序章「元勇者、ハローワークで働く」
「いやー、ついに勇者様が帰ってくるんだなー」
「まさか、俺たちの街から勇者様が出るなんてな」
「今日は最高の日だな!はっはっは」
人々は長い間、魔王に対する恐怖に怯えながら、日々を過ごしていた。
しかし、私たちの住む街から旅にでた勇者とその屈強な仲間達が魔王を討伐し、魔王への恐怖に怯えて生活する必要はなくなった。
今日は勇者とその仲間の凱旋パレードの日。
世界を救った故郷の英雄である勇者を見たくない人はいないらしく、街の住民のほとんどが凱旋パレードに集まっている。
「これで魔物に怯えた生活をしなくてすむわね。 ロゼ」
「うん、そうだね」
私も凱旋パレードに来ているうちの1人であるわけだが、正直、勇者を見たかったというわけではなく、母に連れられたため、来ただけである。
「おっ!ロゼちゃん! もうこんなに大きくなったのかい!」
話しかけてきたのは小さい頃お世話になっていた街の野菜屋のおじさんだ。
「久しぶりです。 もう15歳ですよ」
「はっはっは、そうか大人びてきて母さんに似てきたな! またお店に顔みせにきてね! じゃあまた!」
「ええ、また今度」
おじさんはいいつも明るく親しみやすい人であるが、さっきは一層陽気だったな。
まぁ、酔っ払ってもいるのだろう。
「きたわ、勇者様よ」
前を見上げると勇者とその仲間たちが手を振りながら、歩いているのが見えた。
初めて見る勇者は、何となくオーラみたいなものをまとっている気がした。
「勇者様ー!」
「世界を救ってくれてありがとー!」
「勇者様〜!こっち向いてー!」
街が歓喜と熱狂に満ち溢れる。 こんな街の様子は今まで見たことがない。
私にとって、街の人はどちらかというと暗い雰囲気の人が多いイメージだ。
というのも、私が生まれた13年前、魔王は既に存在していた。 だから、魔王に対しての恐怖を忘れずに生活をしていた街の人のイメージが私の中にあったからだろう。
魔王がいない世界を私は経験したことがないけど、こんなにも街の人たちが喜び、笑顔になっているのだから、きっと世界はすごく良い方向に向かっていくのだろう。
「お母さん、私将来はーーー」
ーーー5年後ーーー
「お待たせしました。 今回は当施設に訪問いただきありがとうございます。 面談を担当させていただくエミール・ロゼと申します。本日は転職をご希望ということだと思いますので、まずは履歴書を確認させていただけますか」
「は、はい」
履歴書を面談者から渡してもらい、内容を確認する。
【名前】ゲネル・ウィスパー
【性別】男
【年齢】33歳
【職歴】冒険者ギルド「キャット&クロウ」に15年所属し、15年間通して、数名の仲間とパーティを組み、リーダーを努めた。
【資格】冒険者1級
【特技】剣技、炎魔法、水魔法、土魔法
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この人も元冒険者か……。
魔王が討伐されて以来、世界は平和になった。
世界中の魔物の数は減少の一途を辿った。
そして魔物の数に相反するように、世界の人口は増え、人々の平均寿命も延びた。
さらには各種産業の発展、教育機関の拡充など10年前と比べると、間違いなく豊かな生活ができるようになったと思う。
ただし、1つだけ世界各国で同じ問題が発生した。
それは元々、魔物の存在を前提として生計を立てていた仕事が大幅に減少したことだ。
冒険者なんて、10年前と比較して最も就業人数の減少した職業だろう。
かつては冒険者ギルドに非常に多くの魔物討伐依頼が来ていたそうだが、魔物の数が減少するにつれて、魔物討伐依頼も来なくなる。
仕事がなくなれば冒険者を生業としていた人は失業する。当たり前の話だ。
魔物が減少したことによる冒険者などの失業問題は世界中で問題となり、各国も目を瞑れない状況となった。
そこで設立されたのが、現在、私の勤務する公共職業安定所、通称ハローワークだ。
仕事に対して困っていて、訪れる方に対し、職業の紹介や教育、時には失業補償などを行なう機関である。
魔王を討伐し、平和な世界が訪れることを誰しもが願っていたと思うが、魔王を討伐されて困る人がいるというのは皮肉なことだ。
「ありがとうございます。確認させていただきました。 ゲネルさんはずっと冒険者で生計を立ててこられたということですが、なぜ転職をご検討されたのでしょうか」
「実は長年やってきたパーティの面々が皆、冒険者の仕事をこのままやっていても未来が見えないから、転職すると言ってパーティを抜けて行きまして… 長年やってきたパーティだったんで、他の人を誘うにも、気が気になれず…… パーティの連中からも転職を勧められましたし、一度話を伺おうと思いまして」
冒険者という仕事は基本的に4人程度のパーティを組んで、ギルドの依頼をこなすことが多い。
