第19章 竜王の存在
疲れた。本当にこの上なく疲れた。
心底疲れてはいるのだが眠気が襲ってくるわけでもなく、神経がピーンと張り詰め尖っているのが自分でも感じ取れる。
俺もアニーも、そしてソニアも昨夜の出来事でよく眠ることが出来なかった。
魔導馬車はそんな俺たちを乗せて『竜人族の村』を目掛けて走ってゆく。
到着は何事もなければ昼過ぎの予定となっている。
整備の行き届いた街道は旅程を狂わすこともなく馬車をスムーズに走らせる。
ルクソニア公国もアドリア王国に負けず劣らず主要街道の整備には余念がないようだ。その裏返しは軍隊の移動という思惑も見て取れるのだが・・・
俺たちはと言えば・・・
暖かかな陽気とリズミカルに刻まれる震動に誘われるかのよう、うつらうつらとはするものの・・・小石を弾くような些細な震動や、カーブを曲がりゆく微かな揺れでさえもすぐに我にと戻されてしまう。
サーシャはそんな俺たちを幼いなりにも気遣っているのか、ひとり車窓から流れゆく景色を座席にちょこんと跪き黙って眺めていた。
そんな娘が愛しく思え構ってやりたいと思う反面、肉体的にではなく、精神的な疲労にどっぷりと蝕まれてゆくのを止めることができない。
魔物にではなく、人間に対し剣を向け、そして斬り掛かるという初めての行為に・・・一度昂ってしまった神経を解すには、まだまだ時間を要しそうだ。
結局、アニーに回復された男たちは這々の体でその場を立ち去った。
感謝をされたい訳でもないが、彼らを殺めなかったことは、あの場での判断としては最善だったと思っている。
他の野宿する者たちへの干渉も被害もなかったことは幸いであったし・・・それにも増して、騒動に気付いた者たちにその場を目撃でもされていたものなら、どんな話になって伝わっていくか判ったもんじゃない。
そう考えるとベストな落とし何処であったのだろう。
それは戦闘が一太刀、それもわずか数秒で決したことがすべてだった。
相手を驚愕させ、そして怯ますにはこれ以上ない結果を導き出せた。
彼らが今後、どんな行動を起こすのかは判らないが、昨夜のような安直で無謀な行為は二度としてこないであろう。
ただ、男が言っていたように監視という任務は継続するに違いないだろうが、それは何も彼らだけに限ったことで無いかも知れない。今回の俺たちの目的を探りたい別の密偵が、すでに尾行している可能性も当然否めない。
もしかしたら、昨夜の出来事を密かに目撃していたやも知れないし・・・そういう中で、こちらの実力を垣間見せたことは、今後、俺たちに関与しようとする輩たちの行動に何かしらの変化と修正を与えたのではないだろうか。
立ち去り際に男が吐いた言葉・・・
「第一王子に注意しろ・・・」
それが彼らの雇い主であることは、その言葉だけで理解できた。
刺客なり暗殺者の立場からしてみても、命を助けられたことを恩に着るような相手ではないが、それでも最後にそんなひと言を口にしたということは、彼らの中で俺たちの存在そのものの位置付けが変わったんだろうと思う。
取り敢えず、男たちから言質を取ったことはマリナにはマジックメールにて知らせておいた。
追放された第一王子が国王や王太女のマリナに対し怨恨の感情を持っていても不思議でも無いが、そんな自己の言動を顧みず相手を逆恨みするような輩であるからこそ、父である王も泣く泣く決断したということが理解できないのであろう。
しかし、彼が今回の『伝説の黙示録』探しに首を突っ込んでくると言うことは・・・宮廷内に内通者がいると考えて間違いないと思われる。
一見平和そのもののアドリア王国も、水面下の暗部ではドロっとした思惑や策略が渦巻き揺れ動いているのかも知れない。
何にせよ、今後も想像もつかない不測の事態に出くわす可能性は高いということである。
それなりの覚悟はしておかないといけないのであろう。
・・・・・・・・
途中に休憩を挿みながらも寸分の狂い無く昼過ぎには『ドラゴンタウン』と称されるルクソニア公国の『竜人族の村』へと辿り着いていた。
聞いていた以上に大きくて賑やかな村だった。
『村』ではなく、ちょっとした『町』という感じがする。
建物も密集し、商店街らしき通りも見受けられ、田畑の中に家々が散閑する長閑で時間の流れを感じさせない田舎の風景はそこにはなかった。
馬車は通りを抜け、役所らしき建物に向かう。
疲労が抜け去ることはないが、俺たちの到着を待ってくれている筈であるこの村の村長であり族長であるウルマス・アールグレーンをまず訪ねることにした。
アニーとサーシャ、そして御者二人は役所近くの食堂で休憩させることにし、相手の族長とも面識があるというソニアには、疲れているところ申し訳なく思ったが俺に同行してもらうことにした。
白壁の立派な建物の玄関をくぐり、村長の待つ役所の中へと入って行く。
係の女性に案内され、ウルマス・アールグレーンの待つ部屋へと通された。
コンコン・・・
「お客様をお連れしました!」
「どうぞ~お通ししてくれ!」
