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村を降りる山道に差し掛かり、背中に負ぶさる葛の葉が葉桜の長い髪を引いた。
「ちょっと降ろして」
視線の先には今朝方宿の女将たちが話していた山崩れの跡が痛々しい姿を見せている。
「土の匂いがきつくて鼻が利かなくなっちゃったよ」
葛の葉が小さく頭を振ると、両脇に結う髪の束も左右に揺れた。
崩れた土砂に向かい、ゆっくりと歩みを進めた葉桜が何かに気が付く。
「殿社?」
土砂に埋もれるそれは、小さな宮造りの屋根に見える。
崩れた木々とは質の違う、古い木材の残骸。
「何を祀っていたんだろうね」
足元の葛の葉の声が、妙にこわばって聞こえた。
「奥さま……。
ここ辺りの土地はほとんどがあの屋敷の持ち物だわ。
山崩れがあったのは夜中のこと。女当主の異変とも重なる」
「中のご神体が取り憑いてたってこと?」
葉桜の言葉を葛の葉が継ぐ。
「分からない。けど、あの人に憑いた理由があるのだとしたら、話を聞いて見てる価値があるかも知れないよ。
ほら、数年前に藤原道真公が冤罪で流刑にされた後、道真の怨霊が京に出たって大騒ぎだったじゃない?」
「で、天満宮に祀ったんでしょ?
『無実の罪で殺しちゃったけど、怒ったのっ?
ごめーん。じゃあ、神様ってことにしてあげるから、許してね』
って、ヤツね。
そりゃ怒るでしょ。人間って本当に勝手だよね」
葛の葉の丸く可愛らしい瞳が、鋭さを増して葉桜を射る。
「私を睨まないでよ。
それと同じようにご神体の元が怨霊から始まっているならば、それも1つの可能性ってことよ」
少し寂し気に、葉桜の視線が小さな葛の葉を包んだ。
「さあ、戻りましょう」
葛の葉の肩に手を掛けた葉桜の目の前を、小さな小石が転がって来る。
2つ3つと重なるそれに、彼女が視線を上げた。
「葉桜!
山肌になにかいる」
葛の葉の声と共に、斜面の土砂がさらに崩れ始めた。
ここにいては飲み込まれる。
葛の葉を抱えて走っては間に合わない。
「葉桜」
葛の葉の口調が、強く彼女を後押しした。
意を決したように、柔らかな唇が強く言葉を紡ぎ出す。
「我、汝を使役する者。
神刀紅桜の御名において。
九尾葛の葉。解っ」
印を結ぶ細い指先が熱を持つ。
頭の両脇にまとまっていた髪紐が弾けた。獣の咆哮と共に小さな葛の葉の身体が白い輝きに覆われ。
葉桜の視界は土砂に飲み込まれた。