第五話 冒険者、元勇者と飲み明かす
コンコン
ドアをノックされる音が鳴ったので、玄関に向かった。
「お邪魔します」
「どうも」
ドアを開けた先にはグレイさんとエミールさんが立っていた。
手合わせを行なった後、家に行っていいかと聞かれた際は驚いたが、本当に来るとは……
しかも、エミールさんも来くるとは驚きだ。
「あ、これワインです。 せっかくなんで今から飲もうと思って持ってきました」
「えっ? 飲むんですか?」
「業務時間じゃないんでね! ゲネルさん飲めるでしょう?」
本当に今日この人が見せる行動は型破りなものばかりだ。
ただ、俺自身その行動によっていやな気分にはなっていないので、不快感を周りに感じさせない不思議なカリスマ性のある人なのだろう。
「えぇ、手合わせでは負けましたが飲み比べなら負けませんよ!」
「ははは、さすがゲネルさん!」
リビングに案内し、グレイさんからいただいたワインを注いでいく。
「エミールさんは飲みますか?」
「あ、じゃあ少しいただきます」
「ゲネルさん、うちの所長から聞いたんですけど、彼女酒豪らしいんで、ガンガン入れちゃってくださいね」
「グレイさん……」
彼女の青く鋭い目線が、グレイさんに向けられる。
「えーでは、乾杯!」
「「乾杯」」
ワインを注ぎ終わったところでグレイさんが乾杯の号令をとり、グラスを交わす。
そして、ワインを口に1口含んだ瞬間、葡萄の香りの強さが伝わってきて、上質なワインであることがわかった。
「これめちゃくちゃ良いワインなんじゃないですか?」
「葡萄の名産国で作られたワインです。 俺も好きで家に何本もストックしているんですよ」
「へー、勇者の時にそんな国に訪れたんですか?」
「いや、そこは勇者という肩書きがなくなって、色々な国を周ってた時に訪れましたね。 そこでは、葡萄農家の仕事を手伝わせてもらって」
「えっ、そんな仕事してたんですか?」
「まあ、ここ5年は色々な仕事を経験してきましたよ。 その経験が今の仕事で活かせたら良いなぁとは思っています」
元勇者といえば、労働に縁がないと思っていたが、どうやら実際は逆で色々な仕事をしてきたらしい。
「そういえば、ゲネルさんは冒険者としてどんな場所に訪れたことがあるんですか?」
グレイさんから尋ねられて、自分の冒険者時代のことを思い出す。
「そうですねー、本当に極寒地帯や砂漠地帯、色々なところに行きましたねー。 船で遠征も何度もしましたし……」
「おっ、砂漠ってもしかしてアラガル王国じゃないですか?」
「そうですそうです! グレイさんも行かれたことあるんですか?」
「行ったことありますよ。 あそこではたまたま、私が行った時にアラガル王国の王女が盗賊にさらわれて、それで王女を助け出したら、国王にすごく感謝されて、このままアラガル王国に住んでくれ、なんて頼まれました」
さすが元勇者、話のスケールが大きい……
「まあ、でも砂漠にずっと住むのはいやだったんで、断わったんですけどね」
「ははは、砂漠がいやじゃなければ、そのまま住んでたんですか」
「ええ、のどかな田舎の国だったらそのまま住んでたかもしれない」
「ああ、俺も田舎は嫌いじゃないですね」
お酒で酔っていることもあるからだろうか。 話は弾み、お互いの冒険の思い出話を肴にワインがどんどん減っていった。
エミールさんも冒険者の話はあまり聞いたことがないからなのか、グレイさんと俺の話を興味深そうに聞いていた。
「あれ、もう空か」
「はっはっは、飲みすぎましたね〜」
グレイさんは少し喋り方が酔っ払ってきたように見える。
どうやら元勇者でも酒の強さは一般人レベルらしい。
「グレイさん大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ〜」
グレイさんにエミールさんが心配して声をかける。
確かに彼女の方がお酒が強いらしい……
「まさか勇者の冒険譚を聴けるなんて思っていなかったです。 本当にありがとうございました。 いや〜冒険っていうのは本当に良いものですね」
