肆拾漆
はぁはぁと息が乱れるが、置いて行かれない様に必死についていった。
「早くしろ。見付かったややこしくなる。」
「はい。」
着物が鉛の様に重く感じる。もう駄目だと思い、打ち掛けを脱ぎ捨てた。「後でとりにくるから」と打ち掛けに謝りながら廊下の端に置き再び春晃の後を追った。
部屋につくと、帝が上座に座っていた。
「春晃か」
「はい。」
「鬼姫も一緒か。余に従う気になったか?」
「違います。でもこのままじゃいけないと思ってきました。」
「小娘に何が出来る!」
一喝する帝に澪菜は少したじたじになる。だめ負けちゃ。
「何も出来ないかも知れないです。けれど――――何か出来るかも知れないです。可能性が在る限り、私は諦めたくない!」
帝に言うというよりは、自分に言い聞かせるように叫んだ。そう。諦めたら何もかもが終わりなんだ。
私も一生幽閉されるかもしれない。朧だって父親と仲違いしてしまう。
「くくく。戯れ言を。」帝は可笑しく笑う。
「どんなに頑張っても所詮叶わぬ妄想だ。」
「いいかげんになさい!」
小夜の声が部屋の中に響き渡った。
遅らばせながら、朧と小夜が着いた。
「小夜さん!」
二人の姿を見て、澪菜は強張った表情が少し緩んだ。
「東宮、なんだその女は!!!!」
「貴方の御望みの不老不死の女で……」
「「「なに誠か!!?」
朧は答え終わる前に帝は口を開く。帝の目の色が変わった。興味は澪菜から、小夜に移った。澪菜への先程までの執着が全くなくなり、立ち上がると目もくれず上座から降り小夜に近寄る。
「不老不死……これがか……」
ただの女にしか見えないと不信そうな顔をしながら、帝のしがれた手が小夜の頬に触れた。普通の人間と同じ感触にため息をついた。
次の瞬間帝は短刀に手を伸ばし、すっと抜き取った。
「小夜さん!!!!」
澪菜が悲鳴にも似た声で叫んだが、小夜は微動だもしない。小夜の頬には、刃が当たっている。
「怖くないのか?」
帝はニヤリと笑いながら問う。
「いいえ。私は死にませんから。」
表情を全く変える様子もない小夜に、帝は嬉しそうに笑った。何の躊躇もなく帝は刀を引くと、小夜の左頬はみるみるうちに赤く染まって行った。
「主上、私をお試しになっておいでですか?」
小夜の頬は、鮮明な赤い血が流れていたものの、すぐに止まった。
「御満足ですか?」
帝はぐいっと小夜の顔を両手で掴み覗き見る。乱暴に。
左頬には何事もなかったように、傷跡は消え去っていた。
「すばらしい………すばらしいぞ!!」
まるで子供の様に喜ぶ姿は、新しいおもちゃを手に入れた姿の様に思えた。
「そちも余の後宮に入れてやってもよいぞ。」
帝の言葉に小夜は「嘆かわしい」と深くため息をついた。
「お前は余に従うのか?」
小夜の顎をくいっと掴み顔を近寄せ、威圧的な目で睨み付ける。
「いえ。わたくしも、姫君と一緒です。貴方に御諦め頂くために参りました。」
小夜は目をそらさず、はっきりと言い放った。
バシッ
鈍い音がなり響く。小夜が頬を抑え、崩れ落ちた。
「小夜さん!!」
近寄ろうとする澪菜を制止し、ヨロヨロと立ち上がり小夜は話を続けた。
「不死になっても、悲しみしか訪れません。一人取り残され貴方にはそんな思いはさせたくありません。天寿を全うし、人として生きて欲しいのです。」
「黙れ!!」
唇を噛み、顔を歪ませる。
「いいえ。黙りません。」
小夜は帝に臆する事なく続けた。
「何度でもいいます。不老不死なんて諦めなさい。あんな者悲しみしか産み落とさないわ!!」
小夜の迫力に、朧も澪菜も傍観者になっていた。
「偉そうに!!余に説教をするつもりか!余を誰だと思っている。」
「今上帝様です。そのような事は承知の上です。手打ちにしたければ結構です。が、例え主上がお相手でも譲れない物はあります。」
小夜にとって『不老不死』は地獄であった。
それを自ら望む気持ちが理解出来ない事は当然だろう。
それに踏み込もうとしている人を引き止めようとする気持ちもわかる。
ただ、ここまで全てを投げ捨ててまで、帝に苦言を言う行動は、それ以外にも激しくいい争う理由がある気がする。
帝は小夜の言葉を振り払う様に、刀を抜き、小夜を切り付けた。小夜の肩からは血が流れ落ちていた。
「お前は不死なんだろう?それくらいではしなないんだろう!」
「えぇ。」
小夜は肩を抑えながら、弱々しく答える。
再生がすぐには追いつかないくらいの深手を負っている。ポタポタと流れる血で着物は真っ赤に染まった。
それでも止まらない血が、床へと染み込まれて行った。
「私は死にません。貴方の御心が満たされるなら、何度でもお斬り下さい。」
いくら不老不死といえど、立っているのが不思議なくらいの傷口。声は弱々しくなっているが、小夜の眼差しは何も変わらなかった。
「もぅ止めて下さい!!」
澪菜は我慢しきれず、小夜の前に飛び出した。
「姫、危のうございます。お下がりください。」
「いやだ。だって小夜さんは死なないかも知れないけど痛みは感じてるんでしょ!」
小夜にギュッと抱き着く。ボロボロ涙を流していた。
「お優しい姫。ありがとうございます。しかし、わたくしにもやらねばならぬ時があるのです。」
ふんわりと澪菜の髪を撫でると、小夜は帝の方に目線を戻した。
「お前は何故そこまで刃向かう。そんなに余に死ねと申すのか。」
「死んで欲しいんじゃありません。私は生きて欲しいのです。」
気丈に振る舞っていた、小夜が大粒の涙を流した。
「そぅあの方の分まで生きて欲しいのです。」
「宮様、あの頃わたくしは貴方の事をそう御呼びしておりましたね。」
小夜は目を閉じ、思いを馳せる。愛しく懐かしむその言葉は、帝に動揺を与えた。




