第20章 存在意義
「えっ?!」
「・・・・」
不思議な笑顔の向こう側から彼がさらりと語るその言葉に一瞬思考が止まった。
隣に座るソニアも驚いたように口をポカンと開けている。
竜人族の彼女にとっても上位種の存在は伝聞であって、まさか実在するとは思ってもみなかったのだろう。
次の言葉を繕うまで、暫し沈黙の空間と時間が漂った。
「それは・・・『ハイドラゴン』がすでに生まれているってことでしょうか?」
「そういうことです。この世界に、この時代に『ハイドラゴン』は存在しているのですよ!」
ウルマス・アールグレーンは、俺の反応を確かめるかのようにじっと目を見つめてきた。
竜人族の上位種の存在を明言された時は、自分たちのことを考えれば、そういう種が存在していても当然だと思っていたので別段驚きもしなかったが、『ハイドラゴン』がこの世にすでに実在していると告げられたことは、全く予想だにしなかったことで、それはもうソニアだけでなく俺にとっても衝撃の思いでしかなかった。
たぶん驚きを隠せず目が点になっていたのだろうと思う。
ウルマスは、そんな呆気に捕らわれた表情を浮かべる俺たちを楽しむかのように言葉を続けた。
「突然変異の子として生を受けて20数年が経過しております。そうですなぁ~丁度、クガ様とは同年代かと・・・」
「そ、その方は・・・この村に居られるのでしょうか?」
俺が問うよりも早く、ソニアは彼にそう訊ねた。
同じ種族としての興味がそう言わしめたのだろう。
「いえ、今はこの村には居りませぬ。私の指示でルクソニア公国の首都バンドールに行かせております!」
そんなソニアにウルマスは優しい笑みを浮かべ言葉を返した。
「そうなのですか・・・残念です!」
会えるかも知れない・・・一瞬そんな思考が駆け巡ったのだろうか、ソニアはウルマスの返事に無念そうに肩を落とした。
そんな彼女を傍目に見ながら俺は彼に訊ねた。
「それは何か任務のようなものでしょうか?・・・」
「任務というより世間を知る為の勉強ですかな・・・『彼を知り己を知れば百戦殆ふからず』とか昔から申しますでしょう。まずは上位種としてだけでなく、ひとりの人間として、いろんな経験と見識を身に着けて貰いたかったのです」
「なるほど・・・」
元の世界で聞き知った古の謀攻として語られる孫子の一節・・・
転移者が伝えたのかどうかは定かではないが、この世界でもひとつの名言や格言として語られていることが俺には可笑しく思えたが、それは物事を捉える上では真理だと今更ながらに感じさせられた。
高能力保持者になればなるほど、得てして自分の能力の高さに己惚れてしまい他人が見えなくなる。
いや見えなくなるのではなく、正確には見ようとしなくなるのである。
それは上位種を例えて言っているのではなく、ハイレベル者やハイスキル保持者、それに高ランク冒険者などもそれに当る。
それは昨夜の刺客の件も、過去に経験したゴブリン掃討戦でも然りだ。
相手を知りもせず舐めると、範疇を越えたとんでもなく悲惨な結果を招く。
そういう戒めの為にも、いろんな経験をすることで視野を広げさせるということは道理に適っていると思えた。
「実を申しますとなぁ~・・・」
「はい・・・」
「その『ハイドラゴン』というのは、私の息子なのですよぉ~ははっは」
「えっ?!」
「はぁ?!」
ウルマスは、そう言って高笑いすると照れ隠しのように頭を掻いた。
俺も肩を落とし気味に俯いていたソニアも、ウルマスのその言葉に目を見開いた。
もう唖然とする以外なかった・・・次から次へと彼が語る言葉は驚きの連続である。
そんなふたりに対し、反応を楽しむかのような彼は、にこやかな笑みを絶やすことはなかった。
「どういう因果かは判りませんが、私の息子としてこの世に生を受けました。これは、クガ様が最初に申されたように公表も記録もなされておりません。だから『ハイドラゴン』の存在そのものを知っているのは極僅かな身近な人間だけです。もちろん公王陛下のお耳にも今だ届いておりませんし、今のところお伝えしようとも考えていません。だから・・・新たにクガ様とソニアさんが、その事実を知った程度なのですよ。ククッ」
俺はウルマスの意図する考え方が解った気がした。
そして、自分が身を置く境遇と重ね合わせ乍ら何度となくその言葉に頷いた。
「あぁ・・・その意図される事は朧げながら理解できます。わたしと妻が上位種であると知っている人間も極僅かです。実際、アドリア王国には封印状態を維持されたままですが、ジロータ・ヒュウガ様が平和の守護者として、そしてシフォーヌ・ヒュウガ様が魔術界の頂点として存在されています・・・なので、わたしや妻が表沙汰になることはありません。そのお陰で普通の生活を送れていますし公表もされていませんから誰かに利用されるようなこともありません。秘密保持戴いている方々には本当に心から感謝しています!」
「うんうん、全くそうですね。私も息子が『ハイドラゴン』であることをこの国に『大厄災』が降りかかるような事が起こるまでは伏せておくつもりです。権力闘争や隣国との戦など無用な血を流す場へ利用されることがあってはなりません!上位種とはそういう個々の利害の為に存在しているのではありませんから・・・」
