ラズヴェルト様と私の辺境までの道のり その2
食事を終え少し休憩してから、またトラックに乗り込み先を進むことになった。運転は変わらず私、その隣にはラズヴェルト様。そしてさっきまでは護衛騎士カイルークさんが座っていた助手席に、知的好奇心に満ち溢れた人見知り魔術師ソルフェールリットさんが座っている。楽しそうに運転席を覗き込んだり車内を見回したりしているけど、首の半ばまで伸びている前髪のせいで全然表情が見えない。
ぽつぽつと木々が立っている他には何もない荒野を、時折魔物に追いかけられたり群れを追い越したりしながらひたすらに進み、陽が落ちる前に野営に適した場所で車を停める。車のライトがあるので暗くなっても進めはするけど、土地勘のない場所で舗装されていない道を走るのはやはり危険だし、魔物への対処もできないということで早めに野宿の準備をすることになった。
川がほどよく近くにあり林の傍の平らな場所に、私がホームセンターで買ってきたテントを並べる。ラズヴェルト様とその他の為に六人用テントが一つに、女子用と兵士さん達用に四人用のテントが二つ。
ラズヴェルト様にはベットマットを持ち込み、お布団はもちろん店内で一番高かったふわふわ羽毛布団。試しに寝ころんでその柔らかさに驚いている顔が最高に可愛かった! その他には寝袋を渡しておく。
女子用のテントにも床に防寒防水用のふわふわマットを敷き高性能寝袋を持ち込む。この過酷な旅で女の子を労わるのは当然だよね!
いや、ちゃんと兵士さん達のテントにも防寒防水用マットは敷いたけど、ことのほか寝袋が喜ばれた。軽いし暖かいし咄嗟に動くこともできる至高の寝具だと。まるで神話級の宝を手にしたような顔で喜ばれたので、何だこいつら可愛いな辺境に着いたらもっと寝心地のいい寝具を用意してあげようと思う。
「――――みなさぁぁん! たぁすけてぇぇえ!!」
ふとナキの姿が見えないなと思っていると、荒野の方から必死な声が聞こえてきた。何事かとそちらを見れば、盛大な砂埃をたてる象のようなサイズの猪っぽい生き物に追いかけられているナキの姿が。
必死に真っ直ぐこちらに向かってくるナキに、何を連れてきているんだと怒鳴りたくなりながらラズヴェルト様をテントに隠し、入り口に結界も張れる魔術師を配置。その間に他の皆は戦闘態勢を整えていた。
そうして改めてナキとその背後に迫る猪のようなものを見ると、私の『神の直感』がピンと閃く。「アレ……ウマ……」と。
「カイルークさん! そいつ食べられます!」
直感に従い私がそう声を上げると、カイルークさんが一度こちらを見てこくりと頷き、「食料確保!!」と大声で指示を出した。
両手を上げて漫画のように目を瞑り必死の形相で走ってくるナキは、そのまま徐々に位置をずらし、まばらに立つ木の一つに向かって突っ込んで行く。
「危ない!!」
美人騎士のジニアさんがそう叫んだ瞬間、ドオオォン!! と大きな音をたてて猪のようなものが木に盛大にぶつかる。ベキベキと幹が割れ葉が擦れる音を響かせながら木が倒れる中、猪のようなものは勢いよくぶつかったせいでふらつきながら動きを止めている。
この隙に止めを刺そうとカイルークさんやブライルさん、ヘクトーが駆けて行く。モットはおろおろと辺りを見回し、ジニアさんは猪のようなものが暴れてこちらに向かってきたときの為に、猪のようなものから少し離れた位置で剣を構えていた。
やがて大きな鳴き声と共に猪のようなものが倒されたことを知る。
「ふー。どうなることかと思いました」
そうにこにこ笑い汗をぬぐいながら倒れた木の向こうから現れたナキに、私はじっとりとした目を向けた。私がナキの天然ドジっこ属性を疑っているのはこういうところだ。
