肆拾肆
「澪菜達は馬を走らせ、一度別荘まで戻り、そこから牛車で東宮御所まで戻った。行きはすごく長く感じたのに、帰りは物凄く早く感じるのは何故だろうか。
小夜とは別荘で別れ、一度涼と一緒に春晃の家に行って貰った。御所に殿上する前に合流し、向かう予定だ。慌ただしく帰り路を進み、気が付くと東宮御所まで帰って来ていた。
「姫様!お帰りなさいませ。旅路はいかがでしたか?」
笑顔で帰りを出迎えてくれた静子を見てると、なんかいたたまれなくなる。旅の本当の理由を何も知らない静子をごまかすのが一苦労だった。
「姫様。紫陽花はいかがでしたか?」
「紫陽花……?」
「姫様………別荘に紫陽花を見に行かれたんですよね?」
静子の疑いの眼差しを受ける。
そうだった!!!!一応上辺では、そういう設定だった。
千鶴の手助けもありなんとか切り抜けたが、先が思いやられる。こんなんで上手くいくのだろうか。
帝の御前に上がるのは、それから五日後の吉日の日に決まった。五日もある!!と最初は思っていたけど、そういう時間は過ぎるのが速い。
瞬く間に当日になっていた。
屋敷の中は賑やかになっている。艶やかな薄紫と桃の打掛。帝の前に参内するから、いつもより豪華な着物を気付けられてた。
「今日は髢はお付けしない方がよろしいですかね?」
千鶴が髪をサラサラ熔かしながら考える。
帝は澪菜の事は『鬼』だと思っているから金色の髪の間々の方がよいだろう。
帝の御前にあがれるなんて、誉れ高き事。おめでたムード満載の女房達の中で、千鶴だけが心配そうな顔をしていた。
「御武運お祈りします。」
「ありがと。千鶴ちゃん」
「澪菜様の帰りを、茄子ちゃんと一緒に待ってます。」
帝に捕まってしまったら、帰って来れないかもしれない。
いや、絶対帰って来る。女房達に見送られ、東宮御所を後にした。
――――――――
小夜と合流し、御所に着くと、出仕している役人達が数多くいた。
澪菜の姿を見て、人々は振り返る。
「あれが東宮様の所に来た鬼か!」
「ヒェェェ!本当に噂通り髪の毛がキラキラしてる。」
「いくら、安倍殿の予言といえど、化け物じゃないか!!」
ヒソヒソと話しているのが、聞こえて来る。外見で色々言われるのは馴れているがやっぱりズキッと来る。
朧が役人をひと睨みすると、ピタッと止まり、人々は罰の悪そうに逃げて行った。
「さぁ、行こうか。」
朧は澪菜の手を取ると、清涼殿に向かって進んだ。
清涼殿に入ると、そこは空気が違っていた。威圧的。張り詰めている。全身がビリビリする。恐怖心なんだろうか?
――――初めてだ。こんな感覚。
「東宮貴宮親王か?」
御簾の向こう側から、声が聞こえる。初老の男性の声。病にふしているせいか空気とは逆に声には覇気がない。
「はい。主上、我が妃澪菜を連れて参りました。」
朧がこんなに遜るのを見ると、帝がどんなにすごい人なのかが、伺える。
「おぉ、噂の姫君か。御簾を上げよ。」
帝の言葉で、臣下が動き御簾が取り払われた。
澪菜と帝は目があった。
朧が年を重ねた風貌。父親似だと感じた。親子なのだと感じさせる。
帝は見た事もない異形の姿を目の当たりにし一瞬止まったが、みるみるうちに声に張りが戻ってきた。
「すばらしい。噂通りの金色の髪碧い瞳本当に鬼に出会えるとは」
「主上!恐れながら、姫は"鬼"ではなく"予言の姫"です。」
「そうかまぁ、どちらでもよい。」
朧の言葉は右から左に流れ落ちるだけで、帝は澪菜の金色の髪に見入っていた。悔しそうに拳を握るが、朧はそれ以上は何も言えなかった。見せられる、権力の差。
「鬼の娘よ。もぅ少し、こっちにくるのじゃ」
澪菜は帝に招かれたが、正直行くのが怖かった。
「姫、すまない。父君の近くまで行っては貰えないか?」
朧に促され、仕方なく帝の前に座る。
「失礼します。」
「おぉ!近くで見ると、より輝いていて美しい。」
帝の機嫌は上機嫌になった。しがれた声に憂いに満ちた。
興味津々に髪や腕、着物などペタペタ触る。
うぅ。これってやめてって言ったら……まずいよね。
チラッと朧の方を見ると、どこで止めるか様子を伺っていたので、我慢した。
「主上、そろそろ宜しいですか?わたしの姫お返し頂けますか」
「気に入った。東宮よ、この娘気に入ったぞ!」
「主上のお気に召して、我が姫も誉れ高き事でしょう。」
朧が目で合図を送って来たので、そろりと朧の元に戻ろうとした。
―――――その瞬間、澪菜は腕を捕まれ、帝の方に倒れ込んだ。
「きゃあぁ」
「主上、姫!大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄ろうとする朧に帝は静止をかける。
「大事ない!のぅ東宮、この娘余にくれぬか?」
その手は澪菜をぎゅっと掴んで離さなかった。




