弐‐弐拾
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私は左大臣家三の姫として生まれた。「小さい頃から東宮の正室になるんだ」と、父に教え込まれながら育った。
幼い私には、そんな事を言われてもただ漠然としいて、どういう意味なのか理解していなかった。父の言われるが間々に生きていた。
東宮貴宮親王様は、母親が左大臣方の御血筋だった為幼い頃はよく左大臣邸に遊びにいらっしゃった。
父と仲が良かった橘少将の嫡男時頼もよく、連れられ左大臣邸に来ていた。
幼い頃には何のしがらみもなく、三人でいつもいた。
それが当たり前だったし、私にとって居心地のよい場所だった。それぞれが大人になるにつれ、そんな甘くて緩い時間はなくなっていった。
私が裳着を済ませると、一気に入内の話は進んで行った。周りが晴れやかになる一方で、私の心は何故か曇っていた。
入内したらもう三人ではいられない――。
「時頼にもう会えない?」
そう考えると胸の奥が締め付けられるように痛く、涙しかでてこない。
私が何をかもを捨ててでも愛おしいと思えたのは時頼だった。そんな私に突き付けられた言葉はあまりに悲しい言葉だった。
「御入内おめでとうございます。心よりお喜び申し上げます。」
時頼はもう私の目を見る事は無く、淡々と言い放った。時頼にだけは、そんな事を言って欲しくなかった。
「私は時頼が好きなの!!」
「それはまやかしです。姫君は東宮様の元に嫁がれるのが真の幸せです。」
「幸せか幸せじゃないか決めるのは、私よ!!」
「………。」
時頼はそれ以上は何も言わなかった。私が何を言ってもただ黙って聞いているだけだ。そんなありきたりで社交的な言葉で言われても、諦められないし納得出来ない。
時頼が私を嫌いなら、それでいい―――。ばっさりと切り捨ててくれれば。
時頼といれないのであれば、私に幸せ何て訪れる事なんてない。私の心はもう時頼中心で回ってるし、時頼無しでは生きている意味はない。
それから、数日私は部屋から出る事はなかった。
起きるのも食べるのも、呼吸をしているのでさえ面倒だった。何もやる気力がでなかった。
心配をして女房が様子を見に来た。私の姿を見て屋敷中に女房達の悲鳴が鳴り響いた。
「菫様が――!!」
死にたいと考えたけれど、目を瞑ると悲しむ父や皆の顔が繰り返し浮かんでは消え、それは出来なかった。
心を殺し入内するくらいなら、私は俗世を捨てるそう思った。
美しく伸ばした髪を惜しげもなく、切り落とした。
「菫様が、、、御髪を、、、あぁ御労しいや」
女房達の悲鳴はすすり泣きに変わり、私が物の怪に取り付かれたと嘆いた。私の行動は瞬く間に都中に広まった。
父は必死に隠そうとしていたが、当の本人の私に隠す気がなかった。「東宮様への謀反」だの「物の怪が取り憑いた奇怪な姫」色々あること無いこと言われた。
端から見れば東宮様を裏切る行動をしたのに、噂を聞きつけて東宮様は私の所に来た。
私の話を聞くと、東宮様は手を差し伸べた。
幼い頃から決められ道を同じく歩まされていた私達には、恋心な感情の変わりに、同じ痛みがわかる同士の様な感情が間にあった。
「私から、時頼に言ってやろうか?」
意地をはっていた訳ではないが、私はその申し出を断った。命令で手に入れても虚しくなる。時頼なら東宮の命ならば、逆らわないだろう。でも、それでは貴方の心までは手に入れる事は出来ない。
「それじゃ、、、私は幸せになれないわ。」
私は強欲だから。そんなんじゃ、満足出来ない。偽りで愛なんて語らないで。繕った幸せなんていらない。
どんなに思っても報われないのだろうか?ただ、純粋に幸せになりたい―――。だけなのに
そして、運命の朝が来た。
今日、家を出て仏寺に向かえばもう俗世間に戻る事はない。父は諦めたのか、時折悲しい目で見るだけで何も言わなかった。
「やっと解放されるかな?」
俗世間から離れれば、狂おしい心も穏やかになると信じて。住み馴れた家に庭にも別れを告げた。柱一本一本に手を当てる。屋敷も私に別れを惜しんでくれていた。
「、、、菫」
呼ばれた気がした。
でもこの声は時頼?来るはずもない時頼がそこにいた。
なんでいるの!!私の心をこれ以上狂わせないでよ。
「父に言われて来たの?それとも東宮様!!?」
「行くな。出家何てする事ないだろう。」
「貴方には関係のないことよ。」
やめてやめてやめてやめてやめて決心が鈍る――。
時頼は肩まで切り落とした私の髪をさらりと撫でた。
「俺はお前に幸せになって欲しいんだよ」
「私の事好きじゃないならもうかまわないで!!勘違いするじゃない!!」
頬には、大粒の涙が流れていた。泣いてすがれば、少しでも揺らいでくれる?時頼はそんな人じゃないのはわかってる。
だから私にもプライドがあったから、必死に涙を止めようとした。
「菫」
「と……き……より?」
時頼は菫の手を掴むとぐいっと抱き寄せた。小さな体がスッポリと腕の中に収まる。
時頼の温もりが直接伝わって来て、頭が真っ白になった。
「嫌いな訳ないだろう。俺と一緒になるより東宮様の元に嫁ぐ方が幸せになれるのに。菫、お前はどおして思い通りになってくれないんだ。」
耳元に響く時頼の声が私の胸を熱くさせる。
裳着を済ませてからは姫君としか呼んでくれなかったのに、何度も幼い頃の様に菫と呼ばれているのに気付いた。
「私は貴方といれるのが幸せなの。」
私はギュッと抱きしめ返した。
「封印してたのに、いとも簡単に俺の中に踏み込んで来る。俺なんかでいいのか?」
「時頼がいいの。」
「馬鹿だよ、お前は。」
時頼は複雑な顔を浮かべながら微笑んだ。久しぶりに時頼の笑顔が見れた。幼い頃と変わらない時頼の笑顔。
もう、あの頃には戻れないけれど、これから新しい関係を築いて行けばいい。
「馬鹿でもいいわ。幸せだから。」
「俺も幸せな気がする。」
顔を見合わすと、フフッと笑みがこぼれた。
強く抱きしめ合いながら、私達は口付けを交わした。
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