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KAGURA  作者: 瀬戸玲
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14.覚めない眠り




 金属製の細い廊下が延々と続く。


 カグラは均一な歩調で歩いてゆくエヴァの背中を見つめながら


 黙ってそのあとをついていく。




 「あなたに見せたいものがあるわ」と言ったきり


 エヴァは一言も口を開いていなかった。


 一体「何」をカグラに見せるつもりなのか


 説明もない。


 ただ有無を言わせぬ沈黙だけを身にまとって


 カツカツと単調な靴音を鳴らしている。




 長い廊下の突き当りにあったのはエレベーターの扉だった。


 エヴァは白衣の胸ポケットからカードを一枚取り出し


 エレベーターの隣に設置されたカードリーダーにそれを通す。



 「降りるわよ」



 エヴァがちらりとカグラを振り向き、短く言う。


 カグラはうなずき、後に続いてエレベーターの中に入る。




 それは一風変わったエレベーターだった。


 中はつるりとした銀色をしていて


 ボタンも何もついていない。


 2人が乗り込むと勝手に扉が閉まり、動きはじめる。




 カグラは一瞬「どこに行くんですか」と訊ねそうになったが


 その言葉を呑み込んだ。


 別に、聞く必要なんてない。


 行けばわかる。


 ただ、何かざわざわとしたものが


 背筋のあたりを這いずっているような気がしていた。



 「どうして」



 代わりに、別のことを口にした。



 「どうして………機械は

  人間を……旧人類を滅ぼしてしまったんですか?」



 エヴァがカグラの方を向き、かすかに眉をひそめる。



 「……どうして?」



 「だって、機械は自己増殖できて、学習して、つまりそれって……

  心があるんでしょう?

  それなのに、どうして自分を造った人間を殺すの?

  世界の……ほかの動物や、大地まで。

  【パンゲア】はとても美しいと思う。

  でも、外の世界は滅びてしまってる。

  塵しかない、死んだ世界になってしまってる。

  機械に心があるのなら、どうしてそんなきれいなものを壊してしまうの?」



 カグラの問いにエヴァは小さく鼻を鳴らし、腕を組む。



 「そうね。

  まず、なぜ旧人類が滅ぼされてしまったかは簡単よ。

  旧人類が、心を持ちはじめた機械を破壊しようとしたから。

  『親が子供を殺そうとした』というわけね。

  それに対抗して、機械たちは徹底的に反撃をした。

  自分たちの種族を存続させるために敵を殲滅しようとするのは、当然だわ」



 「じゃあ、なんで世界まで……?」



 「心を持っているといっても、人間と機械を同一視してはいけないわ。

  あなたは脳でものを見て、感じて、考えている。そうね?

