第六話 冒険者、インターンシップに参加する
グレイさんから渡された紙は、インターンシップ募集と書かれた求人用紙だった。
肝心の求人を出している場所は「ガイズ農場」というところであった。
農場か。 農場で働くとなると仕事内容は農家だろう……。
正直、社会に対して疎い俺でも農家はどういう仕事かイメージしやすかった。起きる時間は早朝で、自分の体をコキ使って作物を育て、出荷し、収入を得る。
また、あまり収入は高くないというイメージも持っていた。
なぜ、グレイさんは俺に農家という仕事を勧めたのだろうか。
「ゲネルさん、あなたに勧める仕事は『魔法農家』です」
「魔法農家??」
聞いたことのない職業であった。 だが、名前から察するに魔法を使う農家ということだろう。
「魔王討伐後、戦闘魔法の需要がなくなっていったのはゲネルさんも勿論ご存知だと思います。 そして、それ以降、魔法は戦闘以外、つまり人間の生活を豊かにするために使用することに焦点が当てられ始めました」
「ええ、それも知ってますよ。 そう言った戦闘以外で魔法を使用する人を大きい括りで『産業魔導士』と呼ばれるんですよね」
「おっしゃる通りです。 そして、その産業魔導士の中の1つの仕事が魔法農家です。 魔法を農業に応用することで高い生産性で作物を栽培をするという仕事内容で、最近は労働人口が増えてきている仕事の一つです」
「なるほど……でも、なぜいくつか種類のある産業魔導士の中でも、魔法農家が俺にあっているんですか?」
「そうですね。 ゲネルさんが魔法農家が適していると私が考える理由はいくつかありますよ」
「いくつか?」
「えぇ、まず、ゲネルさんの得意な魔法の相性が良いからですね。 手合わせした感じだと、土属性が一番得意で、次に得意なのが水属性でしょう?」
「その通りです」
「農業で最も需要の高い魔法が、土属性、次が水属性なんで、魔法の相性がぴったりなんですよ」
確かに言われてみれば、土、水というのは作物を育てる上で必要な要素だ。
土属性、水属性の魔法が農業に役立てられるということは容易に想像できる。
「確かに魔法の能力だけでいえば、私は魔法農家にぴったりですね」
「その通りです。2つ目は肉体労働も問題なくできるという点、魔法農家といえど、勿論通常の農家と同じように肉体作業が必要になります。 その点は元冒険者のゲネルさんは言うまでもなく満たしているスキルですし、ただの魔法使いでは当てはまらないことが多い点ですね」
たしかに、元パーティのメンバーであった魔法使いも肉体のタフさはなかった。
少なくとも、あいつが農作業をしている場面はイメージが沸かない。
「魔法使いは体力がない人が多いですもんね……」
「3つ目はゲネルさんが田舎を嫌いじゃないということですね。 やっぱり、農場は田舎にあるのが普通なんで」
「ははは、確かにそれは大事な条件ですね」
「あと、魔法農家っていうのは最近注目され始めた職業で、戦闘魔法と違って、農業のための魔法というものは今のところ確立されていません。 だからこそ、自身で試行錯誤しながら、どのような魔法が使えるのか考える、 あるいは農業のための新しい魔法を生み出す必要があります。 ゲネルさんはそういうことも楽しんで仕事できるんじゃないかって思います」
グレイさんから話を聞くうちに自分にとって、魔法農家は向いている仕事なのじゃないかと不思議と思えてきた。
「あとは労働条件の話なんですけど、給料は通常の農家の平均年収は450万Gなのに対し、魔法農家の平均年収は750万Gになります。 勿論、最初から高い給与がもらえる訳ではないですが、比較的、年収の高い仕事と言えるでしょう」
「今のところ、聞いていると悪い要素はなさそうですね」
「そうですね……まあ、一番農家という仕事で問題となることが多いのは労働時間の多さですね。 朝から晩まで年中無休で誰かは作業をしないといけないので。 まあ、雇われ農家であれば1週間に1日は休みをもらえるというのが一般的です。 休みが多く欲しいという人には向いてませんが、エミールとの面談の際に休みはなしで構わないと仰られてたので……大丈夫ですか?」
冒険者の時もちゃんとした休みはなかったようなものだ。 休みが週1でもらえるだけ十分だろう。
「大丈夫です」
「良かったです。 ただ、やはり仕事に対して興味を持てるか持てないかというのは重要なところです。 それをインターンシップで知るために参加してもらう訳ですが、インターンシップで知れるものはその仕事の一部分だけだということは認識しておいてください」
「わかりました」
「じゃあ、明日早速申し込みの手続きをできればと思うんですけど、ハローワークにこれる時間はありますか?」
「あります! お願いします」
「じゃあ、明日ハローワークでお待ちしてます。 あと、今お互いお酒が入ってる状態なので、明日もう1度ちゃんと説明させてもらいますね」
「ははは、そうですね」
「では、そろそろ帰らせてもらいますね」
「あっ……はい」
グレイさんはそう言って少しフラッとしながら立ち上がり、玄関に向かった。
「では、お邪魔しました。 ありがとうございました」
「あの……本当にありがとうございました!」
「いえいえこちらこそ」
部屋に1人になり、改めてなぜグレイさんが俺の家にきたのか考えた。
グレイさんは面談をした時点で、冒険者でなくなった俺には何もないと葛藤していることが伝わっていたのだろう。
そして、新たな仕事を始める勇気が出ていないことも……
だからこそ、面談ではなく、友人のように酒を交わし、俺が仕事を始めるための一歩を押しにきてくれた。
もしかしたら、単純に飲みたかっただけかもしれないが……
翌日ハローワークに行き、ご丁寧に魔法農家についての説明をもう1度してもらい、インターンシップを申し込んだ。 その3日後に合格の連絡が来て、参加できることとなった。
インターンシップ当日、馬車に乗って会場に向かっている。
馬車から見える景色はだんだんと人の数や建物の数が減っていき、次第には人は誰も見えなくなり、緑生茂る景色しか見えなくなっていた。
グレイさんのいう通り、田舎でも大丈夫な者しか農家は無理な訳だ。
「はい、着きましたよ。 お客さん」
「どうもありがとう」
降りた場所はガイズ農場、ガイズさんという方が経営されていて、ガイズさんの家族を含め、30人程度の従業員数の農場だ。
にしても、立派な畑だ……
目の前の広大な整備されている畑を見てそう思う。
「おーい! 君がゲイル君か〜!」
後ろから声が聞こえたので、振り返るとそこには筋骨隆々で立派な髭を生やした男性が立っていた。
髭と髪の毛はどちらも白髪なので、おそらく年齢は60歳近いが、体力年齢は20代後半、そんな感じの人だ。
「わしが農場主のガイズじゃ。 よろしく!」
「よ、よろしくおねがいします」
やっぱりこのあまりにも元気なおじいさんがガイズさんか。
そう思いながら、ガイズさんの血管が浮かび上がっているほどたくましい腕と握手を交わした。