エビフライが原因で婚約破棄されかけるような私の半生
物心ついたときから、何故かエビフライという食べ物を知っている。
食べたことがない食べ物だったけれど、それがとても美味しいということも作り方も知っていた。
幼い頃に一度だけ、どうしてもエビフライが食べたいと我が儘を言ったことがある。
だけど、家族はおろか料理長でさえもエビフライを知らなかった。
私は、激しい絶望に包まれた。
あんなに美味しいものを食べることができないなんて......
食べられないとわかると余計に食べたくなった。
そこから、私のエビフライに情熱を燃やす日々が始まった。
5歳の時だ。
まずは、各国の食文化についての文献を漁り、エビフライについての記述を探した。
次に、エビについての情報を求め、視察と称して港町に行った。
最後に、揚げ物や揚げるという調理法についての情報を求め、色々な国の料理店を巡った。
しかし、結果は惨敗。
誰も何も知らなかった。
私はまたも絶望に包まれた。
材料どころか、調理法もないなんて......
もう、自分で作り上げるしかない。
そう決心した私は、各国を巡った際に見つけた凄腕の料理人達をスカウトして、エビフライの研究に没頭した。
10歳の時のことだ。
油は領地で制作しているところがあったので、早速取り寄せてフライの練習を始めさせた。
もちろん、エビはないから他の材料で。
さすがは凄腕の料理人。
揚げるという未知の調理法を半年とたたずにマスターしてみせた。
後は、エビを見つけるだけだった。
13歳の時、気がついたらクロウ第一王子の婚約者になっていた。
何でも、他国に率先して視察にいくことや、語学スキルの高さに目をつけられたらしい。
エビフライを探すための旅や勉強のおかげで、第一王子の婚約者という立場を手にすることができたのだ。
エビフライ万歳。
まあ、それはおいといて。そこからはとても大変だった。
クロウ王子の婚約者となったせいで、マナーの授業やお茶会のお誘いが増えたのだ。
貴族令嬢として、第一王子の婚約者として行かない訳にはいかない。
それに加え、エビ探しが難航していたこともあり、ため息をつく回数が増えていった。
ただ、貴族令嬢として、また第一王子の婚約者として、悩みを見せたり、弱みを見せることはあまり誉められたことではないので、外ではため息をつかないように十分注意していた。
そのつもりだった。
なんと、つい、よりによってクロウ王子の前でため息をついてしまったのだ。
しかし、クロウ王子は咎めることなく私を心配してくださった。
「悩みがあるなら何でも相談してくれ。あなたは私の婚約者なのだから」と。
まさか、そんなことをクロウ王子に言われるとは思っても見なかった。
だって、クロウ王子は単なる政略結婚相手としてしか、私を見ていないと思っていたから。
世の中の貴族は政略結婚が当たり前だけど、側室を持つことも許されているので、政略結婚の相手は邪険に扱われることも多いのだ。
跡継ぎさえ生まれてしまえば、政略結婚の相手など気にしないでもいいという風に。
王族だってそれは例外ではない。
身近な例をあげるとすれば、クロウ王子のお父様、つまり現王がそれに当たる。
もしかしたら、クロウ王子は王妃様が邪険に扱われているのを見ていたから、政略結婚の相手でも優しくしようと思ってくれたのかもしれない。
そう考えると、その心遣いが私には嬉しかった。
私だって年頃の女の子だ。
好きな人と夫婦になりたいし、できるならば最期まで側に寄り添いたいと思う。
そう、エビフライにおけるエビとそれを包む衣のように。
クロウ王子が現王と同じような人ならその未来は諦めようと思っていたけど、政略結婚の相手でも心配してくれる人ならば諦めなくてもいいかもしれない。
私は、クロウ王子に一縷の望みをかけることにした。
そして、この日から私はクロウ王子のお言葉に甘えて相談、というかエビフライへの想いをぶつけるようになる。
それからはいろいろなことがあった。
ある漁村でエビが発見されたり、とても数が少ないエビの繁殖に成功したり......
そして、ついに満足のいくエビフライを完成させた!
ありがとう、皆。
ありがとう、娘が奇行に走っているのに何も言わず見守ってくれたお父様、お母様。
ありがとう、料理人の皆。あなた達がいなかったらエビフライは夢で終わっていたわ!
