第24章 縁を紡ぐ
宿屋の食堂での夕べは賑やかで楽しい時間になった。
御者二人は気を遣ってか、俺たちとは別に食事を済ませ町へと飲みに出掛けたようだ。
この席には俺たち夫婦とサーシャ、そしてルーカスとソニアの5人が和やかに囲んでいた。
俺はまず最初に『使徒』としての立場をウルマスから語られているルーカスに、使従関係でもないのに『様』付けをやめるように頼んだ。
これから仲間としてやっていく上で、とてもやり難く感じたからだ。
「了解しました!これからは親しみを込めてショーヘイさん、アニーさんと呼ばせていただきます!」
ルーカスは笑顔で俺の要請に快くそう答えた。
勿論、ソニアにも同じように『様』付けを止めるように頼んだが、彼女は笑いながら・・・憧れであり、自身の心の中で畏敬の念を持つ上位種に対しては立場の違いがあるからと拒絶された。
実際、彼女が考えるほど俺たちはそんな大層な者でもないのだが・・・確かにこの中では成人としては一番年下だし、年長者に対する礼儀も弁えもあるのだろうが、俺は苦笑いを浮かべながらも、最後は彼女の意志に任せることにした。
また、ルーカスは、今後は俺たちの『旅』に帯同すると言う。
そうする事で『使徒』としての自分の役目を果たそうと思っているのかも知れないが、彼自身としてしても『縁』を繋ぐことで始まったこの出逢いの先に待つものを見てみたいという衝動に駆られているのは間違いないであろう。
ソニアも同種族の上位種である『ハイドラゴン』に出逢ったことで、興奮と同時に新たな興味が湧き上がったようで・・・このまま一緒に同行したいと言う。
早速、祖父であるエルランドにマジックメールを送っていた。
俺やアニーにすれば、二人の意向を敢えて拒否する理由も無いし、益して心強い仲間が増えるのは嬉しいのだが、そうなるとこの『旅』の目的をいつまでも隠し通す訳にも行くまい。
どこかで、どの機会かで『伝説の黙示録』のことを伝えなければならないだろう。
俺はふたりの顔を笑顔で見つめながらそんなことを思い浮かべた。
魔導馬車に関しても、ここから先のバーラム共和国への道のりも、またアバディーン王国のファーナム経由で最終目的地のロンバルディア皇国のポートルースに至るまで引き続き使うことにした。
もちろん費用は王太女府が賄うとの了承を得ている。
今日マリナからメールの返事が着た。
先日の刺客との接触の件でいろいろと裏付けを取っていたようだが・・・まだ真相には至れていないようだが、不穏な動きがあることを事前に察知できたことには感謝された。
王宮も一旦は落ち着いたと言え、まだまだ根底にあるドロドロしたものは蔓延っているようだ。
食事をしながらの楽しい会話の夕べはまだまだ続いていく。
「サーシャ、これキライ!」
「ニンジン嫌いなんだぁ~サーシャ様は!あはっ」
ソニアは、フォークでニンジンを刺し、これ見よがしにみんなに指し示すサーシャに笑いながら訊ねる。
「うん、キライだよ~~美味しくないもん!イヒッ」
「ダメです!それはサーシャが元気な子になる為に食べなきゃいけない大切な食べ物なのですよ~好き嫌いする子はイケナイ子なのです。だから頑張って食べようねぇ~!」
どこか変に自慢げに誇る彼女に、アニーは母親らしく目元を引き締めながら厳しさの中にもどこか優しく諭した。
そんなアニーに釣られるかのように俺も続いて言葉にした。
「そうだぞぉ~好き嫌いはいけないよ!大きくなれないぞぉ~ははっ」
「じゃあ~おとうさん・・・頑張って食べたら、サーシャもお姉ちゃんになれるかなぁ~?」
「えっ?!うぅ・・・」
「・・・・」
「あははっは・・・」
俺はそのサーシャの予想だにしない言葉に呆気に捕らわれ、アニーは何故か恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべながら俯いてしまった。
ルーカスもソニアも、サーシャに翻弄されるそんな俺たちの素振りに腹を抱えて笑っていた。
そんな他愛もない、賑やかで和む時間が暫しこの空間に流れていった。
・・・・・・・・
「ところで・・・ショーヘイさん、遂今しがたギルドで面白い話を耳にしたんですよ~」
先程の笑いの余韻を引き摺ったような笑みを浮かべながら、ルーカスは実践するかのように俺の名を呼び、テーブルへと体を少し前のめりに乗り出した。
「うん?・・・面白い話って?」
「それがねぇ~・・・このバンドールに不思議な冒険者が訪れているみたいなのですよ!」
「不思議・・・なのですか?」
ソニアはルーカスのその言葉に、俺よりも早く反応した。
ルーカスは手振り身振りで、この席にいる全員を見渡しながら聞き齧ったことを口にした。
