両雄激突!! 現ハイドランジア最強決定戦!?
お読みいただく皆様ありがとうございます!!
コミックス「108回殺された悪役令嬢」1~2巻、発売中です!!
読まれた方は、ぜひ、そちらのキャラを思い浮かべて、こちらにお目通しください。
なんて冒涜を……と腹が立つことうけあいです(笑)
前回までのあらすじィ。
どつちが私を抱っこするにふさわしいか言い争いはじめたお母様とメアリー。
踊り狂うお父様の従者バーナード。
賭けをはじめるオランジュ商会の連中。
……早く本筋の話を進めようよ……。
そして泥沼と化したカオスのなか、マッツオが驚くべき提案をした。
……お母様とメアリーの代わりとして、お父様とマッツオが決着をつける!?
マッツオの言葉を聞いた途端、お父様は紅い瞳を剣呑に輝かせた。
「……ハイドランジア最強の騎士バレンタイン卿と雌雄を決するか。ふふ、久しぶりに胸が躍るな。その理由が、互いの愛する女性のためというのがまたいい。……だがな」
お父様のまたがった白馬が、たかぶって嘶く。
殺気がふくれあがり、森のこずえから怯えた小鳥たちが一斉に飛び立った。
「まずは僕と戦う資格があるか、試させてもらおう」
お父様は馬上マッツオからに棍を突きつけた。
殺気が迸る。
私は驚愕し、思わず目をこすった。
棍が巨大な柱になり、ぐんぐん迫ってくるように見えたのだ。
もともと差し渡し5メートルほどはある棍が、お父様の殺気がこめられたとたん、十倍の長さと太さに感じられた。それだけではない。
「こういう趣向はどうだ?」
巨大な棍の怒涛の突きが、花が開くようにマッツオに襲いかかった。
「……殺気による眩惑……。悪ふざけが過ぎますぞ」
だが、マッツオは動じず、あっさりと「本物の」棍の先端を掴み取った。
「さすがはバレンタイン卿。幻影にまぎれての連撃が本命だったが……見事に見切ったな」
嬉しそうにお父様が賞賛する。
べきべきと凄まじい轟音が耳を聾した。マッツオの背後の巨木が、幹なかばを無惨に粉砕され、倒れ込んできたのだ。お父様がやったんだ。私ではまったく目で追えなかった。
お父様はすっと棍を引いた。
「試した無礼を詫びよう。こちらからあらためて戦いを挑ませていただく!! 愛にかけて……互いの技量を尽くそうではないか」
マッツオを認め、お父様が戦いを受けた……!!
私は緊張でごくりと唾をのみこんだ。
「つくづくスカチビの親父さんは化け物だな。〈治外の民〉が得意の集団戦をしかけても蹴散らしそうだ。戦国の時代に生まれてたら、間違いなく武力で天下とってたぜ。今のオレじゃ……勝ち目は二分ってとこかな」
ブラッドが悔しそうに言う。
女王時代の私をさんざん苦しめた〈治外の民〉を単騎で蹂躙……。
むちゃくちゃすぎる。
血の贖いを習得したブラッドがそこまで言うのだ。
本気を出したお父様は、もはや人の戦っていい存在ではない。
「……だけど、あの騎士のおっさんも、親父さんに負けず劣らずの化け物だ。どっちが勝つかは……正直、オレにもわからない」
ブラッドは、心優しき大巨人マッツオを見た。
マッツオは、好戦的にきらめくお父様の瞳に苦笑し、あごを太い指先でかいていた。
「戦いを受けていただき光栄のいたり……ですが、困りましたな。愛のためにというのは……。紅の公爵殿ご夫妻にはまことふさわしい言葉だが、某のような強面に言われては、メアリー殿も迷惑だし、怖がりましょう……」
逃げゆく鳥たちの羽音が空を黒く染めるなか、マッツオは巨大な肩を一揺らしすると、剛腕をぐるんっと回した。風がごおっと唸る。
大きさゆえに遅く見えるが、じつはマッツオの動きはおそろしく速い。大瀑布は遠くから一望すると、ゆったりと落ちる霧にしか見えない。だが、間近だとそのパワーとスピードにただ圧倒される。マッツオも同じだ。戦うために動き出すと、大の男でも腰を抜かしそうになるのだ。だが、まったく怯まず、マッツオを真正面から見つめるひとりの少女がいた。
「……私は、マッツオ様を怖がったりしません!! 強面なんて思いません!! 私、マッツオさまのお顔、好きです……!!」
メアリーだ。両の拳を握りしめ、身を震わせてマッツオに訴える。
