バーナードって誰? あ、お父様の従者さんか。号泣してるけど……。
「108回殺された悪役令嬢」という作品の、補完とスピンオフをかねた話です。
コミック「108回殺された悪役令嬢」の発売記念という大義名分をえて、ひっそりこっそり作者の好き放題にやらせてもらってます。
みなさん、こんにちは!!
私の名前は、スカーレット・ルビー・ノエル・リンガード。
赤いリボンがめじるしがわりの、天使のような新生児です。天使すぎたのか、生まれてからずっと命の綱渡り。何度も天に召されかけたとさ……。神様のゆがんだ愛が重い……。
ただいま家は全焼。敷地は壊滅。
人生のしょぱなから焼け出されてます。
でも、だいじょうぶ!!
私はまだ生きている。
ならば何度だって立ちあがってみせよう!!
……まだ這い這いしかできないけどね……。
じつは私、ただの非力な赤ちゃんじゃない。
「108回」の人生ループ経験者なのです。
その人生での、私の職業は女王でした……。
私は、女王時代、国の立て直しに奔走した。
今度の人生では、我が家の復興に挑む。
やはり、ひきこもるには住処の確保が第一!!
国に比べれば、公爵領のひとつやふたつ。
大船にのったつもりでまかせてよ。
そういえば、我が家の屋敷や庭も大変なことになってるけど、バイゴッド侯爵夫妻が売ったり、重税かけてぼろぼろになった領地もなんとかしなきゃね。こんな耕す人もろくすっぽいない荒れ果てた農地だらけじゃ、税収もとどこおるってもんよ。
あ、でも、女王時代の私は、国の立て直しに失敗し、国民に反乱されたあげく、惨殺されてた……。ちょっぴり不安になってきたよ……。
「……公爵さまあ……!! ごれはいったい何がおきたのですかあ……!!」
「オアアアアアアッ!?」
「な、なんだあ!?」
いきなり泥まみれの怪物が、にゅうっと現れ、私は腰をぬかしかけた。ぶふううっと泥水を吐き出し、よたよたと迫ってくる。
「恨みますぞ~。私ばかりいつも、なんでこんな悲惨な目に……」
恨みの目をらんらんと光らせ、泥をなめくじのようにひきずり、幽霊みたいに両手を突き出し、よろよろ歩く鬼気せまる姿に、ブラッドもあわてふためいている。
「お、おい。公爵様ってスカチビの親父さんのことだろ!? 関係者なんだったら止めろよ!!」
そ、そんなこと言われても!!
私、こんな人、知らないよ!
わ、わかった!!
きっと田んぼを粗末にすると現れるっていう、
妖怪、泥田坊だよ!!
うちの領地は田んぼじゃなく畑メインなんですけど!? どうか田んぼにお帰りください!! それに耕作地だとしても、むちゃくちゃにしたのは、私達じゃありません!! くされバイゴッド祖父母どもです。こらしめるなら、あっちに化けて出てくださいな!!
取り乱す私達と対照的に、お父様は平然と片手をあげた。
「おお、バーナード。ご苦労さん。ずいぶん遅かったが、道にでも迷ったか。だが、安心しろ。コーネリアは無事だ。それと生まれたぼくの娘もな。なにも問題はない」
「この惨状のどこが問題ないですか!! 問題だらけではないですかあ!! 今度という今度は、従者をやめさせていただきますからね!!」
喚き散らしているのは、どうやら妖怪ではなく、お父様の従者さんらしい。
泥をふきとると、貧祖な顔立ちがあらわれた。
目が小さくしょぼしょぼしてる。
長身だが……なんというか、失礼だが、すごくモブっぽい顔をしている。街中にいたら、見つけ出すのにものすごい苦労しそうだ。
「ここにくる途中だって、鉄砲水に吞まれるし!! 公爵様といると命がいくつあっても足りやしません!!
でっかい獣のしっぽがはさまった流木につかまらなければ、押し流されて死んでましたよ!!」
えっ!? 鉄砲水って、さっき私達を溺死させかけたアレのこと!? あんなのに呑まれて助かったの!? じゃあ、獣のしっぽのはさまった流木は、魔犬ガルムの身体の一部をもぎ取ったやつだ!!
不死身のバーナードだ、と近くにいた王家親衛隊の面々がささやきあっている。
なに!? その物騒な通り名!!
見た目と違い、もしかして、むちゃくちゃに強い人!?
