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 水の流れが渦を巻く。

 投げ入れた破魔札に反応したかのように、葛の葉に(むら)がっていた悪意の影が葉桜を目指し集まってきた。


 気配に振り返る葉桜は、(ふところ)に入れた手を強く握りしめる。


 破魔札の残りはすでにない。


 終わりか。


 小さく息を吐くが、さりとてここで全てを捨てられるほど、往生際(おうじょうぎわ)は良くはない。


 印を結ぶ指先は熱を持って、唇から溢れる言葉に霊力(ちから)をのせる。


「滅せよ」

 破魔札程の威力はないが、紡ぐ言葉に正面にいた悪意の影が吹き飛んだ。


 私だって巫女の端くれ。なにもせずにただ(やから)に身を任せられるほど従順でも無い。


 一際(ひときわ)大きな咆哮に、妖狐葛の葉が葉桜に向かい力強く地面を蹴る。

 合わせた背中に感じる体温が心を強くしてくれた。


 悪意の影を蹴散らす葛の葉の、背後を守る葉桜。

 残り少ない影を排除するのにさして時間はかからない。

 (うな)りを上げた葛の葉の牙が最後の一匹を引き裂いた。



 傷を負った白銀の毛並みから、白い輝きが溢れ出す。

 大きな獣はその姿を人型へと変えた。

「葛の葉」

 生きてまた会えた安堵(あんど)に微笑んだ葉桜に、葛の葉は鼻を鳴らす。


「ふん。

 言っただろう。あたしの姿を見たヤツは生かしちゃおかないってだけさ。


 さすがに今日は疲れた。

 歩いて山を下るのも面倒だ、()葛の葉にして運んでくれ」

 微笑んだ葉桜は正面に立つ葛の葉の耳に手をかけた。

「戒めよ。封。」


 さらに小さくなり、寝息を立てる葛の葉を膝に抱え、葉桜その頬に触れた。

「お疲れさま。

 後で美味しい油揚げを煮て、おいなりさんを作ってもらうわね」





 御屋敷の客間では女当主と番頭、何人かの使用人が集められ葉桜の話に耳を傾けている。

 女当主の身に起きた異変の正体。

 地滑りにより殿社が破壊されたことで結界の力関係が崩れ、その中に(まつ)られていた女性が恨みを乗せたまま出てきてしまったこと。


 ここまで話たところで葛の葉が葉桜の(たもと)を引いた。

「あの人だってあんなことはしたくなかったんだ」

 当家の恥と話していた番頭をちらちらと見つつ、がんばって声を上げる。

「確かにその当時の当主の人は、いろんな人を好きになってたみたいだけど、あの女の人はその中でも特別だったんだ。

 でもその人の奥さんはそれが許せなくていっぱいいっぱい意地悪をして、それが原因で女の人は死んじゃったんだよ」


 葛の葉の話を止めようと、立ち上がる番頭を女当主が手で制す。

 葉桜は寄り添う葛の葉の肩を抱き、話を続けた。

「あの殿社の下には地下水脈がありました。

 水は霊を呼び寄せる性質があります。救いを求めたモノが殿社に引き寄せられ、中に祀られていた彼女に()いてしまった。

 数も多く、彼女の力ではどうにもならなかったのだと思います」


「そうですか。

 その(ひと)は成仏されたのですよね。

 座敷での最後の時は、なんとなく耳に入っておりました」

 女当主の言葉に、葉桜は納得いかない心を隠しつつ小さくうなづいた。

 望んでいなかったにしろ、悪霊に近い存在になってしまっていた彼女が無事に成仏できたのかはわからない。

「これからも責任を持って、その方の心の安寧(あんねい)をお祈りさせていただきます」

 女当主の言葉に、葉桜自身心が救われた気がした。





 今度こそ。

 宿で荷物をまとめ、旅装束に袖を通す。

 お屋敷でことの顛末(てんまつ)を話したのは昨日のこと。

 あの後の時刻に山を下るのは危険だと(さと)され、結局もう一泊してしまった。

 実際疲れはたまっていたし、葛の葉にも無理はさせたくなく、いたしかたのない決断ではあったが。


 宿を立とうとする葉桜と葛の葉に、お屋敷の女当主が見送りに立ってくれる。

 宿の主人が用意してくれた弁当を受け取ると、葛の葉の顔が明るくほころんだ。


「ああ!

 おいなりさんだ。ねぇ葉桜、おいなりさんだよね」

 その無邪気な顔に辺りの空気も優しく流れていく。

「お昼にいただこうね」

 妖狐葛の葉には直接食べさせてはあげられないが、同じ身体の(かて)になると思えばいいだろう。


 村での逗留(とうりゅう)に別れを告げた二人は、どうにか通れるように突貫(とっかん)工事を済ませてもらった山道を下っていく。


「ねぇ、もうお昼じゃない?」

「まだ半刻も経っていないわよ」

 そわそわと落ち着かない葛の葉に微笑んで、葉桜は顔を上げた。

 先日までの雨空が(うそ)のように晴れ渡り、青い空は鳥の声を誘い鮮やかな緑の木々を優しく照らす。


「変なことに巻き込まれないで、ちゃんと帰れるといいね」

 素直な一言が心に刺さる。

 確かにこれ以上の寄り道は遠慮(えんりょ)願いたい。


「そうだ、総本山に戻ったらおばあ様のお墓参りに行こうね」

 今回のことの報告がしたい。

「うん」

 顔を見合わせ微笑む2人に、木漏れ日はやわらかく降り注ぐ。



【了】

最後までお読みいただきありがとうございます。

「和語り」企画として参加させていただきました本作品。

期間内の完結には至りませんでしたが、無事に終了です。


「陰陽師」「葛の葉」と聞いてピンと来た方もいらっしゃいますかね?

3部分でチラッと出てきた藤原道長。その死後10年程して安倍晴明と言う陰陽師が生誕します。

彼の母は葛の葉と言う名の妖狐だったと言われております。

ま。本作品はもちろん関係ございませんが。


2019.11.24 あやの らいむ

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