「そうなんだ!何がどう不思議なのかは詳しく聞けなかったけど、とにかく変わった魔法を使うマジシャンがいるみたいだって・・・地元の誰もが知らない者みたいでさ、流れの冒険者かもって噂になっていたんだよ。それも飛び切り美人の女性らしいんだけどさ~・・・それが顔に似合わず桁違いに強いの何の一瞬で魔物を消滅させてしまったとか評判になっていたんだぁ~!」
「それ単に美人ってことに興味が湧いたんじゃないんですか?あはっ」
「そうかも~・・・って、それは無いわぁー!」
ソニアは揶揄うようにルーカスへ皮肉った笑顔を向ける。
そんな彼女に対し、彼は頭を掻きながら苦笑いを返していた。
俺は、そんなふたりのやり取りとは別に『桁違い』という言葉に興味をそそられらた。
「へぇ~そうなんだ!でも、その桁違いに強いって言う美人のマジシャンってさ~・・・それはメイジとかウィザードみたいな魔術士系の職業なのか、それとも通り名のような例え方なのかな?」
『マジシャン』=『魔法使い』と捉えるべきなのか・・・俺は総称的なその呼ばれ方にも、また不思議な魔法を駆使するという事にも、彼女が何者であるのか妙に拘りを抱いてしまった。
ルーカスは俺の疑問に頷きながらも、明確な答えは持ち合わせていないような表情を浮かべた。
「実際、会ったわけでもないので、そこまでは判りませんが、何せマジシャンと呼ばれているようだし、魔術スキルを得意とする魔術士系の職業に就いている者かも知れませんねぇ~・・・」
「なるほど・・・でも興味あるなぁ~ははっ」
「職業もですけど、魔術と一括りに言っても『属性』はたくさんありますよ~・・・何がお得意な方なんでしょうね?」
アニーも興味を惹かれたのか、サーシャの食事を見守りながら笑顔を見せ、そう言葉にして会話の輪へと加わった。
確かに『地属性』『水属性』『火属性』『風属性』『光属性』『闇属性』『無属性』など多種多様な属性が存在する。
俺やアニーのように総ての属性に適用力のある存在など希少なのだろうが・・・魔法適性のある者なら、どれかに各当する適用力のある属性は持っている。
以前の仲間で例えるならフローラは『火属性』、クロエは『光属性』などというように。
上位種であるルーカスは、その辺りどうなっているのかは不明だが、複数の『属性』を会得している可能性が高いかも知れない。
それも付き合っていくうちに自然と判るだろうが・・・
「どうなんでしょうね?・・・もしショーヘイさんとアニーさんがバンドールに少し滞在されるお積りがあるなら、そのマジシャンと呼ばれてる彼女をその目で確かめられたら如何ですか?ははっ」
「それも面白そうだけど、そんなに運良く出会えるものかなぁ~ははっ」
確かにこの『旅』を続けて行く目的は、ウルマスに出会ったことで『伝説の黙示録』の上に『使徒』探しが加わったのは事実だ。
そして彼は『この旅を続けることですべての使徒に出会える可能性がある』とまで言ってくれた。
『縁』が繋いでいく『偶然』を装う『必然』なる出逢いは思いがけぬことから広がっていく・・・だから興味を抱く全ての事柄に妙に気持ちが、心がそそられてしまう。
「何か適当な簡単なクエ請けて、パーティーに誘ってみるのも良いかもですねぇ~・・・そんな都合の良いのがあればですけど!てへっ」
「それイイかもなぁ~・・・明日あたりどうですか?」
ソニアの活き活きとした顔から放たれた提案にルーカスは素直に頷いた。
先日の接触はあったが、彼女も本来は冒険者である・・・そろそろ体が疼いてきてるのかも知れない。
そんなソニアが可笑しくなってしまい俺は笑ってしまった。
「早速だなぁ~・・・ははっは」
「バンドールの街のすぐ外れにダンジョンがあるんですよ!そんな高位ダンジョンではありませんが、それなりに手応えのある魔物が出てくるので、けっこう冒険者の間では人気になっているんですよ。遠征の手間も省けるから手軽に行けるし、Lv相当の階層分けがしてあるので気さくに挑戦できますしね・・・行ってみるならそこがお薦めですね!」
「なるほど・・・」
「それにショーヘイさんも俺を観察しておきたいでしょ?ははっ」
「うぅ・・・確かに・・・でも、それはお互いさまでしょう?これからの事もあるしさぁ~ははっは」
ルーカスの言葉は最もだと思う。
お互いがお互いを知っておかなければ、今後遭遇するであろう色んな出来事の対処の仕方に戸惑うのは明白だ。
ここは彼らの意見に従って、少し逗留するのも良いかも知れない。
不思議な女性が何者かは判らないが、こんな話題がここで出る事自体・・・まんざら無関係でやり過ごす話でもないのであろう。
彼女と『縁を紡ぐ』のも悪くないだろう・・・何故か俺にはそう思えてしまった。
【付記】
魔法の属性に関しては前編「この世界の理」編の『第43章 図書館司書』に少し内容を記載しています。
参照してみて下さい。




