陸
しかし、澪菜の上機嫌も長くは続かなかった。最大の難関に直面したのだ。涼の「着替えてからいくぞ」の一言のせいだった。
「こんな時間に帰ったら、絶対母さんに怪しまれるよ………」
学校を飛び出して来た現実に引き戻された。
「大丈夫って。先生には上手く言っといたから。連絡は絶対入ってない!制服のままのが、補導されるから。」
俺にまかせろと涼が言うので、 付いて行くしかなかった。
玄関を開けると、やはり母親に見付かってしまった。
「あら、澪菜。今日は早いのね」
「ただ……い…ま」小声で答える。
予想通りな事を言われたけど、しどろもどろになってしまう。
「おばサン!こんにちは」怪しまれる前に、涼が後ろから出て来た。最上級の笑顔で挨拶している。涼の猫かぶり技術には感心する。
「涼君も来てたの?いらっしゃい」
「お邪魔します!澪菜。早く着替え来いよ。」
涼が着替え来れるよう促してくれた。パタパタと2階の自分部屋に行くと、涼は母親と話をしていた。
「今日は、午後は新入生部活勧誘会だったんで僕達帰宅部は、午前中までだったんですよ。」
「あらー。そうだったの」
「はい!だから、映画でも見に行こうって。」
「ふふ。若いっていいわね」
どうやら涼は母親を上手く丸め込んだみたいだ。2階から微かに聞こえる会話でわかった。
涼の着替えも終わり、映画館に向かっていた。映画館は車で15分くらいの所にあったから、バスで移動した。
一番後ろの席に涼とならんで座った。バスの後部座席は一段高くなってるから好き。だって高いとそれだけ目線がいつもと違うから、違う風景が見れて得した気分になる。
しかも、バスで移動は久しぶりだったから、テンションあがる。
「そうそう!!涼君すごいね……あんなデマカセぺらぺらと」
「こら!人聞き悪い。処世術といいなさい」
「処世術……ね。なんか先生も丸め込んできたのが、想像出来るわ。」
「澪菜は無理だろ、真っ直ぐだからな。」
「うー」
会話をしてるとすぐ目的地まで着いた。学校を抜け出して来たから、予定より一本早い時間のを見る事が出来た。
映画を見て、時間があったので、ファーストフードで食事して、後はウィンドーショッピング。
気が付くともう外は日は沈み、真っ暗闇。満月の夜で、月が綺麗だったので、帰りは歩いて帰っていた。
「………なぁ……流石にこの距離疲れない?」
半分くらいに到達して、車で15分の距離……無謀な挑戦だったか!!?と悔やみつつ、歩き続けた。
「だから嫌だって言っただろ。」
「………頑張ろ!あは」
苦笑いながら答える。そんな澪菜を見て、涼も文句を言いつつ歩いていた。
満月がさほど珍しい訳じゃないのに、今日の月は神秘的で、引き寄せられる魅力があった。
「ねぇ…涼君見て」
「ん?」
澪菜の指の指す先を見てみると、川に映る素晴らしい満月だった。橋に頬づえをつきながら、眺めている。
「なんか……川に月があるみたいだね。綺麗」
ユラユラと映る満月はまるで、二ツ目の月だった。
「今日はありがと……最悪の日が最高の日になった…」
「うん…」
ポツリと言う澪菜にポツリと答える。
―――――漆黒の―――
――夜に―――満ちあふる―――
「ん?」
「涼君何か言った?」
「いや……?」
―――漆黒―――の――――よに満ちあふる――――――月の――――こう―――
「まただ」周りを見渡しても、誰もいない。
―――――姫―――――舞い降りし――――――――――――
「澪菜?」
澪菜の様子がおかしいのに涼も気付いた。
「大丈夫か?」
――――漆黒の―――――――月のこう
響く。どこからともなく聞こえる声。
「やだ…」耳を塞いでも、自分の内側から響く様に、余計強まる。
――――
漆黒の
夜に満ちあふる
月の光
姫舞い降りし
永久の栄光
―――――――
――パキン―――よろよろと橋際まで歩くと、まだ川に月が美しく輝いていた。
「月……」―――夜に満ちあふる―月の光―
「月が……呼んでる………?」
橋から見を乗り出して、月を覗く。涼が止めるのも聞かず、眺めつづけていた。
―姫舞い降りて永久の栄光―
その瞬間、頭の中が真っ白になり、力が入らなくなった。
体が吸い込まれる様に川に目掛けて倒れ込んでいく。
「危ないっ!!」涼が澪菜の腕を掴んだが、間に合わない。掴みきれずすり抜けた。
バシャンッッッ
凄まじい音と水しぶきと供に、澪菜は川に落ちていった。
春先といえど、まだまだ低い水温。体中に針が突き刺さる様な冷たさ。
「……痛い」
水面から顔を出そうとしても思った様に動けない。
この間々……死ぬのかな………
諦めかけたその時、周りがキラキラ輝きだした。
「月………?」
水面に映る月の光の中に落ちたのだろう。
光がドンドン強くなってる気がする。
「まぶ……し……」
そして、澪菜の意識はなくなった。