ナキは何もない所で躓き持っているお盆を放り投げたり、書類をばら撒いたりと典型的なドジを度々しているが、そのほとんどを自分でカバーして大した被害は出さないし、人の手を煩わせることもない。放り投げたお盆に乗っていた紅茶やお菓子も、瞬時に引き寄せたお盆に全く同じ位置に着地させ、紅茶の一滴も溢さない。ばら撒かれた書類も目にも留まらぬ速さで宙に浮いたままかき集め、気が付けば何もなかったかのように抱えている。どんな身体能力だ。
しかし、ナキが(おそらく)嫌いな人間の前では、盛大に紅茶を溢し菓子をばら撒き片づけを手伝わせたり、書類を広げて進路妨害をしたりもしている。にこにこと人懐っこい顔ですいません~てへ☆と笑ってはいるが、実は真っ黒こなのではなかろうか。
これでラズヴェルト様に被害が出ようものなら私も物申すが、ラズヴェルト様に悪意をぶつけに来た者はナキのドジにあい怒りに顔を真っ赤にしながらすぐ帰って行くし。ナキのドジをどうにかしろと文句を言えば、即座に次のドジが飛んできて慌てて逃げ帰ったりするはめになる。ぐっじょぶ! と親指を立て称賛したことも数知れずなのだ。
でも本人に本当のところを聞いたことはなく、ナキも「計 画 通 り」みたいに表情などに匂わせることも全くないので、ずっと天然ドジっこ(疑惑)のままだ。
倒した猪のようなものは、トラックも使って野営地から離れた大きな木の幹に吊るして血抜きをし、私、カイルークさん、クラーラ、モットで手分けをして捌いていく。クラーラの包丁さばきは大変美しいのだが、普段無表情なのにうっすらと笑ってすいすい切り刻んでいくので何だか怖い。時々包丁の切れ味にうっとりしているのが大変怖い。
食べられる部分は部位ごとに大きなポリ袋に入れ、ホームセンターで買ってきた衣装ケースに詰めて、これから食べる分以外は買い物バックにしまっておく。
今日の夕食は、ホームセンターの農業・家庭菜園コーナーで土付きで売っていた人参、じゃがいも、玉ねぎと冷凍食品コーナーで買ってきたブロッコリーをコンソメで煮たポトフ。食材を並べオカンと相談した結果これになった。そしてバーベキュー用の鉄板で猪のようなものの肉をスライスしたものを焼き、焼き肉のタレでジャッと味付けをしたものをそれぞれがパンに挟んで食べる。
味噌はインスタントのものしかなかったけど、塩や砂糖や酒や醤油、お好みソースや焼き肉のタレ等の調味料がホームセンターにたくさんそろっていて助かった。焼き肉のタレは魔法の調味料だよね。焼けた傍からお肉が消えていく。皆が奪うように口に放り込んでから至福の表情浮かべ、ポトフを食べてからほっと息を吐いている。濃いめの味付けがパンに良く合うと、特に食パンが人気だった。
その後、片づけを終えてから早々に就寝することになった。一応最強の魔術師が魔物除けの結界を張ってくれたのだけど、念のため二人ずつ見張りをすることに。
皆様の素晴らしいレディファースト精神によりまずジニアさんとクラーラが見張りをし、次に私とラズヴェルト様。後は男性陣が二人ずつ数時間交代で朝まで見張りをしていく。
皆が見張りを頑張ってくれているのに、一人だけずっと寝ているわけにはいかないと言って見張りに立候補したラズヴェルト様は相変わらず健気で可愛い。次の交代が来るまでの数時間、私はいかにラズヴェルト様が快適に見張りを務められるかに徹した。
私が用意したジュースやクッキーを抓みながらも真面目に周りを警戒しているラズヴェルト様は本当に尊い。何時間でも眺めていられる。ラズヴェルト様の手を煩わせるものが出たならば、私のチェーンソーと草刈り機が火を噴くことになるだろう。