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「忌まわしきを()て」

 破魔札を持ち、四縦五横に九字を切る指先から霊力(ちから)の帯が立ち上がる。


「破邪、急急如律令きゅうきゅうにょりつりょうっ」

 水を割って、血の五芒星をのせた破魔札が突き進む!


 ごめん葛の葉。使わせてもらうね。


 (ふさ)がりそうになるその水の隙間に、葉桜はボロボロになった退魔の木札を投げ入れた。


「狐火、煉獄(れんごく)

 葛の葉のふっくらと(つや)のある唇が、立てた2本の指の間に強い息を送り込む。

 蒼い炎は烈火と化して、古い木札を飲み込んだ。


 木は火をおこす。


 燃え上がる蒼い狐火は膨張(ぼうちょう)し、先を行く破魔札をも飲み込むと、一層の広がりを見せて部屋一面を(おお)()くす。


 そうして蒼い炎の消えたあとには、何もなかった。


「いない」

 小さくつぶやく葉桜の足元には、今にも千切れそうにチリチリと毛羽(けば)立つ注連縄(しめなわ)が、役目を終えて落ちている。

「畳が濡れていない」

 葛の葉も不思議そうに足を踏みしめた。


「幻覚……?」


 呟いた葛の葉を、葉桜が振り返る。

 その瞳に映ったのは、葛の葉の背後をとる白装束(しろしょうぞく)の女。


「危ないっ」

 声と共に身体が動いていた。

 グッと伸ばす腕が葛の葉の首元をかばう。

 女の振り上げた(さび)にまみれた古い懐剣(かいけん)が、葉桜の腕に深々と食い込んだ。


「っ!」

 声を上げることなく歯を食いしばり耐えた葉桜の顔に、腕を貫く懐剣に、心を乱したのはむしろ、葛の葉。


「ぅわああぁぁぁぁぁっっ」

 金の瞳を()き、人の声とも、獣の咆哮ともつかない叫びをあげると、先程とは比べ物にならないくらいの霊力(ちから)()ぜた。


「だめよ!

 葛の葉落ち着いて」

 あまりの力の開放に、畳の上に転がりながらかけた葉桜の声も届かない。

 渦巻いた風の中に立つものは、金の瞳に九つの大きな尻尾(しっぽ)を揺らす。

 白銀の毛並みを持つ、妖狐。

 その本来の姿。


 爪を剝き出した大きな前足を振り上げる。

「葛の葉!」


 〈悪いこと〉を恐れていた小さな葛の葉の、悲しい瞳。


 その大きな前足は表情のない女の目前で、ピタリと止まった。

 勢いが風となり、女の髪を揺らす。


 その(かげ)から、かすかに黒い気配が立ち上って見えた。


「今の」

 腕を押えた葉桜が、妖狐葛の葉と視線を交わす。

「グルルル」

 低い(うな)り声を上げた葛の葉が、犬の遠吠えを上げた。

 古来より犬の遠吠えには退魔の力が宿る。

 犬族の妖狐の上げた遠吠えに、女からはいくつもの黒い残像が吐き出され山に向かい(のが)れて行く。


 その後を追い、妖狐葛の葉も宙を駆け上がった。


「待って」

 葛の葉を追おうと足を出した葉桜に、何かが(うった)えかけて来る。

 白装束に身を包んだその女は、しっかりとした意志を持った瞳で葉桜を見ていた。


 悲しげな瞳には、謝罪と深い後悔。

「あなたもまた、利用されていたのね」

 葛の葉がいれば、もっと理解が出来たかもしれないが葉桜にも今の彼女が望む心は痛いほど理解出来た。


「さようなら。

 今の私にはこのくらいしかしてあげられないけど」

 懐から出した破魔札を彼女の胸に押し当てる。

(めっ)せよ」

 微笑んだ彼女の残像が、葉桜の瞳に残って消えた。

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