ほとんど愛の告白だ。
「あ、いえ、好きと言ってもお顔のことで!! 他意はないというか、でも、もちろん他に好きなとこもいっぱいあるわけですが、だけど、それは、あの、深い意味は……!!」
自分で自分の言葉にあたふたとしている。
打ち消すように、あわてて両手をふったので、先ほどまで私に授乳中だった胸がはだけ、谷間があからさまになる。マッツオが困ったように視線をそらし、ようやくメアリーは露出に気がついた。
「ご、ごめんなさい。お見苦しいものを……」
さっと前襟をあわせ、まっかになり俯いた。
私への授乳シーンは衆目にさらしても平気なのに、マッツオには羞恥するらしい。
「いや、たいへん結構なお宝を見せてもらった。少し刺激的すぎるがな」
マッツオがしゅんとしたメアリーを気遣い、呵々大笑する。
……うん、こっちもなんか盛り上がってる。いろいろとね……。
とても初々しいです。
経産婦で乳母とはいえ、彼女はまだ16歳の美少女なのだ。
そしてじつはかなりの情熱家だ。恋愛突撃隊長の名は伊達ではない。
私達とともにメアリーを慈しむまなざしのお母様だったが、
「……ふむ、恥じらう乙女の胸は宝石に等しい。だが、僕の愛しの妻も負けてはいない。そうだろう? コーネリア」
と感心したお父様に期待をこめたまなざしを向けられ、「えっ」と困った表情をしながらも、お父様の顔を立て、
「……や、み、みんなの視線が恥ずかしい……」
とメアリーにならって、両手で胸元を隠し、身をくねらせた。
空気が凍ったよ……!!
これ、なんの公開処刑? ……お母様、そこは不毛のまったいら大地です。見られて困る宝など何もありません。むしろむきだしのおみ足をこそ隠すべきです。
「……満点……だ」
お父様、身内びいきにもほどがあります。
本気でやってるのがおそろしい。
満足そうな顔して掲げたその10点満点の評価の札、いったいどこから取り出したんですか。
「どっちが勝つかは……正直、オレにもわからない」
ブラッドもきりっとした顔で乗るな!!
勝敗は歴然としてるでしょうが!!
台詞のコピー芸ばっかりしないでよね
またよけいなシーンの寄り道を……。
マッツオは大目玉を見張り、それから声をあげて笑い、そして、すっとメアリーの前にひざまずいた。
ふたりの目線が同じ高さになる。
「……ありがとう、メアリー殿。だがな、某になど気を遣わずによいのだ。あなたの名を口実に、紅の公爵殿との決闘を喜んだ我が愚かさが恥ずかしくなる。……この闘い、某、おのれのためでなく、あなたの名誉のために本気で戦いたくなった。ついては、なにか身につけているものをお借りしたい」
古来より騎士達は決闘におもむくとき、愛する貴婦人令嬢のハンカチ等を、武器や腕にまきつけた。この人のために戦うとアピールするためだ。気を遣っていると言われ少し悲しそうな顔をしたメアリーは、マッツオの話が進むにつれ、目を潤ませ、ぽうっと頬を染めた。女の子なら一度はあこがれるシチュエーションだ。ましてマッツオはこの国一番とうたわれるほどの騎士で、メアリーは彼に好意を寄せている。のぼせて立ちつくすのも無理からぬことだった。
「……むろん嫌なら無理強いはせぬよ」
返事がないので、勘違いしたマッツオが申し訳なさそうに立ち上がろうとしたとき、メアリーがはじけた。
「待ってください!!」
マッツオの片腕を両手でぎゅっと抱きしめて、引き留める。
「メ、メアリー殿!?」
歴戦の勇士マッツオがあわてる。メアリーは全体重でぶらさがらないと、非力な自分ではマッツオの巨体は止められない思ったのだろう。本人としては必死なだけなのだが、これは……!!
……超密着の……おっぱいで腕を挟みこむ攻撃……!!
しかもマッツオの巨腕で隠れているけど、メ、メアリー、また前はだけてるって!!
本人夢中で気づいてないよ!!
「……まさかあのバレンタイン卿をたじろがせるとは……まさに天然系メアリーさんだけに成しうる奇襲……!! しかも公爵夫人にないもので攻めてくるとは。商売人としても見習いたい見事な一手です……うっ!?」
さっきメアリーの胸のはざまで窒息しかけたセラフィが熱く語る。
え、これ、そういう勝負だったの……?
