弐‐拾参
呼びかけても、返答はなく声をかければかけるほどに、結界が強まっているのが分かる。どうする事も出来ず、その日は諦め帰った。
帰りの牛車の中は、静まり返っている。さすがの涼も黙ってしまった。
春晃の家で涼と別れて、澪菜は東宮御所へ真っ直ぐ戻った。部屋に戻ると、張り詰めていた気分が解けたのか、一気にどっと疲れが襲ってきた。
「にゃー」
「茄子ぅ!!」
いつも通りののんきな顔で茄子が迎えて来た。ちょっと癒される。
嫌われちゃった。何が駄目だったんだろう?
茄子をぎゅーっと抱きしめながら床に倒れ込み、ゴロゴロする。ひんやりとした床が気持ちいい。
「澪菜様、お疲れでしたら、お休みのお支度整えますので。」
「大丈夫!!」
体を起こし体勢を整えた。
「澪菜様、お気になさらなくてよろしいと思いますよ?」
「涼君の恩人さんだったのに―――。」
「私から見ましても、何がお気に召さなかったのか理解出来ませんでした。変わった御方と涼様もおっしゃって下りましたし。」
「うーん。」
でもやっぱり竜の事を抜きにしても、涼君の恩人さんの皐ちゃんに嫌われたのはショックだ。
「姫、入るよ。」
「お帰りなさい。今日は早いんだね。お疲れ様」
朧が御簾をめくり部屋に来た。日が昇ってる内に帰って来たのはいつぶりか。
「久しぶりに早く帰れたよ。」
ほんわか微笑む。でも、その微笑みが痛い。
昨日、勝手な思い上がりしたあげく、酷い態度をとったのに。気にしていないのか。それともあえて、いつも通りにしているのか。
「では、千鶴は失礼します。」
千鶴がぺこりと頭を下げると、部屋を後にした。
朧は座りふぅと息をつく。顔に疲れが出ていた。
朧最近忙しそうにしてたもんね。
お茶を入れに行こうと立ち上がると、手を引かれた。
「いいよ。座って。」
「うん。」
朧は澪菜を横に座らせ、静子に茶を頼む。静子はスッと茶と菓子を入れると、消える様にいなくなった。
「時頼には会ったかい?」
茶を一口すすりながら話す。澪菜は頷きながら返事をすり。
「時頼は信用出来る部下の一人だから、全て任せてくれて大丈夫だよ。」
「真面目そうな人だね。」
朧は確かにと頷き笑った。
「今日は出掛けたのかい?」
「あ、うん。行ってきた。」
夕べ見た竜の事。涼の事。そして、皐の事。全部話した。
隠す事でもないし、仮に隠したとしても周りから報告と言う形で朧の耳には入るだろう。ただ、竜を探してるって言葉にすると「こんな所に居たくない」って聞こえるんじゃないかと思う。だから、なんとなく朧には言いづらかった。
「皐ちゃんに嫌われたみたい。朧は何が悪かったと思う?」
「そうだね……。」
朧は少し考え込むと、目を細め澪菜を見た。
「私はその場にいた訳じゃないから、一概にはいえないけれど。話を聞く限り、恐らく。」
「恐らく!!?」
「皐殿にとって、大輪の花だったのでは?」
「え――?花?」
花!!?鼻!!?華!!?………皐ちゃんの話しをしているんだけど?してたよね?
「花が関係あるの?」
「遅かれ早かれ、いずれ分かるはず。」
身を乗り出して聞く澪菜に、ぽんっと頭を撫で、微笑んだ。
―――?何かを例えて言っているのだろうか。
「うーん……。」
「姫なら大丈夫だよ。」
上手く交わされた気もするけど、朧が言うならそうなのだろう。
「よくわからないけれど、皐ちゃんとは仲良くなりたいし、頑張る!!」
それを聞くと、朧は嬉しそうに頷いた。
「あっ疲れてるんだよねッッッ!ごめんね…長々と。床の準備してこようか?」
「いや。」
フワァと欠伸をすると、澪菜の膝にフワッと寝そべった。
ズシッと太ももに重みが乗る。
ひゃあ―――。膝枕ッッッ!!?
「朧さん!寝るならちゃんと寝た方がいいよです!!」
「いや、これがいい。」
「い――ひゃっ――――にゃ――ッッッ」
何とも思っていない。
やめてッッッ
勘違いする――。
しちゃだめだ。
「姫………。」
「なぁに?」
斜め上を向く。真っ赤になっている顔がばれないように。
目が合わせられず、天井を見詰めた。
「姫は月に帰るのかい?」
今まで、触れなかった核心。
「朧は私に帰って貰いたいんでしょう。」
自分で言って胸が痛い。何だろうこの痛み?
「………。」
私の妃になるというのなら、全身全霊かけて守り幸せにする自信はある。
ただ、内裏に入るということ、その裏側の闇をも見ることになるだろう。暗躍がはびこるこの場所は、心綺麗なそなたには辛い思いも同じ数だけ見えてしまう。
『帰りたい』姫が望むなら、それが一番なんだろう。
「母君みたいにはさせたくない。」
「母君?」
一夫多妻の世の中。
政略で婚姻を結んだ。御家の身分もそんなに高くなかったのに、跡継ぎを身ごもってしまった。そのため、周りからの嫉妬と嫌がらせが続いた。涙していた姿しか記憶にない。
母君だけでない――。義姉達も――。
周りの女性みな、権力の為の『道具』として使われてきた。見て来た者は全てそうだった。悲しみと憎悪に終わりなどなく、永遠と繋ぐ輪のようだった。
「周りがなんと言おうと、私は正妃しか持つ気はない。」
少し黙り込むと、続けて朧は話した。
「だからこそ、奥方になる者には愛して貰いたいし、愛して貰える様に努める。強制で力で手に入れる事は簡単だが、それではお互い幸せにはなれぬだろう。」
寂しげに話す、その姿はきっと今までに幾人ものそんな涙を見てきたのだと感じさせる。
「だからこそ、姫、自分の人生なんだから、選びなさい。」
「朧。」
朧は疲れていた為が、気付くと寝息をたてている。そっと髪に触れると、柔らかくサラサラした髪だった。
優しい人―――。いつも気付くと優しさに触れていた。
国を背負って人の上にたってそれはどんなにも、大変な事だろうに。
それでも、後ろからそっと背中を押して、微笑んでくれる。いつも私の事を第一に考えてくれていた。




