弐-拾伍
涼君は人気者だった。それは明白だ。高校では男女問わず人望があったし。
私もよく、涼君の取り巻きに絡まれてたけれど。
面と向かって『好き』って思いを伝えて来る子はいなかったし、涼君自体彼女を作らなかったから気にもした事なかったけれど。
涼君が好かれるのは嬉しい。けれど、なんだろうか。ぽっかりとなんとも言えぬ気持ち。考えては戻り、戻っては考え思考回路がストップしてそれ以上進まない。
「幼なじみだからなんだ?」
皐の言葉が頭の中でリピートする。
兄みたいな存在であって、大事な幼なじみ。幼なじみってなんだろう。小さな頃から隣にいたから、それが当たり前だと思っていた。
幼なじみって不安定な存在で、友達よりも深い存在。妹みたいといえど、妹でもない。家族ではないし、勿論恋人でもない。
涼に一番大切な人が出来たら、隣にはもういれないのだろうか。
「泣かないでください。」
千鶴は懐から木綿布を出すと、澪菜の頬にあてた。
「千鶴ちゃん泣いてないから大丈夫だよ。ちょっとびっくりしただけ」
そう言うが、澪菜の顔色は誰から見てもいつもと違っていた。
――――
屋敷に帰っても、澪菜の様子は変わらなかった。
「澪菜様、部屋に籠もったっきり出てこない。」
千鶴はため息をつきながら、部屋を覗いた。
澪菜は茄子と一緒にぼーっとしているだけだった。
「アイツどおしたんだ?」
「いえ、それがってその声!!?」
千鶴は驚き後ろを振り返ると、涼がいた。
「え?涼様??」
千鶴は戸惑いを見せた。何故かと言うと、涼の格好が女官の羽織り鬢をつけていたからだ。
女官装束だから、体のラインがはっきりしない為ガッチリ感が目立たないので、どこからどうみても女性にみえる。
「どうしたんですか!?その格好。」
「あんまりジロジロ見るな!!この方が忍び込み易いだろ?」
「はぁ。でも声でばれますね。」
さすがに、男性の低めの声まで隠しきれてない。
「仕方ないだろう!春晃が毎回毎回、遣いを出すと怪しいって言うんだよ。ここに来たかったら、女装して行けって。くそっやめればよかった。」
「そんな大きな声を出したら、誰か来ますよ!」
「あ、、あぁ。」
後悔先にたたず。
「さっきからあいつ、ぼぅっとしてなにかあったのか?」
「あ、いえ。」
千鶴は皐との事を思い出して、口を濁した。
「??まぁいいや、本人に聞くし!」
そう言うと、涼は御簾をカラリとあげた。
「涼様!!」
千鶴の制止も意味なく、涼は勢いよく部屋へと入った。
「澪菜!!入るぞ!!」
「涼君…………………て、涼君?どおしたのその格好?」
「それ以上言うな。わかってる。口車に乗せられただけだ。」
恥ずかしがる涼をよそに、澪菜は羨ましそうな目をした。
「すごい美人さんだね。」
「なんかけなされてる気が……。」
「えー!!そんな事ないよ。本当に美人だよ!ねぇ千鶴ちゃん。」
「えっそうですね。妬ましいくらいに。」
冗談めかして言葉を閉めたが、千鶴の目は本気だ。
「まぁいいや、こんな格好までしてきたんだ。皐の話しなんだが」
涼は気を取り直して話しを始めたが、澪菜は過剰やまでに『皐』と言う言葉に反応してしまった。なんとなく、涼と目を合わせずらい。涼もすぐにその異変には気付いた。
「どうした??何かあったか?」
「え??何もないよ」
「じゃあ、なんで目を逸らす!?」
「それは…さつ……」
勢いよく振り返り、涼と目が合った。『皐』の事が喉まで出かかったけれど、ぐっとこらえた。
私が言っていいことじゃない―――。
「皐とあの後も何かあったのか?」
無理矢理澪菜を掴み、顔を見た。顔を赤らめて俯くだけだった。
「いい加減にしろ!」
「涼君には関係ないよ」
涼の中で何かが切れる音がした。
