001
目が覚めた。
思いっ切り息を吸おう。そう思って、鼻から息を吸う。胸が苦しくなるまでだ。そして肺が空になるまでゆっくりと吐く。これが俺のいつもの日課だ。
「なんか……空気が美味しい。おかしいぞ、家の空気はこんなに澄んでない。埃っぽくて息が詰まる感じがするはずだ」
違和感を覚え、俺はベッドから起き上がる。そして、感じたままの事を口にするが首を傾げてしまう。
「――――なんで、こんなこと感じたんだ。俺は……俺はずっと同じ場所に住んでいたはずなのに」
漠然とした不安に襲われて周囲を見回すが特別おかしな事は無い。家族と暮らしている家の中の一番見慣れた一部屋だ。ここは、俺の部屋で間違いない。
「一体、なんだったんだ。意味が分からん」
ドアをノックする音があまり広くない俺の部屋に響く。惚けていた俺は驚いた様子でドアの方を見る。そうすると、ドアの向こうから声が飛んできた。
「兄さん、朝ですよ。今日はサリーさんがいらっしゃるって言っていたじゃないですか。準備しなくていいんですか?」
「そうだった!! サリーが来るんだった。急いで準備しないと! リュー、ありがとう」
ハッとして、思い出したように体を動かし始め、ベッドから飛び出るようにして衣装ダンスに張り付き急いで身支度を始める。適当な服を身繕って、先程まで着ていた服をまとめてベッドに捨てるように放り投げる。そして、衣装ダンスの扉に備え付けてある姿見で大まかな外見を確認する。
「よしっ!! こんな感じでいいだろ。サリーは服装に厳しいからな。正装じゃないにしろ、普段着にも気を使わないとな。」
「兄さん、準備できましたか? 開けますよ」
疑問形のようでそうではない掛け声と同時にドアが開き、可愛らしい顔を覗かせてくる。
俺はため息を吐きながら、ドアの方に向き直り声をかける。
「あのなぁ、まだ着替えている最中だったらどうするんだよ。兄と妹だけど、一応、男と女なんだぞ」
「分かっています。私はちゃんと着替え終わったのを確認してから開けています。だから、大丈夫です。それに、兄さんの着替え姿なら目の保養になりますし」
「それって、乙女としてどうなんだ。ドアに張り付いて音を聞いていたってことだろ」
「まあまあ、そんなことより身支度を手伝ってあげますよ」
そう言って、彼女は俺の周りを一回りして一言。
「兄さん、後ろの寝癖がかなり酷いですよ。あと、首元にアクセサリーを足してみては?」
「寝癖は道中に精霊に頼むよ。ん~、アクセサリーねぇ……」
俺は部屋の中を見回し、机の上にあったアクセサリーを手に取り首にかけ、姿見とリューの前に戻る。そのまま、姿見で簡単に位置を整えてリューに向き直る。
「まあ、これでいいか。リュー、これでどうだ?なかなかにバランスが取れているだろう?」
「兄さん……本気で言ってます?そのネックレスは教会のシンボルですよ。兄さんはともかく、サリーさんは白エルフの大公閣下のお嬢様ですよ。五番目ですけど……五番目ですけど……」
リューは俺を叱るように言うが、徐々に先細りになり、最後は恨めしそうにぶつぶつと呟いている。まあ、いつものことだ。俺がサリーと出掛ける時は、いつも悲しそうにそっぽを向いている。
俺とリューは部屋から出て、玄関の方に歩みを向ける。
「まあ、いいじゃないか。サリーもその辺は理解してくれるよ。これでも俺は信心深いほうだし……」
「それだったら、余計に着けないほうがほうがいいと思います。それにサリーさんは護衛の神殿戦士も連れてきているので、あまり刺激しないほうがいいですよ。」
心配してくれているのか、不貞腐れたように注意してくれる。あんまり心配をかけるのもよくないので元気よく家を出ようと思い、リューに声をかける。
「そうか……じゃあ、やめておくか。取り敢えず、時間だから出かけてくるよ」
「分かりました、兄さん。いってらっしゃい!!」
「おう、行ってくる!!」
そう言って、俺は自宅の玄関から待ち合わせに間に合うように勢いよく出ていく。後ろで、リューが見送ってくれているのが分かる。
そして、俺は盛大に地面とキスをした。