そうやって狂喜乱舞しながら、私はエビフライを頬張った。
瞬く間に時は流れ、ジュリア・オイル、18歳。
クロウ王子との婚儀まで後半年です。
クロウ王子と婚約して早くも五年。
もうすっかり、王子のことを好きになってしまいました。
まあ、当のクロウ王子は私のことを意識していないでしょうけどね。
そうそう、今日は約4ヶ月ぶりのクロウ王子とのお茶会で、遂にクロウ王子にエビフライのお披露目をする日。
婚儀が迫ってきたこともあり、クロウ王子も本格的に忙しくなってなかなか会えなかったので、私自身とても楽しみにしています。
婚儀まで後半年だし、婚儀のことについても話したりするんだろうなとか夢見心地で考えていました。
しかし、何故か、婚約破棄されそうになっています。
「もう一度、おっしゃって下さいませんか?」
私は震える声でそう尋ねた。
今私の顔を鏡で見たら、きっとひどい顔をしている。
「ジュリア・オイル侯爵令嬢。私との婚約を破棄してくれ」
クロウ王子はもう一度ばっさりと言い放った。
頭が真っ白になる。
強く意識を保たないと気絶してしまいそうだった。
私は何をしてしまったのだろう。
お茶会が始まってすぐに、エビフライを御披露目しようとしたことがよくなかったのだろうか。
毎回毎回エビフライのことばかり話されるのはやっぱり嫌だったのだろうか。
それとも、好きな人ができたのだろうか。
「理由は、何ですか」
気がつけば、勝手にそう言っていた。
一つ言葉がこぼれたら、もう止めることなんてできない。
「好きな人でもできたのですか?それなら、その方を側妃になさればいいではないですか。それに、婚儀まであと半年なんですよ。そんな間近に迫っているのに婚約破棄だなんて。
理由を言っていただかないと、私、納得できません」
みっともなくわめきたてる私に、クロウ王子が驚いたような顔を見せたが、すぐに建て直し表情を引き締める。
「理由は、君が一番よくわかっているはずだ」
そんなことを言われても、検討もつかない。
強いて言うなら、エビフライだけだ。
「もしかして、エビフライですか?」
「もちろん。それ以外に何があるんだ」
「やっぱり、エビフライのことばかり話されるのはお嫌だったのですね」
「そうだな。婚約者の昔の恋人の話は、正直聞きたくなかった」
えっと、婚約者の昔の恋人?エビフライの話ではなくて?
「良かったじゃないか。エビフライ、見つかったんだろう?恋人が見つかったのに、愛していない男のもとに嫁ぐ必要はない」
「大丈夫。この婚約破棄は決して君のせいにはしないから。それに、君の実家にも迷惑がかからないようにする」
「この婚約破棄の原因は、そうだな、君の言うとおり私に他に好きな人ができたことにでもしておこう。
幸いなことに私は王族だ。婚約したいという女性は山ほどいるから、その中から適当に見繕えばいいだろう」
「だから、君は何も心配せずに、本当に好きな人と結婚してくれればいい」
思考が、追い付かない。言葉が糸になって頭の中で絡まっているみたいだ。
でも、クロウ王子の言い方だと、まるでエビフライを人間だと勘違いしているような......
クロウ王子がガタリと無造作に椅子を引き、立ち上がった。
「あと一つだけ、最後に言わせて欲しい。私は君が好きだった。
どうか、エビフライと幸せに」
クロウ王子は、今まで引き締めていた顔に悲しげな笑みを浮かべてそう言った。
そして、扉に向かい歩き始める。
え、クロウ王子が、私を好き!?
もしかして、これは夢!?
それでも嬉しい!
