第三話 冒険者、元勇者と対戦する
元勇者改めグレイさんからの手合わせの誘いを受けた俺はエミールさんに裏庭と呼ばれる場所に案内されていた。
一緒に歩くエミールさんも今の状況に戸惑っているような表情をしている。
「あの……エミールさん、何で元勇者ともあろう方がここで働かれているのですか?」
「さぁ、私には見当もつきません……」
「エミールさんもそうなんですか…… 」
そんな話をしているうちに裏庭についた。
戦闘をするための場所という雰囲気はなく、特に手入れなどもされていないであろう普通の裏庭だ。 まぁ、それなりに広さはあるので、周りの建物や人に被害が出るということはないだろう。
「お待たせしました。 ゲネルさん、こちらの防具と剣で大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫です」
「私もゲネルさんと同じ装備で戦わせてもらうんで」
グレイさんが用意したのはどこにでも売っているような普通の鉄製の防具と剣だ。 重すぎず、軽すぎず、物理攻撃の耐性に加え、魔法への耐性も備えているという戦闘にあたっての最低限の条件を満たしているもの。
「では、やりましょうか。 ルールは魔法あり。 大きな外傷を与えることは禁止。 止めをさす際は必ず寸止めで」
「わかりました」
「じゃあ、エミールさん、勝負開始の合図を出してもらってもいいかな」
「わかりました」
……剣を握ったのは久しぶりだ。
戦闘の方法は忘れていないが、おそらくこれまでに討伐した魔物や、手合わせをした人の中でも間違いなく最強だろう。
だが、俺も冒険者の端くれだ。 全く歯が立たないということがないよう全力で戦うのみ。
「では……」
剣を構えると、グレイさんも同時に剣を構える。
「勝負開始!」
「はぁっ!」
キィン!
剣と剣がぶつかり合い、火花が散る。
そのまま、俺から2撃、3撃とグレイさんに向かって斬りかかるが、どの攻撃も剣で受けられる。
ならば……
「ゴーラ!」
一度後ろに退がり、体勢を立て直してから、掌をグレイさんの方に向けて、呪文を唱えた。 ゴーラは火属性の魔法の初級呪文であり、火炎弾を敵に向かって放つ魔法、正直これで、ダメージを与えられるとは思っていないが、まずは様子見だ。
掌の前に小さな魔法陣が現れ、魔法陣からりんご1つほどの大きさの火炎弾が出現し、グレイさんの方向に向かっていく。
そして、火炎弾に対してのグレイさんの反応は避けるでも防御の姿勢をとるでもなく、剣を振り上げる、という行為であった。
その後、グレイさんに火炎弾が激突する直前、グレイさんは剣を縦に振り下ろした。
ー瞬間、瞬く間に火炎弾は真っ二つとなり、地面へ落ちて、火の勢いが消滅した。
「な……斬られた?」
驚いた。 火炎が斬られる瞬間など見たことがない。 だが、剣技を極めし者は流動的で実態のないものさえ斬ることができるという噂を聞いたことがある。 元勇者ともあろう方だ。
これくらいは当たり前なのか……
「火炎斬りという剣技です。 ゲネルさん」
「さすがですね…… ならば、 ネオ・ウォーラ!」
グレイさんが丁寧に解説をしてくれたところに間髪を入れず、グレイさんの方に掌を向けて、呪文を唱える。
ネオ・ウォーラは水属性の魔法であり、先ほどのゴーラよりも高等魔法だ。
先ほどより強力な魔法だ…… これであれば、剣で斬られることはないはず…
「ネオ・ゴーラ!」
グレイさんは放たれた水流弾に対抗して、火属性の呪文を唱えた。
呪文が唱えられた瞬間、グレイさんのかざした手から魔法陣が現れ、巨大な火炎弾が放たれる。
もちろん、先ほど俺が唱えたゴーラより強力な火属性魔法であることは言うまでもない。
火炎弾と水流弾がぶつかり合い、お互いの魔法は相殺された。
俺は火属性の魔法では、高等魔法を使うことはできない。
先ほどの剣技といい、やはり、元勇者と言うだけあり、全てのスキルが高いことを感じさせられる。
感心していると、ここからは俺のターンだといわんばかりに、グレイさんが俺に向かって、剣で斬りかかってきた。
「ぐっ……」
なんとか、剣で防御することができたが、それから、グレイさんの剣による猛攻が始まった。
一発一発が非常に重くて早い。 何とか、剣で受け流しているが、このままじゃ防戦一方だ。
よし、いちかばちか俺の最強の攻撃魔法を唱えよう。
グレイさんの剣を受けながら、呪文を唱えた。
「ギオ・ドルーノ!」
グレイさんの足下に大きな魔法陣が現れた。
その後、地面は形状を変化させ、巨大で鋭いトゲのようなものが地面から現れて、グレイさんに向かっていく。
グレイさんは魔法を唱えた瞬間、後ろに下がったため、かわされたが、これで終わりではない。 ギオ・ドルーノは対象に向かって巨大な鋭い土のトゲで襲い続ける土属性の最高等魔法の1つだ。
かわしてもトゲは無数に出現し、襲い続ける。
俺の放てる最強魔法だが、どうだ!?
グレイさんは最初、横や後ろに飛び回りながら、攻撃をかわし続けたが、10発目くらいのトゲが襲ってきた瞬間、上に向かって高く飛び、持っている剣を上空に掲げて、呪文を唱えた。
「ギオ・ヴァリード!」
魔法陣が上空に現れたかと思うと、すぐに魔法陣のもとに暗雲が現れた。
ー瞬間、掲げていた剣が避雷針のようになり、剣目掛けて鋭い稲妻が落ちてきた。
すると、剣はまるで稲妻を宿したかのように、眩しい青白い光を放った。
「はぁっ!」
グレイさんが威勢の良い声を放ちながら、襲いかかっていたトゲに向かって青白く輝く剣を振り下ろした。 すると、トゲが粉砕されるだけでなく、地面が衝撃を耐えきれずに、衝撃波が俺にまで届き、数メートルほど後ろに吹き飛ばされた。
「ぐっ……」
「勝負ありですね。 ゲネルさん」
その瞬間、自分の首元に剣をつきたてられ、敗北を悟った。
「ま……参りました」
グレイさんがかざしてくれた手をつかみながら、立ち上がった。
最初から勝てないことはわかっていたが、想像通り、グレイさんとの手合わせは元勇者の実力の高さを知る結果となったのだった。