第21章 時の監視者
雲ひとつない五月晴れの澄み切った空の下、並木の青々とした葉が爽やかな風に吹かれゆらゆらと揺れている。
目にも鮮やかな光景のひとコマが窓越しから映える。
そんな他愛もない景色を見つめながら季節が春から初夏へと移ろいでゆく様相を感じ取ってゆく。
「もう夏が近いんだぁ~・・・」
「夏?・・・夏ってなぁ~に?」
アニーは風景を眺めながら、ふと独り言のように呟いた。
サーシャはそんな母親が口にした言葉を不思議そうな面持ちで首を傾げる。
「夏はね・・・サーシャが生まれた季節なんだよぉ~」
「ふ~~ん・・・サーシャのお誕生日かぁ~イヒッ」
「そうねぇ~もうすぐ、サーシャも3歳になるんだよぉ~・・・本当に早いよねぇ~」
「うん!サーシャねぇ~・・・シェリルみたいにおねぇーちゃんになれるかな?」
「あはっ、どうだろう?・・・お父さんに頼んでみる?サーシャもお姉さんになりたいのって!」
「うんうん!おとーさんに頼んでみる!!イヒッ」
その親子の可愛くも和む会話に御者二人も満面に笑みを浮かべている。
アニーはサーシャと御者2人の4人で、役所へと入って行ったショーヘイとソニアの帰りを待ち侘びながら食堂で時間を流していた。
すでに小一時間ほどこの場に佇んでいる。
役所内でどんな会話が為されているのか気になるし興味もあったが、今はそんなことを考えていても仕方がない。
話の内容は後ほどショーヘイが教えてくれるだろうし、自分は自分で為さなければ為らぬことをすべきだ。
潜んでいるかも知れない密偵や刺客が、主人やソニアが居ないこの機会にと姿を現す可能性が無いわけでもないし、いつ如何なることが起こり得ても、それに対応しつつサーシャを守らなければならない。
それが今自分に課せられた責務だと・・・アニーはそんな風に改めて自分自身に言い聞かせた。
「アニー様、我々は馬車で待機しておりますので、その辺を歩いてこられたら如何ですか?」
御者の一人が手持無沙汰で退屈そうにしているサーシャを気遣いそんな言葉を掛けてくれた。
「あ、そうですねぇ~・・・お気遣いありがとうございます」
「いえいえ、仕事であるにも係わらず、こうやってのんびりさせて貰えて感謝しています。私共はお気になさらず、為さりたい事を為さって下さい!」
二人の御者は笑顔でアニーに感謝を込めた一礼をした。
魔導馬車を頻繁に使う王侯貴族の中でも高飛車な者たちからは、まるで従者か奴隷のように扱われることが多いのかも知れない。
きっとこういう待遇をされることは稀なのだろう。だから彼らは彼らなりに嬉しく感じているのであろう。
「じゃあ~~お言葉に甘えて少し散策させてもらおうかなぁ~あはっ」
「そうですね。それが宜しいかと思います!」
「サーシャも歩きたぁ~い!行こう、行こう~♪」
「サーシャ様、お母さまの手を離したらいけませんよぉ~」
「はぁ~~~い!」
サーシャは御者の言葉に元気よく手を挙げた。
ここには微笑ましくも心休まる柔らかな時間が流れていた。
・・・・・・・
一方、役所の執務室の中では、3人の男女が見えぬ話に膝を突き合わせていた。
「存在意義ですか?・・・」
「そうです。ハイヒューマンとハイエルフの存在意義です!それも過っての・・・そうですねぇ~ヒュウガ様ご夫妻とクガ様ご夫妻が持っておられる存在意義が違っているように感じられます。たぶんそれは背負われているものが違うからなのでしょうが、その辺り、私が感じたことも含め少しお話をさせて戴こうかと思うのですが?・・・」
「その感じられた事がわたしには判りませんが・・・何がどう違うのかお聞かせ願えれば幸いです!」
ウルマスのその言葉に俺は少々戸惑いも覚えたが、どうしても聞いてみたいという衝動に駆られた。
過って、ホランドや名誉館長のクロフォード、それに英雄ジロータやシフォーヌ、精霊ヨトゥンから『この世界の理』についていろいろ話を聞かされそして学んできた。
その中で、自分なりに自問自答を繰り返しながら噛み砕いてはいるものの・・・正直なところ自分自身がどう進むべきなのかまだ迷いもあるし、未来に示される道もハッキリ見えて来ない。それにも益して、ハイヒューマンとして背負うべき『役割』についても暗中模索状態である。
それは焦らなくても悠久の時を流す中で自然と見えて来るものかも知れないが・・・ウルマスが今、どのように感じ、何を言わんとしているのかは想像も出来ないけれど『存在意義』という言葉には興味を惹かれてしまう。
「はい。まずはご自身もすでにお気付きになっておられるでしょうし、アドリアの長老や賢者からお話もアドバイスもお受けになっていると思われますが・・・上位種『ハイドラゴン』を生誕させるこの地を守る者として感じたことを述べさせて戴くことにしましょうか・・・」
「はい・・・」
「私が申したハイヒューマンとハイエルフの存在意義というのは、先程申し上げたように過って存在された、そして存在されている方々の意義とクガ様ご夫妻が持っておられる意義が違うということです!」