いや、ちょっと待って。
そうじゃなくて、クロウ王子はやっぱり勘違いしてる。
これを今すぐに訂正しないと大変なことになる気がする。というか、なる。
「お待ち下さい!クロウ王子!」
クロウ王子がこちらに振り返った。
「あの、もしかして、勘違いしていませんか?エビフライは食べ物ですよ?」
「え?」
「ですから、エビフライは私が世界一愛している食べ物です」
クロウ王子が完全に硬直した。
いつもはキリッと引き締まった顔をしているクロウ王子がこんなに驚きを表情に出すのは、今までなかったんじゃないだろうか。
「えっと、エビフライは、身分が低いがためにオイル侯爵家によって泣く泣く引き離され、存在を秘されたあなたの恋人ではないのか?」
「そんなお話、どこでお聞きになったのですか?」
「社交界で噂になっていた。オイル侯爵家のご令嬢には行方不明の身分の低い恋人がいて、その恋人を探すために各国を巡っていると」
社交界の噂、ね。
どうせ、私を第一王子の婚約者の座から引きずり下ろしたいどこかの誰かさんが流したのでしょう。
「クロウ王子、それは根も葉もない噂です。
社交界の噂は大半が嘘ですから、あまり信じないで下さいませ。
それにしても、クロウ王子は私の話に違和感は感じなかったのですか?」
大体、婚約者相手に恋人の話をする人なんていないだろう。
それに、人間に向けて話すのと食べ物について話すのは全く違うのだから、さすがに気づいても良かっただろうし。
「あまり感じてはいなかったな。どちらかといえば、君の話を聞けば聞くほど信憑性が増していったくらいだ」
いやいやそんなはずない、よね?
確かに、早く会いたいとか、愛してるとかは頻繁に言っていたけど……
あれ、私も悪いかもしれない。
こ、この話を続ける必要はもうないよね!
「まあ、そうでしたのね。
あ、そうだわ!私、今日はクロウ王子にエビフライを食べてもらおうと思って用意してきたんです」
話を少しはぐらかして、メイドにエビフライを持ってくるように頼む。
少しして、とっても美味しそうなエビフライが運ばれてきた。
「これが本物のエビフライですわ。
さあ、どうぞ。お食べ下さいませ」
「あ、ああ」
メイドに毒味をさせた後、クロウ王子がゆっくりとエビフライを口に運ぶ。
「いかがですか?」
まあ、その表情を見れば、大体わかりますけどね。
半年後、私とクロウ王子は無事に結婚した。
婚儀の後のパーティーで出されたエビフライや他の揚げ物は、当たり前だけれど大盛況だった。
そしてこれを機に、国中で食への探求心が深まり、新たな料理がたくさん開発され、この国は食の国として世界に名を轟かせることになる。
X年後
「なあ、ジュリア。私はまだ君に好きだと言ってもらったことがないのだが、私と結婚して無理はしていないか?」
「あら、無理をしているなら五人も子供は作りませんわ」
「いや、それはそうなんだが。なんというか、私は君の口から好きという言葉を聞きたいんだ」
モゴモゴとそんなことを言う夫が可愛く見えて、少し意地悪をしてみたくなった。
「私、無理をしていないとは言いましたけれど、好きだとは言ってませんよ」
そう言われて分かりやすく夫が狼狽える。
そんな頼りない姿でさえも、いとおしく思えてしまった。
どうやら私は思っていた以上にこの人に囚われているみたいだ。
「嘘ですよ。そんなに狼狽えないで下さい」
そう言いながら夫に近づき、夫の耳に口を寄せる。
そして、
「あなたを愛しています」
なんて囁けば、クロウ陛下の顔はエビフライの尻尾よりも真っ赤に染まるのだった。
これは、私が息抜きに書いた短編小説なので粗いところがたくさんあったかと思います。
それにもかかわらず、読んで下さった方、本当にありがとうございました!
では、恒例の登場人物紹介をさせて下さい。
(もちろん読み飛ばして頂いて構いません)
ジュリア・オイル
生まれた時から未知の食べ物であるエビフライの記憶を持っている侯爵令嬢。
食べたこともないエビフライに魅了され、友達もほとんど作らずにエビフライに人生を捧げた。
口に出すことは少ないが、夫にベタ惚れ。
結婚後は王妃として夫を公私ともに支え、三男二女をもうけた。
茶髪に朱色の目をしていて、本人によるとまるでエビフライのような髪と目。
クロウ・エルヴィス
しっかりしていそうなのに、思い込みが激しく、意外とポンコツな第一王子。
社交界に流れていた噂を鵜呑みにし、エビフライを婚約者の恋人だと思い込んだ。
婚約者のことは大好き。特に、エビフライのことについて喋っている姿が一番好き。
結婚後は王となり、妻に公私ともに支えられ、なんやかんや上手くやっている。
もちろん側妃はいない。
黒髪に藍色の目をしていて、凛々しいイケメン。
エビフライ
海老を多量の食用油で揚げた日本発祥の料理である。日本で開発されたカツ料理の一つであり、代表的な洋食料理である。
この世界におけるエビフライは割りと高級料理。
最後にもう一度。
読んで下さった方本当にありがとうございました。