「ゲネルさん……仕事も悪いものじゃないですよ」
「えっ?」
グレイさんがこれまでまとっていた陽気な雰囲気が一気に真剣な雰囲気に変わったため、驚いてしまった。
「ゲネルさんは面談の時に『冒険は信頼している仲間と強大な魔物を討伐したときの達成感が凄まじい』って仰られてたじゃないですか」
「そ……そうですね」
「私は仕事でも同じ感覚が味わえるものだと思いますよ」
「同じ感覚……ですか」
「ええ、仕事も同僚と共に目標に向かって辛いことを味わい、達成する。 そして、対価を得る。 私は根本的には同じものだと思います」
確かにグレイさんの言っていることは凄くわかる。
俺が過去の冒険者だった時の思い出にすがっていて、新たな一歩を踏み出せていないということをこの人は気づいているんだろう。
しかし……
「確かに……グレイさんの言うとおりかもしれないです。 俺も早く仕事を見つけないといけないのは分かってます。 ただ、これまでずっと冒険者として生きてきて、冒険者以外の仕事をするとなると、自分のやりたいこと、できることがわからないんです」
「ゲネルさん」
名前を呼ばれて、自分が一歩を踏み出せない理由を必死に述べている非常に恥ずかしい姿であることに気づいた。
そして、俺の名前を呼ぶグレイさんはあまりに真剣な表情であった。
「あなたにできることはものすごく多いですよ。 魔法の実力は本物だから、魔法職の可能性もある。 冒険者時代に鍛えたタフさがあるから肉体労働なんてもってこいだ。 パーティを引っ張ってきたリーダーシップもある。 それに俺は今日1日接しただけであなたと言う人が好きになりましたよ」
グレイさんからの言葉を聞いているうちに自分のこれまでの冒険者としての思い出が蘇ってきた。
幼なじみの1人とパーティを組んで、初めて魔物を討伐し、報酬を得たこと。
剣術を磨くため、ギルドにいた最強の剣士に挑んで、ボコボコにされたこと。
魔法使いがパーティに入り、攻撃魔法を教えてもらったこと。
何度も勧誘して、優秀な弓使いが、俺について行くと言ってくれたこと。
近隣の街を困らせていた魔物を討伐し、街の人々から感謝されたこと。
そうか。
この思い出は勇者の英雄譚と比べると大したことないただの冒険者の半生でしかない。
だけど、無駄じゃなかったのかもしれない。
油断すると涙が出そうだったので、グッと堪えて声を絞り出した。
「あ、ありがとうございます……」
「いえいえ、あとはやりたいことを見つけるだけですよ。 ゲネルさん」
「そうですね。 やりたいことか……」
「まず、ゲネルさんは冒険者以外の仕事をとりあえずやってみるべきです。 その仕事がやりたいことかはわかりませんけど、きっとやってみて何かが見えるはずです」
確かにグレイさんの言う通りかもしれない。
もし、初めてみてうまくいかなかったとしても、何も進まないよりは100倍ましだ。
「まずは報酬が得られる1週間程度のインターンシップをしてみるのが良いと思います」
「インターンシップ?」
聞き慣れない単語だったので、聞き返した。
「正式な採用でなく、その仕事について分かってもらう目的で、一定期間職業を体験しながら報酬を得られる募集のことはインターンシップと呼ばれているんです。 まずはインターンシップに参加してみて、もし、その仕事が自分に合ってないと思ったら、別の仕事をやってみるのも手です」
インターンシップ、そんな制度があったのか。
だが、このままどんな仕事をやりたいのかを考えても答えなんてなかなか出ないだろう……。
だったら、グレイさんの言うとおりとりあえずやってみるしかない。
これなら、合わなかったらやめておくという選択肢もできるようだし。
「わかりました。 俺やってみます! じゃあどんな仕事のインターンシップに応募するか決めなくちゃですね……」
「そうですね。 ゲネルさんにおすすめのインターンシップがありますよ」
「えっ、それって何ですか?」
「エミールさん、あれ出してもらっていいかな?」
「はい。 どうぞ」
エミールさんから1枚の紙が渡された。 その内容を見て、俺は眉をしかめた。