりも、そっちにずうっと夢中だった。

  マリアになんてかまってもくれなかった。

  たまに遊んでくれることもあったけど

  それもなんか、義務的な感じで………いやだった。

  だから、<今>のお兄ちゃんのほうが、マリアは好き。

  ずううっと好き」




 それから顔を上げ、彼女はまたに明るい笑みを浮かべてみせた。




 「だからね!

  カグラがお兄ちゃんに告白して、マリアはすっごくうれしかったんだ!

  すっごくすっごくうれしかった。

  だってね、<今>のお兄ちゃんはどこにもいかないし

  マリアと遊んでくれる。お話してくれる。

  カグラがお兄ちゃんを好きになって一緒にいるなら

  それってマリアとも一緒にいるってことでしょ?

  ね、そうでしょ?」




 にこにこと無邪気に言う彼女になんと言ってよいかわからず


 カグラは戸惑いながら


 枕カバーを握りしめていた。




 マリアの中の2人のアダム。




 そのうちのひとつはもう消えてしまった<過去>で


 そのうちのひとつはここにある確かな<今>だ。





 (私は……………)





 それなら、自分はどうなのか。


 消えてしまった自分の<過去>。


 それでもよみがえってきた<過去>の記憶。


 そして、<今>。





 「マリア、私は………………」





 コンコン。




 ふいに言葉をさえぎるように


 部扉をノックする音が響いた。




 「!」




 すると飛び跳ねるようにマリアが立ち上がり


 ぱっと身を翻して扉に駆け寄る。


 開いた扉。


 その先に──




 「………アダム?」




 彼は相変わらずの仏頂面で、そこにいた。


 その手に


 とてつもなく不似合いな黄色の花束を握っている。




 「え…………?」




 困惑するカグラのに


 アダムは黙って歩み寄り


 手にしていた花束を差し出した。


 カグラは困惑しながら


 差し出されたそれとアダムの顔を交互に見る。


 それからおそるおそる


 花束を受け取った。




 「……………これでいいんだろう?」




 眉間を押さえて尋ねるアダムに


 後ろのマリアがいかにも満足そうな表情でOKサインを出している。


 カグラはまだ呆然としながら


 それでも手の中の鮮やかな黄色に誘われて


 そっと


 鼻を近づけてみた。




 「いい香り………」




 心地よい、さわやかで甘い香り。


 それを胸いっぱいに吸い込んで、カグラの口元に思わず笑みがこぼれる。


 ひとしきり香りを楽しんでから、カグラは再びアダムを見上げた。




 「アダムは、花の匂いはわかるの?」



 「一応匂いを感知するセンサーはついているが

  それが人間の脳で感じるものと同一とは言えないな」



 「……そっか」




 カグラはうなずいて


 花弁の中に鼻をうずめる。


 


 「ん。やっぱりいい香り……。

  ありがとう。アダム、マリア」



 「ああ」




 カグラの言葉に


 アダムがゆっくりとうなずいてみせる。


 その、アダムの背後から





 「…………………………で?」





 低い声をあげ


 マリアが


 ぬっと顔を見せる。





 「それで、2人はいつになったらキスするわけ?」




 「…………………………………………………」





 カグラとアダムは黙ってそっぽを向きながら


 とりあえず


 何か別の話題を探すことから考えはじめた。






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