「それは『役割』が違うということでしょうか?」
「クガ様が言われている『役割』が何なのかは私共には判断しかねますが、私が感じた違いは3点ございます!」
「3点ですか・・・」
正面に座るウルマスは指を3本示しながら俺を見つめた。
そして俺の言葉に二度ほど頷きながら言葉を続けた。
「そうです。まず1点目は・・・『理』を越えて血脈を残されたこと。これは古より不変とされてきた真理を自ら『縁』を繋げることで越えられたことです。そこに『神の意志』があったのかどうかは判りませんが、それはこれまで脈々と受け継がれて来た既成概念と固定観念をものの見事に打ち破られ、新しい風を吹き込まれた・・・所謂次なる『理』を創られたこと。これは過っての誰もが無し得なかったことです!それは何故か・・・誰も『理』が変わる、変えられるものであると考えていなかったからです」
「はい。そうかも知れません・・・ただ進む先々で繋がった『縁』がそうしろと示してくれたように思っています」
「なるほど・・・きっと、それがあなた方お二人に与えられた使命であり運命だったのかも知れませんね~」
「『運命』とか『宿命』とか重たい言葉は苦手なんですが、立ち止まること無く進む未来に広がる世界は素直に受け入れるつもりでいます。ただ、正直に言えばまだ何も見えてないですけど・・・」
俺は頭を掻きながら苦笑いを浮かべ、隣で黙って話を聴いているソニアと正面のウルマスを交互に見つめた。
ソニアはそんな照れ臭そうな仕草の俺に優しい笑みを返してくれた。
「うんうん、そういう謙虚な素直さと許容力は大切なことです。ははっ」
「だといいですが・・・」
ウルマスは本当に優しい目をして俺を見つめている。
それが余計に照れと恥ずかしさを増さしてしまう。
そんな表情の俺に彼は笑みを浮かべながら話しを続けた。
「話は逸れましたが・・・2点目ですが」
「はい・・・」
「それはこの地を訪れになったことです。そして『ハイドラゴン』の実在をお知りになられたこと!」
「それを知ったことが、わたしの存在意義とどう結びつくのでしょうか?」
「それは・・・ハイヒューマンとハイエルフの『理』における位置づけです。お二人の存在は上位種に君臨する『王と妃』と単純にお考え戴ければ判り易いかと思います」
「えっ?!『王と妃』ですか?・・・」
「そうです。『ハイドラゴン』はお二人の『使徒』なのです!」
「えぇーーーーー!」
俺はウルマスの言葉に大きな声を上げてしまった。
その内容が予想だにしなかったこと以上に驚愕でしかなかった。
「驚かれるのは無理もありませんが、ハイドラゴンは『使徒』としてお二人にお仕えするのが本来の『役割』なのです。伝聞として残っているのですよ。それを本能的に知っておられた過ってのハイヒューマンとハイエルフがこの村に立ち寄られた形跡も言い伝えとして残っております。しかし、残念ながら、その時には『ハイドラゴン』の存在はありませんでした。ですが、お二人が訪ねられた今・・・その者が実在しているのです。この意味が解りますか?」
「いえ、話全体が上手く呑み込めません・・・」
理解しようにもどう解釈して良いのか正直戸惑った。
そんなことは百も承知して語ってくれているのであろう・・・ウルマスの優しい笑みは絶えることは無かった。
「さもそうでしょう!私も半信半疑なのですから~・・・ですが、過去になかった事象が起きているということです。ハイヒューマンとハイエルフに『ハイドラゴン』が繋がった時代が来たのです!」
「でも・・・悠久の時の中では重複して存在することは可能だったのでは?・・・」
「当然ですよねぇ~過去にも何度か生まれていますので、重なったことはあるでしょうが・・・出会えて無いのですよ。出会えて無い意味が判りますか?」
「『縁』が惹き寄せ合っていないから繋がらなかったと言うことですよね?」
俺の返答にウルマスは大きく頷いた。
「その通りです!だから過去は『使徒』としての役目をこなしていないということです!」
「でも・・・何故『ハイドラゴン』がわたしたちの『使徒』なのでしょう?』
疑問はそこに尽きる。
王や妃以上に『使徒』という言葉の意味の不明瞭さが咀嚼できない。
「ハイヒューマンとハイエルフは何もなければ1000年という悠久の時を流されます。しかし『ハイドラゴン』は一般種族と同じような寿命しかないのです。ただ高能力保持者であるというだけなのです。だから単独では『時の監視者』にはなれませんし、同じ意を汲む上位種がいないと『大厄災』にも立ち向かえません。だから仲間として『使徒』として『時の監視者』であるハイヒューマンとハイエルフに使え導かれるのです!」
ウルマス・アールグレーンは、そこまで説明すると言葉を一旦切った。
そして俺の反応を確認するかのようにじっと見つめてきた。
俺は沈黙したまま少し目を閉じた。
『時の監視者』として時を刻むことが、俺とアニーの上位種としての『役割』なのだろうか・・・『縁』が惹き寄せ合う不思議さをまた思い知らされた気分だ。