長年やってきたパーティのメンバーが全員転職をすると言って抜けたんだから、相当の苦労があったことが想像できる。
「そうですか……皆さんはどのように転職をされたんですか?」
「みんな、友人や家族のつてを使って転職してましたね。 私も元パーティのやつに仕事を誘われたりしたんですが、なんかしっくりこなくてですね…… 私にはあまりつてとかはなかったもので、今回この施設を訪問させていただいたんですよ」
「わかりました。 では、何か希望の仕事などはありますか?」
「いや、特に思いつかないんですよね……」
ああ、今回の職業紹介はすんなりいかなさそうだな……。やりたい仕事があれば、その求人があれば紹介して、求人がなければやりたい仕事に近いものを紹介するかで楽なんだが……。
「でしたら、希望の条件とかはありますか。 収入はこのくらい欲しいとか。 休みはどのくらい欲しいとか」
「そうですね、年収は冒険者の時に最大3000万Gくらい稼げてたこともあったんで、できれば1000万Gくらいは欲しいかなとおもってます。 休みはなくてもいいですね」
……この国の平均年収は400万Gだということが分かっているのだろうか……。過去に3000万Gを稼げていたというのは非常にすごいことだと思うが、休みなしで働いたって元冒険者という職歴だけで1000万Gの年収で雇ってくれることなどないと言っていいだろう……。
まずは現実を知ってもらうことからか……。
「年収1000万Gの条件を満たす仕事を紹介することは厳しいと思ってください。 年収1000万Gは過去にゲネルさんが余裕で稼いだことのある金額なのかもしれませんが、今ではそれなりの規模の事業をしている会社の職員でないと難しいですよ」
「えっ、そうなんですか?」
「そうです。 ゲネルさん、まずはこの国にはどういう会社があって、どういう仕事があり、どういう求人があるのかをまとめた映像があります。 本日はそちらを見て、一度、何かしたい仕事はないか検討してただいてから、明日またお越しいただけますか?」
「わ……わかりました」
ゲネルさんを映像室に連れていく。
映像室とは、「映像魔水晶」という保存している映像を映し出す効果の持つ魔水晶を使って、スクリーンに映し出す映像を訪問者に見てもらうことのできる部屋のことだ。
5年前までは、魔法は戦闘時に使用されるものという側面が強かったが、魔王討伐後、産業の発展に魔法を応用できないかという考えが急速に発展し、映像魔水晶という技術は開発された。
本当に世界は便利になったものだ。
「ふぅ……」
「エミールさん、お疲れ様。」
「所長ありがとうございます」
一息ついていたところに声をかけてきたのはゴルゴン所長、この施設で最も役職の高い方だ。 鼻の下には所長らしく、立派な髭を生やしているが、偉そうな態度を所員に取ることはなく、まだここで働き初めて1年しか経っていない私を気にかけ、よく声もかけてくれるとても良い所長だと思う。
「さっきの冒険者の方との面談はどうだった?」
「そうですね……、何というかフワッとしているような方でした」
「フワッとねー。 まぁ、冒険者という仕事はあまり社会と関わりとかは持たなくてもできる仕事だから、やっぱりそういうことに疎い人は多いよ」
「まぁ、それは1年この仕事をやってきて、私も分かってるつもりなんですけどね……」
「ちなみに先ほどの冒険者の方は僕も噂で聞いたことがあるくらいで、業界ではそれなりに名の通った人だよ。 相当な数の魔物討伐依頼をこなしてきている実力者だ」
実力のある冒険者、そう言った人がこの施設を訪れることは珍しいことでも何でもない。 ただ、私にとっては実力があっても、活かす場所がなければ、ないに等しいと感じてしまう。
「そうなんですね……、良い転職先を見つけていただけるよう頑張ります」
「……あと、エミールさん。 明日から新しい人がエミールさんと同じ課に入ってくるんでよろしくね。 その人はハローワークで働くのが初めてだけど色々学べることが多い人だと思うから」
「えっ、そんな急にですか」
「そうなんだよ〜。 本当に急に決まってね。 」
「ちなみに以前どう言った仕事をされていた方なんですか?」
「……まぁ、冒険者と言えるかな。 じゃあ、残りの時間も頑張って」
「そうなんですね。 ありがとうございます」
元冒険者の方が上司になるのか。
まぁ、今日面談したゲネルさん以外にも私が担当している方で冒険者の人は多い。
冒険者の転職という点で、良いアドバイスとかをくれる人だと良いが。
「お疲れ様です。 失礼します」
「お疲れー」
「お疲れ様でーす」
業務が終了してから、今日も寄り道をせず、家に帰る。 基本的に日々、家と仕事場の往復、そんな繰り返しの人生だ。
安定はしているかもしれないが、何となく刺激が足りないと考えてしまうような人生。 冒険者という仕事は刺激に溢れていることが想像できるため、昔は人気だったんだろうなぁと考えているうちに家についた。
