弐-弐拾壱
はひゃー!!と声をあげながら澪菜は両手を顔に当て、真っ赤になっていた。
「菫様の行動力は凄まじいですね。」
千鶴も何だかんだ言いつつ話に食い入ってた。女性は慎ましくと言うのが、一般的なこの国ではアグレッシブな考えな菫の様な人は刺激的だった。
「女だから言う通りにしろって言われるのが嫌。黙って流れに身を任せていたら、政の道具にしかされないわ。」
ニッコリ微笑みながらも、その瞳には芯が通っている。
千鶴は頷きながら真剣に話を聞いていた。価値観が共感したのだろう。
「女だって自我を持ってもいいのよ。たった一度の人生なんだから、自分で選んで生きなくちゃ!!」
「それで、お父さんが許してくれたのね!」
「いえ、それが。」
菫が浮かない顔に変わった。時頼のおかげで出家は思い止まった。だがそのせいで父は私を、再び東宮正妃にしようと話を持ち上げた。
「東宮様は慈悲深い御方。髪は伸びれば大丈夫だ。」なんて事を私に言ってきた。
父は私の気持ち何て何もわかってない。父にとって私は人ではなく、道具なんだろうと心底思った瞬間だった。
「時頼は、出家を止めてくれた事に対しては感謝する。だか、婚姻となると話は別だ。」
私にとって、絶望の一言だった。
その日の晩、私は屋敷を抜け出し橘邸に向かった。真っ暗闇の中、ただ時頼の事を思い走った。
「時頼」
「菫!!?こんな時間に何してる?」
普段あまり表情を変えない時頼も、さすがに驚きを隠せなかった。周りを一回り見て、私しかいない事を確認すると、眉間にシワを寄せた。
「一人で来たのか?危ないだろう。」
「時頼、私を連れ去って。お願い」
ぎゅっと飛び付く様に抱きつき、胸に顔を埋めた。いつもと違う私に、時頼は気付き何かあったのか訪ねた。
「父様が。」
「はぁ…」
私の話を聞くと、時頼は深くため息をついた。
「俺はお前に幸せになって欲しいって言ったのを覚えてるか?」
真っ直ぐに見て来る時頼に、コクンと頷いた。
「うん。」
「なら、前を向け。」
時頼は私の顎に手を当てると、くいっと持ち上げた。
「俺は、お前に父親と仲違いさせるつもりはない。」
「でも」
「残念だが、どんなに嫌がろうとお前を離すつもりももう無いぞ?」
「えっ」
菫は真顔で言い放つ時頼に、どう反応していいのか顔が真っ赤になる。時頼は冗談なんて言う人ではない。
時頼はその言葉通り、登る龍の如くメキメキと近衛の督の位まで登り詰めた。時頼の有能さは帝のお墨付きが出るほどであり、時頼を娘婿にと狙う人も多々増えて行った。
時頼は数多くの縁談をもちこまれたが、全て「好いた姫の為に全てを捧げている。彼女以外考えられない」と断り、生真面目で一途な性格で将来有望だと平安国中へと噂は広まっていった。あまりに時頼が縁談ををばっさり断わるので爪弾きされないかと心配になったが、反対に好感度は爆あがりしていった。
「姫君のお相手が橘殿なんて、左大臣殿が羨ましい」「橘殿は東宮様に続く嫁ぎ先の優良場所だな!」と貴族達がみな口にようになり、それに気分を良くした父も、私達の仲を許してくれたのだった。
「時頼さんっっ男前すぎです!!」
聞いてる方が照れてしまう。
「んっ!!いくら澪菜ちゃんでも、時頼に惚れたら許さないからね!!」
菫は瞬時に反応をした。持っていた扇を澪菜に向け、眉間にシワを寄せる。
「やややっ!確かに素敵な人だなぁとは思ったけれど、好きとかじゃないよ!!」
澪菜は大振りに手を振り、慌てて否定をした。眉間に寄せたシワがほどけ、菫はふんわり笑った。
「ふふ。ならいいわ。それに、澪菜ちゃんには東宮様がいるしね!」
「もぅ!!すぐそっちに話を持ってくけれど。よくわかんないよ。」
そんな澪菜を見て、菫の表情は心配げに変わった。
「澪菜ちゃん、ゆっくり愛を育てるのも一つの形だけれど。」
少しためらいがちに、言葉を続けた。
「東宮様に入内させようとされてる姫君は、私以外にも沢山いたわ。右大臣家、太政大臣家、大納言家も名乗りをあげるわ。本当に愛しい人と結ばれるのは難しい国なの。モタモタしてると、横から奪われてしまうわよ。」
…………。
「想像してみて、涼殿と皐さんが一緒にいる姿。東宮様の元に姫君が嫁いで来た姿。貴女はその時どうしてる?」
その時私はどうしているだろうか――?
喜んでる?悲しんでる?
澪菜があまりに沈んだ顔に変わった為、この話はここまでになった。
あとは他愛ない世間話をし、日が傾き始めたので、東宮御所に戻った。
屋敷に着くと、静子が出迎えに来た。
「今しがた春晃様の使いの女房が、姫様にお会いにいらしてたのですよ。」
「春晃さんの女房?女の子?白菊ちゃん?」
「いえ、大人びたお美しい女性でしたわ。」
春晃さんの所に他に人がいたかなぁ?
まさか―――!涼君!!?
「静子さん!!女房さんは今帰られたばかりですか?」
「はい。丁度入れ違いで。」
澪菜は慌てて、門へ向かった。