「関係ない訳ないだろう!!俺はお前の事なら、なんでも知りたいと思ってる。」
「え?」
イキナリの事で何を言われているのか、わからなかった。
「澪菜、お前の事妹みたい何て思った事なんてない。ずっとずっと好きだった。今も変わらず好きだよ。」
「ななな何言ってるの!!?それに皐ちゃんが、、あ!」
やっぱりと、一息をつき、涼は澪菜を愛おしそうに見詰めた。
「他の人はいい。俺はお前の気持ちが知りたい。お前の為なら、こんな馬鹿な格好だって出来る。俺はお前が好きだ!!」
そんな―――そんな事――――
「急に言われても困るよ。」
恐る恐る涼の顔を見ると、酷く傷付いた顔をしていた。
涼の事を掴み止めたかったが、掴んで私は何て言葉をかけるつもりなの?出すに出せず、ぎゅっと握った手が痛い。
すると、パタパタと廊下を駆ける音が聞こえて来た。
「女御様すみません。こちらから、男の声が」
女房の一人が部屋まで駆けて来る。カラリと御簾をあげ、中を覗いた。
「客人がいらしてたのですか。大変失礼をいたしました。」
「………」
声を出すと、男だとばれるので、じっと黙った。
「こちらでは特にそのような感じはしませんよ?庭に賊でも入ったのかしら?警備を出して貰えますか?」
「そうですね。すぐに、警護強化させて参ります!!」
ぺこりと頭を下げると、すぐさま駆けていった。
千鶴の機転でなんとか誤魔化せたが、長いするといつボロを出すか危険だ。
「悪い帰る。」
「あ」
「こんな所でこんな格好で、勢いで言うつもりじゃなかったんだけどな。」
ポツリと呟き、涼は屋敷を後にした。
程なくして、朧が屋敷に戻って来た。いつもより早い帰り。おそらく『屋敷に賊が入ったかもしれない』と情報が朧の耳に入ったからであろう。
澪菜の様子を伺いに来た朧に、事情を説明するとほっと肩を撫で下ろした。
「ごめんなさい。」
「いや、大丈夫だよ。久しぶりに早く戻れた。姫の顔もゆっくり見れたしね。」
ほんわか微笑む朧につられて微笑んだが、皐や涼の事を思うと、浮かない顔に戻った。
「どうしたんだい?何かあった?」
些細な表情の変化だったが朧が見逃す訳もなく、すぐに気付かれてしまった。すぐ顔に出る自分がなさけない。
「うん。ちょっとね」
話しづらい事だけれど、千鶴の目の前で派手に繰り広げられた事だ。遅かれ早かれ、朧の耳には入るだろう。
なら自分から話そうと思い、話し始めた。
「実は……」
皐の気持ち、涼に告白された事。自分がよくわからない事。朧は黙って聞いていた。ただ、時折見せる表情が気付いていたのかなと思わせる。
『涼は皐にとっての大輪の花。』
この間相談した時、そう言っていた。今思えば、このことを指していたのだろうかと思う。
「姫が涼の事を好いているなら、私は何も言うことないよ。心に聞いてみなさい。」
淡々と話す朧に、澪菜は増々浮かない顔になる。
「何で何でそんな事言うの!!」
いつも澪菜の好きな様にと尊重してくれる朧なら、予想出来た言葉だろう。だけど、朧の口から、そんな事聞きたくなかった。何故そう感じたのか、自分でもわけがわからない。
ただ八つ当たりしているだけの気がする。でも、澪菜は高ぶった感情が抑えられなかった。
「わかった。一人にさせて!!」
感情の高ぶりのせいか、言ってはイケナイ事まで口走っていた。はっと我に帰ると、切なそうな表情を浮かべた朧が目に映った。
「あ……」
酷い事を言ったのに、朧は澪菜に微笑みかけ「また、後で来るよ。」と言い、部屋を後にした。
何してるんだろ私。涼君を傷付け、朧に当たり散らして。
あんな顔までさせちゃって。こんなワガママで
何だかわからない。自分が嫌い。
こんな自分消えてしまえばいいのに。
ポロリポロリと、大粒の涙が頬を伝っていた。