「ただいま〜」
「お帰りなさい」
母との2人暮らしも昔と変わらない。
今日も母のご飯を食べて、入浴し、明日仕事であることを考え、早めに就寝する。 このルーティンも変わらない。
明日、新しい人が来て何か変わると良いな。
そんなことを想像しながら、眠りについた。
「おはようございます」
「おはよ〜」
始業時間の5分前に到着し、始業時間までに仕事をはじめる準備を終わらせておく。
「皆おはよー」
「皆さんおはようございます。 えー、今日は朝礼があるので、会議室に集合してください」
所長から、部署の皆に声が掛けられ、会議室に向かう。
おそらく、会議室で新人が紹介されるのだろう。
「では、朝礼を始めます。 まー皆もう周知の上だけど、本日から共に働く新しい仲間がいます。 では、グレイくん入って」
1人の男性が会議室の扉を開け、入ってくる。
見た目の特徴としては、身長は180cmくらいで体はそれなりにガッチリしていて冒険者というのも納得の体つき。
おそらく年齢は25歳前後だ。
……それにしても、何となく、既視感のある顔だ。 グレイという名前も聞いたことがある。
元々有名な冒険者とかなのだろうか。
「では、グレイくん。 自己紹介をお願いします」
「はい。 グレイ・ジェクサーといいます。 年齢は26歳です。 経歴についてですが、この5年間は世界中で色々な仕事をしてきたんですが、5年前は勇者をしていました。 どうぞ、よろしくお願いします」
「「「勇者?!」」」
会議室にいた所長と元勇者を名乗る人以外は全員声を荒げて叫んだ。
「まぁ驚くよね〜。 実は皆を驚かせようと思って黙ってたんだ〜。 はっはっは」
「ちょっとゴルゴンさん、事前に僕のことちゃんと紹介しておいてくださいって言ったじゃないですか」
「まぁまぁ、グレイくん気にせずに。 そういうわけで、実はグレイ君とは元々交流があったんだけど、私から熱心にグレイ君をこの仕事に誘ってね。 何と元勇者であるにも関わらず、一緒に働いてくれることになったのです!」
「まぁ、一応元勇者という経歴はありますが、ここでは新人なので、皆さんどうぞ、ご指導よろしくお願いします」
所長と話す様子を見て、元勇者という経歴が嘘ではないのは分かった。
街でもそれなりの権力者である所長と昔から交流があるようだし、何より昔の凱旋パレードの時に見た顔と顎髭があるかないかの違いしかない……
私以外の面々についても、反応はそれぞれだが、皆驚きを隠せない様子であった。
「みんな拍手はー?」
パチパチパチ……
所長が言うと、皆思い出したように、元勇者をまばらな拍手で歓迎した。
「じゃあ、グレイ君は新人ではあるんだけど、それなりに責任のある仕事をしてもらう予定なんで。 みんなも彼に仕事を教えてあげるのはもちろんのことだけど、彼から教わることは非常に多いと思うので、ただの新人と思って舐めないようにね。 ただ、元勇者だからって指導は遠慮しちゃだめだよ!」
元勇者の人をなめて接する人がいるのかは疑問だが、逆に指導ができる人もいるのだろうか……
「では、今日も1日がんばっていきましょー」
そう言われると皆席を立ち、自身のいつも座っている席に戻っていく。
「あ、エミールさんちょっと待って」
「はい?」
席に戻ろうとしたところで所長に声を掛けられた。
「今日面談予定の冒険者の方いるじゃない。 えーっと」
「ゲネルさんですか?」
「そうそう! その人と面談する時にグレイくんにメインでやってもらおうと思ってるんだよね! だから、エミールさんは隣で見ながら、サポートとかしてもらって良いかな?」
「わ、わかりました」
「よろしく! グレイ君に履歴書と昨日の面談記録渡しておいてね」
どうやら元勇者といきなり一緒に仕事をするらしい……何だか、緊張してきたな。
「あ、あの勇者様」
「あ、エミールさん今日の面談はよろしくお願いします。 勇者様なんて言うのはやめてくださいよ。 グレイって呼んでください」
「あ、わかりました……。 あの、これ今日面談予定の方の履歴書と昨日の面談記録です」
「ありがとうございます。 なるほど、こうやって面談の記録をとっておくんですね……」
「そ、そうです。一応、今日はグレイさんが面談していただいた私が面談中に記録を取るので」
「わかりました。 よろしくお願いします」
今日の面談について話した後、グレイさんは今日割り当てられた自身の席へと戻っていく。
グレイさんの背中を見ながら、今の状況について考え始めた。
元勇者がハローワークの職員か……。 世界を救った勇者がなぜこんな仕事についたのかは予想がつかないけど、少なくとも良識はあるし、仕事ができそうな雰囲気もある。
これまでの日常が少し変わっていく予感がした。
初投稿です・・・
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