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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

デザートバイキング 『カスタードプリン』

作者: 桜沢 純

 ぐじ、ぐじ。

 心を押し潰してくる不安の音が、脳髄が疼くみたいに響いている。

 ぐじ、ぐじ。

 虫を潰したみたいな、米を思い切り研いだみたいな、瘡蓋を押しつぶしたみたいな。

 そんな不安が耳の奥で鳴り響いて、私は無駄だってわかっているけれど、耳を塞いでうずくまった。

 ぐじ、ぐじ。

 ぐじ、ぐじ、ぐじ。

 ぐじぐじぐじぐじぐじぐじぐじぐじぐじぐじぐじぐじぐじぐじぐじ。

「……サユリー?」

「……ぁっ」

 ポン。肩に置かれた手。顔を上げるとフミカ。

「どしたの? 具合悪い?」

「……ううん。大丈夫」

 そっか。フミカは笑った。ほっとした。不安の音がなくなった。

「でも顔色悪いよ……受験勉強、頑張りすぎじゃない?」

「ほんとに、大丈夫、だから」

 私は笑う。フミカに心配かけたくない。フミカには影はいらないから。フミカには私みたいなものはいらないから。フミカには、笑っていてほしいから。

「あ、そーだ。こないだ話してたCD、サユリんち持っていくよ……お母さんは?」

「今日は、遅くなるって」

「んじゃ、大丈夫だ。念のため、勉強道具持っていくけれどさ」

 フミカが笑う。私は安らぐ。

 太陽に照らされる草花も、こんな気持ちなのかもしれない。




 私のお母さんは、私に、たくさん勉強して、いい学校にいくようにって、毎日、毎日。

 成績が下がると、顔をぐじゃぐじゃにして怒った。時々、ぶたれた。

 だから、私は勉強頑張った。みんなが遊んでても、勉強した。

 遠足のときも、一人で勉強していた。

 修学旅行のときも、ずっと参考書を持っていた。

 そんな時、友達なんかいない私に、フミカが言った。

「勉強、楽しい?」

 私は答えた。

「苦しい」

 フミカは笑って言った。

「すごいなー。えらいんだね」

 褒められた。

 今までの自分を、認めてくれた。

 そうしたら、わんわん泣いて。フミカを困らせた。

 そんなふうに、フミカと友達になった。



「ね、いいでしょ?」

「ほんと……何か、涙が出そう」

 放課後。私の家にフミカがCDを持って遊びに来た。ちゃんと勉強道具を持って。

 万が一お母さんに見つかっても、勉強さえしていれば、そこまで怒られたりはしない。

 昔、お母さんが、『あんなレベルの低い子と勉強していたら、サユリまで駄目になる』と言って、フミカに遊びに来ないように言ったら、フミカは次のテストで学年2位をとった。私とはたった一点差。

「え、くやしーじゃん」

 フミカは目の下におっきなクマをつくって笑った。

 お母さんもフミカを認めたらしく、一緒に勉強しているだけなら、何も言わなくなった。

「この人、歌はそこまで上手くないんだけれど、歌詞がすごく好きなんだ」

「なんていう人だっけ」

「Pure・Lover」

「バンド?」

「ううん。一人」

 そんな話をしながら、ぼんやりと、その歌に耳を傾ける。

 

 ……グチャグチャに歪んだ顔でキスしてよ……私を好きだって思わせてよ……

 ……安心を求めてるんじゃないから……安心してるから好きなんだ……


 正直、恋愛の歌なんてピンとこない。男の子をそんな風に思ったことなんて一度もない。

 むしろ、イジワルされた記憶ばっかりで、好きになんてなれるはずもなかった。

「この人の曲って、毎回雰囲気とか、歌い方とか変わるから、面白いんだよね」

「そうなんだ」

 ちょっと、返事が上の空になったなと、返事をしてから後悔した。よかった。フミカは気にしてないみたい。

 フミカの横顔を見た。心が落ち着く。でも、なんだか温かくて、少し、動悸が激しくなった。

 もしかして、これが、好きって言うことなんだろうか。



 フミカが帰った自分の部屋は、暗くて、孤独で、圧迫感があって、怖くて、不安になった。

 じく、じく。

 耳の奥。頭の後ろの方。後頭部の奥で、また、あの感覚がする。

 不安で、不安で、私は、勉強机から離れて、さっきまでフミカが座っていた座椅子に座って、フミカのことを考え始めた。

 服の上から胸に触れて、もう片方の手はスカートの中に。

 ネットで偶然見かけた誰かの日記に、ストレス発散にいいと書いてあって、好奇心から覚えてしまったその行為は、酷く不安になったときにとても効果があった。

 後ろめたいような気持ちもあった。まして、頭の中で考えているのは、大好きな友達のことなのだ。

 だけれど、この、不安の音を消すには。

 コンポのリモコンに手を伸ばし、再生する。

 フミカから借りたCD。フミカの好きな曲。

 フミカを思い描く。想い描く。フミカのシャンプーの香りさえしてくるようだ。

「……んっ」

 その香りで、きゅっと力が入った。直接触れると痛いから、下着越しに。

「ぁ……ふみ、かぁっ」

 ガチャ。

「……え」

「呼んだー? ごめーん。筆箱わすれ……あ…」

 部屋のドアが開いてフミカが、私を見ていた。

「あ……ご、ごめ……」

 私は呆然としてしまい、スカートの中の手を抜くこともできずに、フミカを見つめてしまった。沈黙の中、女性の歌声だけが響き渡る。

 フミカの名前を呼びながらしてるところ……見られた。

「ごめん!!」

 フミカは床に落ちていた筆箱をつかむと、部屋を飛び出していった。

「……」

 私は、スカートから出して、ひんやりとしてしまった指を、馬鹿みたいに見つめていた。



 次の日。

 朝から放課後まで、一度もフミカと目を合わせなかった。

 仮病でもなんでも使って、休めばよかった……。

 放課後。机の中のそれに気づいた。

『四階のトイレで待ってます』

 紙に書かれたそれはフミカの文字だった。

 ドキドキしながら、荷物はそのままに、私は階段へと向かう。

 一般教室は三階までで、四階は視聴覚室とかの特殊教室しかないから、放課後は誰も来ない。

 しんと静まり返った廊下。一番奥にトイレ。

 動悸が激しくなって、気持ち悪くなってきた。行くのが怖い。だけれど。

 女子トイレに入る。個室が五つあって、一番奥が閉まっていた。

「……フミカ?」

 おそるおそる声をかけると、ガチャって、鍵が開いた。ゆっくりドアが開いた。

「ん……サユリ……」

「……っ!!」

 息を呑んだ。

 制服をはだけたフミカが、足を大きく開いて、スカートの中に手を入れて、上気した顔で、荒い呼吸で。

 私の名前を呼びながら、していた。

「フ…フミカ?」

「……これで、おあいこ」

 フミカが笑った。

 ああ……安心が、心を満たしていく。

「うん……おあいこ」

 私も笑った。


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