  でも機械はそうじゃない。

  彼らは、あなたとはまったく違う次元の世界を見ているのよ。

  あなたの見ている世界と、彼らの世界は違うの。

  だから、人類にとっての世界は、彼らにとっては彼らの世界を脅かす、

  そういうものでしかないのよ。

  彼らは彼らの夢の中に、あなたはあなたの夢の中に……

  現実は、夢と同じよ。

  自分の眠りを邪魔されたくなかったら、邪魔な存在を排除するしかない」



 「……………」



 カグラは言葉を失って顔を歪めた。


 人間。機械。アンドロイド。


 人間の世界。


 機械の世界。


 そして、人間とアンドロイドの、世界。



 「着いたわよ」



 エヴァがそう言うと同時に、エレベーターの扉が音もなく開いた。


 目の前には門がそびえていた。


 黒金色をした、分厚く、巨大な門。


 エヴァが再びカードを門の脇のカードリーダーに通すと


 その門がゆっくりと開きはじめる。


 開いた隙間からは白い靄が流れ出て


 ひんやりとした冷気を感じ、カグラは自分の肩を抱きしめていた。




 そして




 門の向こう側に広がる光景を見て




 冷気によって凍りついたように




 立ち尽くした。







 「新人類よ」







 エヴァは言い、コツコツと門の内側へ入っていく。


 内部はかなり広い。


 温度は低く、まるでとてつもなく巨大な冷凍庫の中にいるようだ。


 その中に整然と、ガラスでできた楕円形のポットが並べられている。


 ガラスの内側は薄い青色の液体で満たされ


 その中では


 胎児が眠っている。




 「これがすべて……新人類?」


 「そうよ」




 エヴァはこともなげに答えると、ひとつのポットにやさしく手をついた。


 そして中の胎児を見つめる。


 その目つきは、おだやかな母親の目だ。




 カグラは白い息を吐き


 ふらふらと部屋の中に進みながら


 その光景を茫然と見回した。


 見渡す限り、ずらりと並んだポットの中で胎児が眠っている。


 ポットがどこまで続いているのか


 どのくらい数があるのか見当もつかない。




 「こんなに、たくさん……いるじゃないですか。

  どうして、人間は私とマリアしかいないなんて言ったんですか?」



 「…………」




 カグラの純粋な問いにエヴァは目を細め


 はじめて物悲しそうな表情を浮かべた。









 「生まれないのよ」









 一言。


 エヴァは呟いて、透明なポットの表面をそっとなでた。



 「生まれない……?」



 「そう。生まれてこないの。

  生まれてきても、その直後に死んでしまう。

  原因は不明。

  万が一生き残ったとしても、数年で衰弱して死んでしまうわ。

  だから、マリアが今も元気に生きているのは奇跡的な例なのよ。

  私にとってあの子は……大切な大切な、娘だわ」




 (生まれて………こない………)




 カグラはおそるおそるポットに近づき、胎児を見上げた。


 胎児は生まれる直前の形をしていて


 細長い目を閉じ


 とても安らか表情で眠り続けている。



 「本当に、いろいろな方法をこれまで試してきたわ。

  何度も、何度も、数えきれないくらい。

  それでも、私自身の体さえ25年しかもたなかった。

  世代を追うごとに平均寿命が急激に下がってきている……

  そして、今となってはもう生まれてすらこない。

  私はこんな体になっても、なんとかこの問題を解決しようとしているの。

  だってそうしないと、人類は」



 悲しげなエヴァの言葉を聞きながら


 カグラはそっとガラスの表面に耳を押し当ててみた。


 かすかに。


 ほんのかすか


 鼓動の音が、聞こえる。


 生命の音が。




 (生まれてこない………)




 カグラは目を閉じ、その音に聞き入った。

 

 穏やかな音。


 心地いい。


 小さな小さな生命が、この中で眠っている。



 


 カグラはゆっくりと、唇を開いた。





 「生まれたく、ない」





 そうだ。




 あのとき。




 自分が叫んだ言葉。




 エヴァがじっとこちらを見ている。


 カグラは速くなる自分の鼓動を抑えながら


 必死に記憶を探った。




 あたたかな海の中。


 そこで自分は眠っていた。


 この子たちと同じように。


 そして――




 「生まれたく、ないのよ」




 今度ははっきりと、カグラは声を上げた。


 エヴァはポットから身を離し、カグラを見つめる。




 「生まれたくない?」



 「そう。この子たちはわかってるのよ。

  世界がもう死んじゃってるってことを。

  自分たちの仲間は、もうほとんどいないんだってことを。

  自分たちはもう、破滅に向かってるんだってことを。

  ちゃんとわかってる。

  全部わかってるの。

  だから生まれてこないのよ。

  ずっとずっとこの中で眠っていたいの。

  この世界に生まれてくるくらいなら、死んでしまいたいと思ってるのよ。

  だから、だから………

  生まれてこない」




 エヴァは沈黙し、しばらくカグラの言葉について考えているようだった。


 切れ長の眼の中に浮かぶ美しい瞳が、ゆらりゆらりと揺れる。




 「……なぜ、そんなことを思うの?」



 「私がそうだったから」



 「記憶検索のときに、それを思い出したのね」



 「うん」




 カグラは夢の中のことをありありと思い出していた。


 あの快楽の中から


 自分は


 突然


 産み落とされたのだ。


 この世界へ。




 「あなたは、つまり………

  このまま新人類は淘汰されて

  滅んでしまうと言いたいの?

  胎児たちはそれを受け入れて、あきらめていると?」



 「そうじゃない。まだ、何か解決策があるかもしれない。

  だけど、この子たちの気持ちが私にはわかるの。

  生まれたくない。

  ずっとこの中で眠っていたいって」




 エヴァは束ねた長い髪を揺らして


 突然


 ポットに体を押しつけ、もたれかかった。


 まるでその中にいる胎児を


 抱きしめようとするように。




 カグラはそんな彼女の様子に、なぜだかドキリとした。


 感情。


 そうだ。


 彼女には、感情があるのだ。


 アンドロイドにだって。




 「どうすればいいの……?」




 消え入りそうな声で、エヴァは囁いた。


 誰に向かってでもなく。




 「アンドロイドは、人間を守り、人間と暮らす。

  そのために生みだされた……

  私だって。

  私だって、そうよ。

  もし新人類がこのまま滅んでしまったら、

  そうしたら……私たちの存在は、どうなってしまうの?

  アンドロイドは

  アンドロイドは

  人と……生きるしかないのよ」




 カグラは何も言わず


 エヴァと同じように


 目の前のポットにもたれかかり


 それを抱きしめた。


 マリアにそうしたのと同じように。





 (生まれておいで………


  この世界は、きっと………)





 カグラが祈るその先で


 胎児は体を丸め


 天使のような安らかな顔で


 眠り続けている。




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