そして、セラフィは大真面目なバカ解説の途中で、どこからともなく人混みを蛇行して飛んできた矢に額を射られ、一声うめくとばたんっと倒れ伏した。鏃がはずされたものでなければ死んでいたろう。解説やったりボケやったり、あんたも色々厄介な役回りね。その大変さ、よくわかるよ。ところで、お母様、今、背中にさっとなにか隠しませんでしたか……?
「私……マッツオ様をぜったいに嫌いになんかなりません!! 私なんかのものでよければ、いくらでも!! 好きなだけ持って行ってください!!」
もう自分ごともらってください、ぐらいの勢いでメアリーがマッツオに叫ぶ。
若さゆえの直情。恋ゆえのパッション。少女のけなげさと素肌巨乳のダブル攻撃だ。
合言葉は当ててんのよ。これは……効く。ま、メアリーはわざとじゃないけど。
ひゅー、ひゅーっ、口笛を吹こうとした私はうまく出来ず悲しくなった。
話もままならぬ赤ん坊の口ではそこまで器用に動かせないのだ。
「よし、まかせろ。オレがスカチビのかわりに」
……ブラッド、気持ちはありがたいけど、だったら笑点のテーマを口で鳴らさないで。
しかもフル楽器バージョンで。あんたのアカペラ技術どうなってんの?
それにしてもヨシュア公認だし、もうマッツオとメアリーはいっそつきあっちゃえばいいのだ。
もしお父様がお母様にこんなことされたら、辛抱たまらず即どこかに連れこんでるよ。
だけど紳士なマッツオは、さりげなく巨体を盾にし、皆の目に触れないようメアリーの胸元を直した。
「あなたのような可愛い方にそこまで言われるのは男冥利につきるな」
そう笑顔で言われてメアリーはさらにまっかになる。
胸を圧しつけ……いや押しつけてしまったことよりも、可愛いという言葉にやられたのだ。
潤んだまなざしで、マッツオの男らしい横顔に見惚れている。
メアリー……これ、本気だ……。
でも、性格上、絶対に自分から気持ちは打ち明けないだろう。
マッツオも恋愛は奥手だし。
だけど、絶対にふたりはお似合いと私の勘が、きゅぴーんっと告げるのだ。
うーん、これは一段落ついたら、私がおぜん立てしてあげるか。
きゅぴっとスカキューピット爆誕!!
大事なメアリーのためなら、一肌も二肌も脱いじゃうよ。
「……でも、スカチビ。一枚しか着てるものないじゃん」
落水して衣類を全部濡らしてしまい、今の私は、素肌にセラフィのジャケットをまとっただけだ。
うっさい、ブラッド。いちいち茶化すな。いつもはおむつもレースの肌着もつけてるの。そのうちフリルつきのおむつで、赤ちゃんファッション界に嵐をまきおこすのだ。と、脱線脱線。
身分差が障害になるなら、メアリーを由緒ある家の養女にでっちあげればいい。
あまたのカップルを祝福してきた女王経験者のこの私にどんとおまかせよ!!
……裏の手も山ほど知っているのだ。
「……マッツオ様、これを……!!」
魔犬ガルムとの死闘でキャップ帽はふっとび、エプロンも泥だらけのメアリーは、スカートをたくしあげ、びりっと引き裂いたペチコートの布地を、マッツオに差し出した。
「ご武運を……!!」
これは……伝説の……!!
ヒロインが傷ついた男子を応急処置する、定番のあのシーンでは……!!
「アオオオオオッ」
感極まり、とうとう私は声をあげた。
いいもの見た。物語だとここで殿方は恋におちるのよ!!
「まさか伝説を生で拝めようとは。ボク達は今、歴史の目撃者になった……!!」
いつのまにか復活していたセラフィが私に共感し拳を握る。
こいつけっこう頑丈なのよね……。そして商人なのに意外とロマンチストだ。
いっぽうお母様は悲壮な決意に唇をかみしめた。
「……さすがメアリー。やる……!! だけどメルヴィルの名にかけて、私も負けられない……!!」
私達はぎょっとなった。
ま、まさかメアリーに対抗してお母様まで同じことを!?