「はい。その通りだと思います。そのお言葉・・・わたしも肝に命じておきます」
俺は彼のその捉え方に共感し大きく頷いた。
ウルマス・アールグレーンの言わんとすることは真理だ。
その考え方に何ひとつ異議を挿むことなどない。寧ろそうあるべきなのだ。
この世界における上位種の存在は個人の利害の為にあるわけではない。
それは英雄ジロータ・ヒュウガが身を挺して守る平和・・・彼の存在なくしてアドリア王国だけでなく、この世界の平和な時間と空間は有り得なかっただろう。
大袈裟かも知れないが、今の生活を享受できている一部分は彼が守護を担ってくれているお陰だと言っても言い過ぎることでは無いと思う。
ウルマスが言うように『大厄災』が降りかかった時の為に、俺たちは神から存在を許されているのかも知れない。
そして、まず最初にそれに立ち向かわなければならないのは上位種の俺たちなんだ・・・それは、ただ単なる突然変異として存在するハイスペック能力保持者ではないということである。
改めて自分の存在意義を思い知らされた気分になった。
今回の『伝説の黙示録』探しの旅もその一環なのかも知れない。
それは単にマリナの意向、そして牽いてはアドリア王国の健全なる保持の為だけの行動ではない。
シュトラウスが神に授けられた言葉・・・そこには何が記されているのか、それは誰にも解らない。
しかし利害関係でその『黙示録』を誰かが悪用することがあってはならない・・・そのマリナの主旨は俺には理解できる。
それは単なるアドリア王国だけでなく、この世界に『厄災』として起こってはならないこととして繋がって行く。
そして彼女はこうまで言った。
『妾の目の黒い内は絶対にそんなものを利用しない。そして妾亡き後の世でもそなたらが居る限り、それを防ぐこともできる』
その為の抑止力が俺たちなんだと・・・それが上位種としての責務なんだと実感もさせられた。
それが悠久の時の中で『監視者』として時間を流して行かねばならない『理』のひとつなんだと思う。
・・・・・・・
「『ハイドラゴン』である息子の名をルーカス・アールグレーンと申します。現在は自分の意志で制御できるようになっていますが、生まれた時に背中に小さな翼が生えていたのです。これが上位種の証となります。産婆さんなどは退化とかしか思っていないでしょうが、知る者が見ればそれが何を意味するものなのか解るのです~ははっ」
「あぁ~生まれた時に特徴があるのは聞いています。ハイエルフも銀髪であると以前教えてもらいました」
「そうですね~・・・一般の者とは違う特徴が現れるのです!」
「えっ?!・・・アニー様は金髪蒼眼ですけど?」
ソニアはハイエルフの外見的な特徴を知らなかったのだろう。
俺の銀髪という言葉に微かな疑問を抱いていた。
「あぁ~~あれは先程村長が言われたように『覚醒』を自己制御しているんだよ~・・・普通の生活を送るのにエルフが銀髪では都合が悪いしね。もちろんサーシャは封印を掛けているんだけど!」
「なるほどです。納得しましたぁ~!てへっ」
「奥方様はさぞお美しいんでしょうなぁ~・・・ハイエルフは『美の女神』に例えられますし、今ここに居られないのが残念ですよぉ~!ははっは」
「お美しいですよぉ~言葉にできないぐらいに!・・・もうねぇ~同じ女性として羨ましいとか言う以前の問題です。次元が違っていますから~あはっ」
「おいおい・・・」
話が本題からズレだしたと思いながらも妻を褒められるのは嬉しくも有り、無性に照れ臭かった。
「さもあらんや~~目の保養に一度お出会いしたいものです。『覚醒』されたお姿など見たものなら『神懸り』過ぎてその場に跪いてしまうとか聞いておりますよ・・・ふははっ」
「へっ?!『覚醒』されたらもっと美しくなられるのですかぁ~?・・・あぅ」
ソニアに至っては数日を共に過ごしているし興味が更に湧くのは分からないでもないが、ウルマスも見たことのないハイエルフに対しての興味はあるようだった。
「それは少し話が誇張され過ぎだけど・・・美しいという観念は人様々だから解らないけどさ、雰囲気は全くの別人になるよ。それより・・・ハイエルフの妻よりわたしは『ハイドラゴン』の息子さんに興味が尽きないんですけど・・・ははっ」
俺は苦笑いを浮かべながら脱線した話を本筋に戻したいと思い、正面の笑顔のウルマスと隣に座るソニアへとそう言葉にしながら交互に視線を移した。
「そうでした~そうでした!奥方様には後ほどお出会いさせて貰うとして・・・息子というか『ハイドラゴン』の存在意義についてクガ様にお伝えしなけばならいことがありました!」
「どういう事でしょうか?・・・」
俺の返事にウルマスはやおら姿勢を正し、正面の俺へと体を乗り出すように語りだした。
「まだそこまではお知りになっておられないものとしてお伝えしておきますかな!」
「はい・・・」
『それは・・・この世界の理に於いて、ハイヒューマンとハイエルフが存在する意義と位置付けにございます!』