だったら大歓迎だよ!!
お父様は腕組みをし、むうと首をかしげた。
「それは困るな。考え直してくれ」
そうそう!! お父様も引き留めてください!!
優秀な人材は確保しとかなきゃ!!
「バーナードがいないと、戦場から、ぼくのコーネリアへのラブレターを届ける人間がいなくなるではないか」
「アオア?」
は!? お父様の言ってる意味がわからない。
「……命のやりとりをする戦場では、いつも思い出さずにはいられない。遠くで、ぼくの帰りを待っていてくれるコーネリアのことを。ぼくだっていつ死んで不思議はない。……ならば、帰れないぼくの代りに、せめて気持ちだけでも伝えたい。そう思うのは当然ではないか。バーナードは優秀なので、絶対の死地からでも、託したぼくの手紙を、確実に軍の郵送部に届けてくれるのだ」
熱く語る英雄、「紅の公爵」。
……うわあ、この人、優秀なバカだ。
「あなた、そんなにまで私のことを……」
お母様、そこはうっとりしちゃダメです。
なに手をとりあってんの。
このバカップル……。
絶対の死地に自分は残り、従者だけ逃がすなんて、はたからだと美談に思えるが、託されたのがお母様へのラブレターでは、嘆くわけだよ……。遺書とかならまだしも。
「公爵様が戦場のまっただなかで、奥方様へのラブレターをいきなり書き出し、私に託されたのは、何度だったか憶えておいでですか……」
「さあ、十回ぐらいだったろうか?」
「三十二回ですよ!! それも激戦中の激戦のまっただ中ばかり……!!」
バーナードの恨み節は続き、女王時代に私が閲覧した、歴史的な戦いをいくつかあげた。いずれもハイドランジア軍がすんでのところで壊滅しかけた危険な戦いだ。
「そんなにあったかな。それに激戦は三回ほどしか……」
「英雄『紅の公爵』さまにはそうでしょうとも!! でも、普通はああいう戦いすべてを、絶体絶命の死地と言うんです!!」
バーナードの声は悲鳴に近かった。
「主人のラブレター運搬中に死んだりしたら、武人のはしくれとして成仏できません!! だから、いつも必死に生還したら、兵士達には変なあだ名で呼ばれるし……!!」
ああ、だから、不死身のバーナード……。
「いつもいつもムチャぶりばかり!! 今回だってそうです!! ご自分は奥方様を助けに行くから、国王陛下への報告はおまえがやっておいてくれ!? 国家最重要の秘密任務の報告ですよ!? それをたかが従者の私が国王陛下に!? ひーひっひっ、もう笑うしかありませんね!! もう少しで不敬罪で首がとぶとこでしたよ!! 隣の家におつかいに行くのとは違うんです!!」
バーナードはまくしたてたあと、げらげらと笑い出し、そして泣き崩れた。
私はブラッドと顔を見合わせた。
これはひどい……。
ダメ男につくしたあげく、ついに愛想つかして号泣する愛人みたいだ。
お父様は困った顔をして、
「……いつも迷惑をかけるな。お詫びに、今度、私のおさがりの衣装をあげるから、よかったらもらってやってくれ……」
英雄「紅の公爵」のお仕着せだ。
普通なら大変な名誉である。
だが、つもりにつもったバーナードの怒りは、そんなことでは解けなかった。
「あのまっかっかなフロックコートをですか!! 公爵様しか着ませんよ!! あんないかれた戦闘装束! それに戦場で着てたら、『紅の公爵』と勘違いされ、敵に追い回されるんです!! 私にメッセンジャーボーイだけでなく、影武者もやれと仰せで!?」
うわ、火に油そそいじゃった。
そして、
「い、いかれた戦闘装束……」
ああっ!! お母様に思わぬ飛び火が!!
お母様が両膝をかかえて座り込みいじけだした!!
しっかりしてください!!
お母様のことではありません!!
そして、その破廉恥衣装でそのポーズは厳禁ですよ!! 見えちゃいけない、スカートの奥が見えちゃいます!! またあのクレイジー公爵が、「ぼくの愛するコーネリアの秘密を見た者は生かしておけない」とか叫んで暴れ出したらどうするんですか!!
もうっ!! どう収拾つけんのよ、これ!!
鳥生ちのり様作画、
コミック「108回殺された悪役令嬢」。
FLОSコミック様より5/1から発刊中!!