ラズヴェルト様と私の辺境までの道のり その5
魔物との戦闘があります。残酷描写注意です。
そんな感じで走り続けること十数日。辺境の一応中心地にあたる領主館のある場所までもう少しというところ。
「あれを!」
それを見つけたのは助手席に座っていたジニアさんだった。
その日トラックを運転していたのはカイルークさん。真ん中の席にはラズヴェルト様が座り、私は後ろの荷台でモットやクラーラ、ヘクトーやブライルさんとトランプでババ抜きをしていた。これだけ長いこと毎日車に乗っていると皆揺れにも慣れ、荷台でクッションに凭れてお茶やジュースを飲み、お菓子を抓みながらトランプやオセロなど悠々と過ごすようになっていた。
ジニアさんの焦ったような声に皆がトランプを置き、得物を手にして荷台から前方へ顔を出す。まだ先の方すぎてあまり見えないけど、前方の荒野で砂煙が立っていた。
カイルークさんがスピードを上げ、ぐんと体が後ろに引っ張られた。ガタンガタンと体が浮きそうなほど車体が揺れるのを、幌の淵にしがみ付いて耐える。ラズヴェルト様が運転席側に座っているので、一人や二人落ちても構わないというような遠慮のない運転ぶりだ。
ぐっと目を凝らして見ていると、三メートルくらいの高さはありそうな恐竜みたいな魔物が三体ほど、数人の子どもを追いかけているのが分かった。
艶のある鱗に黄緑色のそれはまるでゲームなどで見るワイバーンのような――「ワイバーン!?」この世界でもワイバーンだそうだ。蝙蝠のような羽のついた腕を振り上げ鋭い牙の並ぶ口を開けて、必死に逃げる子どもを飲み込もうと迫っていた。
「ヘクトー!」
「はいっ!!」
ブライルさんの声に即座に答えたヘクトーが軽い動作で荷台の幌の上に登ると、ぐっと上半身を逸らし槍投げのように物干し竿をワイバーンに向かって投げる。まだ結構な距離があったけど、ヘクトーの投げた物干し竿はぐんぐんと空を貫き、一番後ろにいた子どもに今にも喰らい付こうとしていたワイバーンの大きな口に飲み込まれた。
喉を突かれたワイバーンは首を逸らし、悶えながらどっと地面に倒れる。
「………………!」
もごもごと何か呟いていたソルフェールリットさんの杖の先から、いくつかのバレーボールサイズの火の玉が浮き上がり、続く二体のワイバーンの顔に当たって動きを止めた。その隙にズザザザザと砂が擦れる音がして、ワイバーンと子ども達の間にトラックが滑り込む。アクション映画みたいなハンドルさばき!
カイルークさんが運転席を飛び出し、ヘクトーとブライルさんが荷台から降りてワイバーンと対峙する。私とクラーラ、ジニアさんとで急いで子ども達を荷台に乗せ、運転席にはモットが乗り込んでいつでも逃げられるようにワイバーンから距離を取った。
ワイバーンの一体にヘクトーとカイルークさんが、もう一体はブライルさんが相手をしている。ワイバーンは巨体の割に素早い動きと硬い外皮のせいか、倒すのに時間がかかっているようだ。
もう一体、物干し竿を吐き出したワイバーンがぎこちない動きで起き上がり、ギラリとこちらに目を向けた。そうしてザリッと砂を踏みしめこちらに向かって駆け出そうとしたとき。その両目に包丁が二本突き刺さり、耳をつんざくような叫び声が上がる。次の瞬間にはソルフェールリットさんの風の魔術がワイバーンを襲い、その身を切り裂かれたワイバーンがドッと音をたてて地面に倒れ伏した。
他の二体に目を向ければ、そちらもどうやら片が付いていたようで、ヘクトーやカイルークさん、ブライルさんが武器を収めているところだった。特に怪我もないようだし、周囲には見る限り他の魔物もいないようでほっと息を吐く。
倒したワイバーンから魔石や素材を剥ぎ取る作業を子ども達に見せるのもどうかと思い、その作業をする場から僅かに離れた大きな岩の影にトラックを移動した。
子ども達は五人、一番年上の子で十二歳くらい、下は八歳ほどだろうか。トラックの傍に木のベンチをいくつか並べ、オレンジジュースや某メーカーの柔らかクッキーを取り出す。
見たことのないものを戸惑いながら受け取るその腕を見て、オレンジジュースじゃなくて野菜ジュースとか10秒チャージの飲むゼリーの方が良かったかもしれないと思う。それだけ子ども達は痩せ細っていた。
