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秋月 忍さま企画「和語り」参加作品です。
いつからここにいるのか。
私が見るのは、殿舎の小さな格子戸から覗く四角い空、晴れの日も雨の日も。
長い長い間、私の世界はこの狭い殿舎の中だけでございました。
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昨夜の大雨のせいで山が崩れ、麓に下りる道が寸断されたと連絡があった。
ここのところの連日の雨も手伝い、いよいよ重なった大雨に、山の木々も踏ん張りがきかなくなったらしい。
村に1つしかない宿屋に足止めを食っていた葉桜と葛の葉も、この知らせには大きく落胆の色をみせた。
「困ったわね。
5日の後には総本山に帰らなくちゃならなかったのに」
年のころは18。雨も止み、今日こそはと旅の装束に身を包んでいた葉桜は1つにまとめた長い髪を揺らし、足元に視線を移した。
「いざとなったらあたいがおぶって走ってやるよ」
その足元で真っ平らな胸を威勢よく叩いたのは年のころ5つといったところか、身体に似合わぬ大きめの着物。小さな頭の高い位置からふんわりと柔らかな髪を2つにまとめた葛の葉は、大きくクリクリと丸い瞳を葉桜に向ける。
「そうだね。その時は頼むよ」
小さく微笑む彼女は、襖の向こうの騒がしい声に葛の葉と視線を合わせた。
「もし、お客さま。
少しお話をよろしいでしょうか?」
宿の女将の話を聞きやって来たのは、村の中でも大きな屋敷。
案内に出でくれた小間使いの小僧は、屋敷の者に言伝をすると葉桜と葛の葉に軽く会釈をして去っていった。
「巫女さま。お待ち致しておりました」
白襦袢に朱色袴。
葉桜に向けて、暗い影を落とした面を上げると男が口を開く。
「わたくしは当家で番頭をさせて頂いております」
憔悴した顔が、実年齢より更に歳を感じさせる。
「奥さまを助けてください」
「大まかなお話は伺っております。
ひとまず容態を」
屋敷に入ろうとした葉桜の袴を葛の葉の小さな手が引いた。
「葉桜。ここは何かいる」
「うん。少し空気がおかしい。
葛の葉も充分気を付けてね」
「こちらでございます」
広い屋敷の廊下を渡り、立つ障子戸の中ではザワザワと蠢く気配が葉桜達を威圧するように敵意を向けて来た。
「気持ち悪いぃ」
足元にしがみついてくる葛の葉の頭を軽く撫でてやり、無数のザザ虫が這うかのような気配漂う障子に手をかける。
「あ。わらしが見るには少し……」
言葉を濁す番頭に、葉桜は葛の葉に目をやった。
「あたいは平気だよ」
半分強がりと言ってもいい葛の葉の言葉に葉桜は目を細める。
「お気遣いありがとうございます。
ですが、この子も修行の身。問題ありません」
そう言って葉桜は障子を一気に引き開けた。