弐-弐拾陸
先が全く見えなくなった。これから―――どうしよう。
「澪菜様御前失礼致します。」
カラリと御簾開く。千鶴がテキパキと端から御簾を巻くし上げ、日光が部屋まで差し込んできた。
「空気入れ替えますからね。」
「千鶴ちゃん……。」
今にも消えてなくなりそうな澪菜の声に、千鶴は驚き振り返る。
「澪菜様?如何なさいましたか?お顔色が、、。」
青ざめた澪菜の顔に千鶴は慌てて駆け寄った。
「まだ、具合がよくないのではないのですか?」
「そんな事ないよ。元気だよ。」
「どこがですか!早く横におなりください!」
千鶴に叱られ布団に戻った。優しく掛布団を掛けられ寝かしつけられる。疲れているのだろうか?澪菜は、猛烈な眠気に襲われ深い眠りについた。
「なにか欲しい物はありますか?お持ちしますよ。…澪菜様?」
―――
そして、夢を見た。竜の心の葛藤。私の体に入っているからか前より苦しみは強く感じる。
狂おしい
狂おしい
竜に近付くけれど、どうしたら救えるのかわからない。
『助けたい』そう思うのは私のおごりだろう。何もできない癖に、一人前に頭をよぎる。
竜に手を伸ばすと、暗闇が腕を穿い私に絡み付く。
「いや―――――!!」
振り払いも、ぬるぬるとした暗闇が腕に染み込みあざとなった
暗闇の中私は立ち尽くすだけだった。
―――――
夢は澪菜に直接降りかかり、日に日にリアルになって行くので寝るのが怖い。
「頭………痛い……。」
暗闇に掴まれたあの感触が残っている気がして嫌だった。
頭痛が酷かったので薬湯を貰おうと千鶴を探したが、部屋からもう退室した後だった。
―――だいぶ寝ちゃったのかな?もしかして寝過ぎ!!?
「ん?」
辺りを見回すと、几帳の数がいつもより少ない気がした。
まぁ、有っても無くても澪菜にはさほど、困らない物だからいいのだけれど。
廊下がパタパタと騒がしくなっていたので、そっちに澪菜は向かった。廊下にヒョッコリ顔を出すと、女房達が慌ただしく走りまわっていた。
「何かあったの?」
「あっ………女御様…………!!」
近くにいた女房を呼び止めて聞いて見た。立ち止まった女房は、怯えた目で澪菜を見て来た。
千鶴や静子以外の女房達ともそれなりに仲良くなって来たと思っていたのに、まるで鬼を見るようなあの目を思い出させる。
「女御様。」
女房が恐る恐る澪菜の顔色を覗き込み伺う。
「千鶴ちゃんは何処にいるかな?」
「千鶴になに用でございますか?」
「え?」
明らかに、好意的ではない対応に動揺を隠せない。
何かやってしまったか、頭の中をフル活動させ考えた。
「特に用って程でも、ただ薬湯を貰おうかなって思っただけなんだけれど、、、ごめんなさい!自分で取って来るね。」
オロオロとしている澪菜に女房は、不思議に思う。
「女御様?先程までどちらにいらっしゃいましたか?」
「……え?寝てたよ?」
その答えに女房は凄く驚いていた。
「――何か変な事言った?」
「いえ。申し訳ございません、失礼致しました。」
余所余所しい女房に澪菜は不信に感じた。
私に何か隠してる?千鶴ちゃん?何かあったの?
いてもたっても居られなく、澪菜は渡殿を進んだ。千鶴の部屋まで辿り着くと、千鶴は床に伏せっていた。
千鶴が澪菜の部屋には来るけれど、澪菜が千鶴の部屋に行くのは初めてだな何て思いながら、部屋を覗いた。
千鶴の部屋は澪菜が貰っている部屋とは正反対の印象を受けた。それなりには広いのだが、女房達何人かで使っているようだ。部屋には千鶴の他にもう一人女房がいたので、なんとなく、入りづらく澪菜は入り口の前で立ち止まってしまった。
「千鶴大丈夫?」
「はい。大丈夫ですよ。多喜ありがとう。」
多喜と呼ばれた女房は千鶴と親しげできっと千鶴と同等な女房位なのだろう。
千鶴は起き上がろうと布団をたくしあげるが、女房は心配げな表情で布団に戻した。千鶴のその足首には、痛々しく包帯がまかれていた。
「ちょっと捻っただけですし。薬湯のお陰で痛みも引いてきました。」
「捻っただけって!!」
心配させまいとニッコリ微笑みながら、答えるが、余計に心配させてしまった。
「でも、澪菜様が心配ですし。」
ポツリと呟く、千鶴に多喜は強く言った。
「でもその怪我は、女御様に―――!!」
「多喜!!」
―――え?
「千鶴、女御様付き女房外して貰った方がいいんじゃない?千鶴の為に言ってるんだよ。」
負けじと多喜は言葉を返すが、千鶴とは思えないピリッとした表情になった。
「違うから。澪菜様な訳ない。いくら多喜でも怒るから。」
―――私が?千鶴ちゃんに怪我をさせた?
全く身に覚えがない。
千鶴に怪我なんてさせるはずないし、千鶴が怪我をさせるくらいなら私がする。
でも、廊下ですれ違った女房の怯えた目は、私が何かしたのを物語っていた。
千鶴と多喜の会話からも嫌なくらい繋がってしまう。
私寝てたよ――。
寝てたのに………。
身に覚えの無いことにどう反応したらいいか戸惑ってしまう。
ふと、脳裏を過ぎる皐の言葉。
『竜に喰われるか、竜を喰うか見物だな。』
まさか―――私、喰われてる?
心臓が自分の物ではないかの様にドクンドクンと脈を打つ。抗うように、身のうちから迫り来る圧迫感。
澪菜は胸をギュッと掴み、膝をついた。
喰われる――――。喰う気だ。
「誰かいるのですか?」
千鶴が物音に気付き、廊下に目配せ声をかけた。
澪菜は慌てて物音をたてない様そっと部屋を後にした。




