13.詰問
「街へ下りたのね」
氷のような冷たい声。
エヴァ博士はゆったりと
細く長い脚を組み
組み合わせた両手をひざに軽く載せ
鋭い瞳で、カグラを見ていた。
「すみません」
「まあ、実際はあの子が連れ出したようね……。
街の様子が見たいというあなたの気持ちもわかる。
でも、ルールはルールよ。
あなたはそれを破った」
「はい」
カグラはうつむいて答えた。
しかしそのブラウンの瞳は
何か強い光をたたえていた。
カグラはずっと拳をにぎりしめていた。
力強く。
「話は変わるのだけれど」
そう言ってエヴァはコンピュータの方に向き直り
カタカタと何か操作をする。
すると、カグラのすぐ目の前に画像が浮かび上がった。
びっくりして、カグラは一歩後ずさる。
目の前に浮かんだのは
壮年の男性の顔だった。
「その人物に見覚えは?」
「え………」
カグラは戸惑いながら、まじまじと男の顔を見た。
白髪まじりの頭。
しわの寄った、かつ鋭い眼光をもった瞳。
目の下に、大きな茶色のあざがある。
こけた頬。
口は真一文字に結ばれ
年齢は50かそこらに見える。
「どう?」
「いえ……。見覚えは、ありません」
「そう………」
エヴァはデスクに頬杖をつき、溜息をついた。
しかしそれほど落胆したようには見えない。
「この間、あなたの記憶検索をした結果
音声を拾うことができたわ。男性の声よ。
言葉は『君は、私の希望だ』」
「……あ」
カグラは反射的に声を上げ、エヴァを見た。
エヴァが口元にわずかに笑みを浮かべる。
「この男性はコンドウ博士といって
優秀な科学者でいらっしゃった方よ。
記録では30年前に亡くなっている……
博士の暮らしていた保護区の壊滅によってね。
けれど、あなたの記憶の中の音声と
記録に残されていた博士の声紋が一致したの。
つまりこういうことよ。
おそらくあなたは、コンドウ博士によって造られた」
「造られた………」
呟きながら、カグラはぼんやりと目の前の男の顔を見つめた。
この男の人が
自分を
造った。
「それも、あなたは特殊な目的で造られた新人類のようね。
首に番号がないのは、あなたがほかの新人類とは違う
まったく別の工程によって生み出された可能性を示唆している。
とても興味深いことね……」
エヴァの浮かべる、科学者独特の好奇な笑みをちらりと見てから
カグラは再び、拳に力を込めた。
自らを鼓舞するように。
「エヴァ博士」
強い声で。
意志を示すように
カグラは声を上げた。
エヴァは首を傾け、カグラを見る。
「ひとつ、質問があります」
「何かしら」
カグラはぎゅっと
力いっぱい拳を固めた。
脳裏にはマリアの顔をがあった。
泣きそうな、今にも崩れ落ちそうな
とても切ない顔をしていた。
カグラは目を閉じ
そして、開く。
「この街に
【パンゲア】に
生身の人間は、何人存在するんですか?」
吐き出した言葉は
前へ前へと突き進んで
そして、溶けて消えた。
沈黙が訪れる。
カグラはエヴァから目をそらさなかった。
エヴァは無表情に
デスクに片方の肘をついている。
「答えてください」
こわばった声で、カグラは言った。
エヴァはやはり無表情で沈黙している。
平然と
何の興味もなさそうな顔で
カグラを見ていた。
カグラは自分の体がぶるぶる震えだすのを感じた。
「答えて!」
そう叫び
気がつくと
駆け出していた。
エヴァ博士のもとへ駆け寄り
その華奢な首を
鷲掴みにする。
やわらかな皮膚。
その下の
感触。
カグラは詰めていた息を吐いて
エヴァを思い切りにらみつけた。
「あなたも………アンドロイドじゃないですか!」
「そうよ」
平然とした顔で
エヴァは答えた。
「自分が死ぬ前に、自分の記憶をすべてこの体にコピーしたの」
「じゃあ一体、人間はどこにいるんですか?
どこに!
何人!
ここは、【人類保護区】なんでしょう!?
答えてください!」
「2人よ」
エヴァはゆっくりとした動作でカグラの手首を取り
自分の首から指をはずさせた。
「……………ふ…たり………?」
「そう。つまり、あなたと、マリアよ。
その2人しか、ここには人間がいないのよ」
めまいのようなものを感じて
カグラはふらふらと後ずさった。
(マリア………)
心の中で、彼女の名前を呼ぶ。
彼女を抱きしめた感触を思い出す。
立ち尽くすカグラの前で
エヴァは何度か首をひねり
それからすっと立ち上がった。
「ついてきなさい」
冷たい声。
機械の、声。
「あなたに見せたいものがあるわ」