破れや穴のいくつも開いた服に、骨と皮だけのような手足、顔も丸みに乏しくそのぶん目が大きく見える。背も歳の割には小さいようだ。
最年長の子が恐る恐るジュースを飲みその味に驚いて他の子達に飲むよう促した後、クッキーも皆で頬張る姿を見ながら、好きなだけ食べな! と思う一方でいきなりそんな焦って食べて大丈夫かと心配になる。あああもっと胃に優しいものを出すべきだったか。
そんな子ども達の様子を見ながらぐっと気づかれないように眉間に皺を寄せた大人達に対し、ラズヴェルト様は子ども達の傍にしゃがみ込み、年長の子がまだ食べていいのか不安げに見上げるのを、ふわっと微笑みながら促している。果てしない包容力を感じさせる笑顔。天使。
「どうして子ども達だけでこんなところに?」
かなりの量のクッキーを食べオレンジジュースを飲んで少し落ち着いたところで、カイルークさんが穏やかな声で問いかける。今居るのは領主館のある辺りから歩いて一~二時間ほどの場所らしい。子どもの足ではもっとかかっただろうけど。
「お肉を、捕まえようと思って……」
年長者の男の子が大事に抱え込んでいる袋を掴む。ちらっと中を見せてもらったところ、丸々と膨れた茶色の鳥が入っていた。罠で捕まえたらしい。
「大人の人達はどうしたの?」
ジニアさんの問いに子ども達は顔を見合わせて。
「お父さんたちは……魔物におそわれてみんなけがしてて……」
二番目に年長そうな女の子がぽつぽつと話す。数日前に村に魔物が現れ大人の男の人達はそれを撃退するのに皆怪我をしてしまい、狩りに出かけられない日が続いていたらしい。女の人達も家事や幼子の世話、家畜の面倒をみたりと手が離せずにいる中、村の皆に肉を食べさせてあげたいと子ども達だけで大人の目を盗んで村を飛び出してきたのだそうだ。肉を食べれば皆が元気になるだろうと。
なんたる健気……! と思いつつも、子ども達の姿が見えずパニックになっているであろう親御さん達のことを思うと……は、早く村に帰りましょう!
皆もそう思ったのか、素材回収班に声を掛け、子ども達をトラックの荷台に載せていく。少々揺れるので気持ち悪くなったらすぐに言うんだよと声を掛けていると、最後に乗り込んだ年長の子がラズヴェルト様をじっと見ながら。
「……さっきの、村の人達にも食べさせてあげたい……」
懇願を乗せた真っ直ぐな目にラズヴェルト様はしっかりと頷き、「いいよ、いくらでも」と答えた。ちょっと今からホームセンターのお菓子全部買い占めてきます!!
とはいえ、『ホームセンター』の在庫状況は棚に並べられてある分だけだ。それを全部買ってしまうと無くなってしまう。けど、次の日のホームセンターの開店時間とされている午前9時になると在庫が元通り補充されているのだ。
最初のうちは誰が補充しているのかとても気になった。そこで午前8時55分頃からホームセンターに立て籠もり補充現場を見てやろうと意気込んだのだけど……。いっこうに何も起こらない店内に、私が店に居たら時間が進まないことに気が付いたのは、体感時間で三時間ほど経ってからだった。確認すれば店内の時計はずっと8時55分のまま。
それでも諦めきれず頑張って8時59分に店に入ってみたけど、やっぱり何も起きなかった。それで9時きっちりに店に入ればすでに補充は終わっている。謎は深まるばかりで、しばらくは8時59分と9時の辺りを出たり入ったりしていた。
店内に他に誰か、もしくは何かがいるのを見たこともないし、気になって気になって仕方がない!
それはさておき、商品によっては数が少ないものもあるので、私は日々こつこつと商品の買い占めを行っていた。いつどこで何が必要になるか分からないし、食料を中心に毎日ホームセンターに行っては様々なものを買っておいたのだ。
この旅の最中にもポイントが大量に手に入ったこともあり、今の時点でこの旅の仲間達の分なら半年分の食料は溜めてある。お米も入れれば一年はいける。
お菓子もかなり溜めてあるので、村の人数がどれくらいかは分からないけれど、皆に行き渡る分はあるだろう。
誤字修正しました。教えて下さった方ありがとうございます(´∀`*)