「はい。どうぞ~こちらへ!」
ドアをにこやかな笑顔で開ける女性に軽く一礼しながら俺たちは部屋の中へ進んで行った。
「お待ち致しておりました!さぁさっ、こちらへこちらへ!」
俺とソニアに優しい笑顔をくれた族長は、想像していた以上に若く見える。
長命種の実年齢と容姿は実際よく呑み込めないが、老人と呼ぶには早すぎる中年の・・・それも今が一番油が乗り切っている年代の人物に見受けられた。
黒髪で身長も高く筋肉質のガッシリとした体型が余計にそう思わせたのかも知れない。
俺たちは誘われるがままにソファーへと腰を下ろした。
「アドリア王国の至宝にお会いできることはこの上なく光栄であります。よくぞ参られました!この村の村長をしておりますウルマス・アールグレーンでございます。以後お見知りおきを願います!ははっ」
開口一番、彼は俺の顔を笑顔でじっと見つめ挨拶をくれた。
あまりにも丁寧な言葉遣いに逆に恐縮してしまう。
俺はすぐさま立ち上がり返答をした。
「お忙しい中、こんな機会を作って戴き感謝の念に堪えません。わたしはショーヘイ・クガと申します。本日は宜しくお願い致します!」
そんな俺の挨拶に彼は爽やかな笑みを浮かべていた。
そして隣に座るソニアへと視線を移した。
「ソニアさんもようこそ!久方ぶりになりますが、スッカリ女性らしくなって驚いています・・・本当に綺麗になられましたなぁ~・・・おいくつになられたのかな?ははっは」
「お、お久しぶりです・・・じゅ、18歳になりました!」
ソニアはウルマスのお世辞とも思えぬその言葉に、少し口籠り気味に返事をし、恥ずかしそうに頬を染めて俯いてしまった。
「なるほど・・・花も恥じららうお年頃ですかなぁ~」
「・・・・」
「うんうん。女性はしばらく会わないと見違えるほど変化されますなぁ~ははっは」
「・・・うぅ」
女性は照れると、決まってこういう仕草をするのだろうか・・・
俺はソニアの表情がアニーに被さってしまって可笑しくて仕方がなかった。傍目から見てもとてもいじらしくて可愛いと思ってしまう。
ウルマスも目を細めながら微笑んでそんな彼女を見ていたが、我に戻るかのように急に俺の方へと向き直り口を開いた。
「さてさて、本題と参りましょうか!エルランド・ドラゴニス村長から大体のお話は聞いております。何やら竜人族の上位種について、私にお訊きになりたいとか・・・でしたな?」
「はい。どうしても各種族に上位種が存在するのが当たり前のように思えまして・・・それが、また記録として公開もされていないようですし、『この世界の理』を研究する一学芸員としてもその辺りのことを深く知りたいと思っています。それで族長に竜人族のことを少々お訊きしてみたいと・・・本日、不躾乍らもドラゴニス村長にご紹介を戴き、この村へと寄させてもらった次第です」
「なるほど、竜人族の上位種『ハイドラゴン』の存在についてですか・・・どこからお話すれば良いのか迷いますねぇ~」
ウルマスは苦笑いを浮かべながら顎に手をやり、ひとしきり考えるような素振りを見せた。
どこから切り出すのが一番良いのかと思案してくれているようだ。
無知な者に理解し易いように説明するのは難しくて当たり前である。
そんな彼にエルランドから聞き齧ってることを俺は伝えた。
「はい。過ってこの村の出身者にドラゴンに変化できる方が存在したと聞いております。その方がハイドラゴンだったのかどうかお教え願えたらと・・・その方のことが、アドリアの竜人村に言い伝えとして残っているそうです」
「ふむ・・・その伝聞をドラゴニス村長からお聞きになられているのですね?」
「はい・・・」
「それなら話は早いですなぁ~・・・結論から言いましょうか?どうですか?」
ウルマスは少し前屈みにテーブルの方へと体を乗り出し、俺の顔をじっと興味深げに見つめた。
「はい。お願いします!」
「竜人族の上位種である『ハイドラゴン』は存在します!それもこの村にのみ生まれる『理』になっているのです!!」
俺の返事に頷きながら、彼は竜王の存在をキッパリと明言した。
その言葉は別段驚きではなかった。各種族に上位種が存在しない方がどう考えても摂理に反していると思っていたからだ。
ハイエルフがアドリア王国の『エルフの森』でしか生まれないように、『ハイドラゴン』も生まれる場所がこのルクソニア公国の『竜人族の村』と限定されているのだろう。
「やはり・・・存在するのですか!」
「そうです。何百年に一度、突然変異のようにドラゴンに変化できる『ハイドラゴン』が生まれるのです。それは過去への退化ではなく、明らかに上位種としての高能力保持者です!」
「なるほど・・・」
「もっと衝撃的なことをお教えしましょうか?」
彼はニヤリと笑みを浮かべ、俺の興味を擽るような言い回しをしながら見つめてきた。
そんな彼の表情に俺は若干戸惑いを覚えた。
「へっ?!あっ、はい・・・」
「『ハイドラゴン』はねぇ~・・・すでにこの世に現れていますよ!」