「いけません!! そのタブーを破っては……!!」
セラフィが警告の叫びをあげ走り出す。
お母様のまとうメルヴィルの戦装束は、ただでさえスーパーミニスカート仕様だ。
それを破っても、まくって下の布地を使っても、大惨事必至である。
足のつけ根の目撃者を消そうとするお父様の粛清の嵐が吹き荒れ、ここは血の海と化すだろう。
「ヴェンデル、これを……私と思って」
だが、私達の危惧に反し、お母様がお父様に手渡した身につけていたものは、獣を一頭丸ごと使ったようなあの毛皮のマントだった。
あはれ、肩透かしをくらったセラフィはずっこけ、ごろごろと転がった。
ひと昔前の漫画キャラか、あんたは……。
しかし、今さらだけど、これなんの動物なんだろう。熊でもないし、狼でもない。博識セラフィでさえ首をかしげるのだ。お母様に聞いても、「メルヴィルの戦装束をあなたが受け継ぐのなら教えてあげますよ。きっと後悔することになるけど。うふふ……」と乾いた笑いと遠いまなざしでつぶやくだけだしさ。うん、私にその予定はないので遠慮します。世の中には知らないほうがしあわせなこともあるのだ。
「!?」
それが証拠に、毛皮マントは勝手にお父様の腕から肩口にずるるっと這いあがった。
ざわわっと毛並みが揺れる。虫が羽根をこすりあわせるように、それはまるで音楽のような奏でとなった。
〝……キョニュウ、ユルサナイ。ヒンニュウハ、ステータス……〟
いま、変な声みたいなの聞こえなかった!?
不気味な響きなのになぜか耳を傾けたくなる……!!
悪魔のささやき!? それとも地獄の交響曲!?
ちょ、ちょっと!? 周囲の気温も急速に下がってない!?
「気をつけろ、スカチビ。オレにはわかる。勘だけど、あれは……たぶんヤバいものだ」
あほブラッド!! 誰がどう見ても一目瞭然でしょうが!!
私の真祖帝のルビーと同じオカルトアイテムだよ!! あれ!!
こら!! 真祖帝のルビー!! 対抗して瞳を開くな!! これ以上、事態をややこしくしないで!!
「……スカーレット姫様、お呼びですかのう」
「我ら、姫様の求めとあらば、何度でも冥府から駆けつけましょうぞ」
「我らが戦う相手はどこじゃ!!」
ほら、さっき感動的に別れた三老戦士まで召喚されたじゃない!!
再会は嬉しいけど、こっちの作品に顔出したら、株暴落必至よ。
帰って帰って。
私にうながされ、三老戦士は名残惜しそうに消えていった。
手を振って見送ったあと、私はさらなる事態の悪化を目撃し、ため息をついた。
「……大将、これを使ってくだせえ。こんなこともあろうかと用意してきたんでさあ。残念ながら、魔犬ガルム戦には間に合わなかったが……」
オランジュ商会の航海長が、数人がかりの荷車に積んできた鎖つきの鉄球をマッツオに引き渡していた。
「おおっ!! 愛用のこれさえあれば百人、いや、千人力だ」
マッツオが顔をほころばせる。
ブラッドの顔に緊張が走り抜ける。
「気をつけろ、スカチビ。オレにはわかる。勘だけど、あれは……たぶんヤバいものだ」
あんた、またコピペ芸を……。
知ってるよ、あの鉄球をもったマッツオは、まさに生きる攻城兵器と化す。
まさか肝心の魔犬ガルム戦に間に合わず、こんなどうでもいい決闘に使われることになるとは……。
「ふしゅおおおおおッ!! やはり!! このマントは!! たかぶるぞッ!!」
……そしてメルヴィルのあやしいマントをまとい、口から蒸気を吐くお父様……。
華麗な貴公子ではなく、蛮族の王と化しているんですけど……。セリフから考えると何度も装着経験があるらしい。このオカルト毛皮、子供時代は心優しかったお父様が大人になって危険人物になった理由のひとつなんじゃ……。
「荒々しいヴェンデルもすてき」
うっとり眺めるお母様。あばたもえくぼである。マントのガードがなくなったから、あまり体を前に傾けないほうがいいですよ。後ろ視点からだと、ミニスカートからお尻がのぞきかねないです。
それにしても、このお父様と、鉄球マッツオが戦うなんて……。
……たぶん、屋敷だけじゃなく、庭までふっとぶわ、これ。
私……もうしーらないっと。
それとオッズがどうのこうのと決闘の賭けに夢中になっているオランジュ商会と王家親衛隊のみんな、うちの庭を貸すんだから、あとで使用料たっぷりいただくからね!!
お読みいただきありがとうございました!!