1.目覚め
………ふぅっ。
自らの吐息の音で
目を覚ます。
少女はゆっくりと目を開く。
人工的な光が瞳を刺激する。
反射的に瞼が痙攣し、少女の短い睫毛が小刻みに震える。
少女は少しの間ぼんやりとした顔つきのまま下を向いていた。
じっくりと、その白い光に目を馴染ませようとするかのように。
彼女は再び、目を閉じる。
また開ける。
それから何度かまばたきをして、
今度は大きく目を見開き
顔を上げる。
彼女は電車の中にいる。
無機的な光を放つ照明。
やや固い座り心地の、青色の座席。
冷たい光沢のある同じ色の床。
吊革はないが、代わりに振動という振動もない。
音もない。
この世からありとあらゆる音を抜き取ってしまったように
しんとしている。
そもそもこの電車が動いているのかどうかさえ
彼女にはよくわからない。
「………」
少女は不思議そうに辺りを見回す。
背後の窓に目をやると、窓の外は完全な暗闇に包まれていた。
ただのっぺりと黒い闇が広がっているばかりで
やはり
電車の運転を確認することはできない。
窓に映った自分の顔を少女はじっと見つめる。
幼さの目立つ大きな瞳。
耳の下あたりまでの短い髪。
色はどちらもこげ茶に近いブラウンだ。
それから、小さな鼻。
血の気のひいた唇。
その下の細い首をタートルネックのセーターが包んでいる。
彼女は白っぽいセーターを着て、そのうえに厚手のチャコールグレーのコートを身につけている。
下は黒のハーフパンツに、黒のタイツ、茶色のブーツ。
彼女は自分がすこしばかり汗ばんでいるのを感じる。
そして、右手首には腕時計のようなもの。
覗き込んでみるが時計の文字盤は見当たらない。
黒い画面の中にはただ
【KAGURA】
という文字だけが表示されている。
…………………ザザ……………………
それまでまったくの無音だった車内に
ノイズのような音が響いた。
反射的に天井を見上げるが、スピーカーは見当たらない。
でもはっきりと聞こえる。
………………………ザ…………………ザ………………
じっとノイズの音に耳をすます。
音は途切れ途切れに
しかし確実に
彼女の耳に届いている。
やがて。
『やっとつながったわ』
ノイズは一転して、若い女の声になる。
『聞こえている?』
少女は目を丸くした。
状況の変化についていけていない。
『聞こえているなら』
かまわずに、女は続ける。
『逃げなさい。今すぐ』
ブーーッ! ブーーッ!
振動を感じ、少女はびっくりして右腕を見た。
腕時計のようなそれが、突然震えだしたのだ。
【KAGURA】の文字盤が真っ赤に点滅している。
ガンッ!!
今度は大きな物音とともに
別の振動が彼女を襲う。
がくん、と車両全体が揺れる。
「…………え……?」
訳もわからず、少女はつぶやいた。
音がした方向を見る。
そこには、隣の車両へ続く金属製の扉がある。
『聞いているの?』
女が言う。
声には少し雑音が混じっている。
少女はその声が聞えていないかのように
食い入るように金属の扉を見つめた。
その奥で、また
ゴン!
と鋼鉄のぶつかるような鈍い音がする。
――何かがいる。
扉を凝視しながら、少女は立ち上がり、あとずさる。
右腕の装置が点滅し、激しく震えている。
『早く』
ゴンッ!!
『早く』
女の鋭い声と同時に
扉が開く。
しかし
少女はもう
扉を見てはいない。
踵を返し
全速力で反対側の扉に向かう。
『逃げなさい!』
ゴンッ!!!
頭上に女の声が響く。
背後で轟音が鳴る。
少女は振り向かず
隣の車両への扉を開け放った。