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第18章 後悔先に立たず


 夜も更に深い闇に包まれる時間帯へと流れてゆく。誰もがすでに寝静まった頃合いでの『接触』となった。

他の旅人や商人たちに気付かれることは無いだろうが、ここで剣を抜くことで彼らを巻き込むようなことが有っては絶対ならない。



「剣で語り合うか・・・ククック」


彼にとっては、俺の言葉が小賢しくも片腹痛い滑稽なものにしか聞こえていないのだろう。


「そちらが引けばそれでイイし、引かないならお相手しますよ~・・・」


「身の程知らずにも程があるな~」


「それより・・・こんな目立つ場所で事を荒立てても良いのかな?誰かに見られているかも知れないぞ!」


「ふん、そんな気遣いはお前たちには無用だろう。剣を交えた瞬間で終わりだよ~まさか我々に勝てるとでも思っているのか?・・・ふははっは」


男は見縊みくびったような視線で俺を上から覗き込み笑った。

確かに場数を踏んだ相当な手練れであることは理解できる。自分たちが刺客、または闇でうごめく暗殺者であることを暗に匂わすのは、そういう事を過去に幾度となくこなしてきたと俺たちに知らしめているのと同じことだ。

それに比べ俺たち冒険者上がりは、魔物は斬れても人間は斬ったことがない。当たり前と言えば当たり前である。

そんな俺たちの躊躇ためらいも彼らはすでに計算済みなんだろう。それが『冒険者風情』という言葉になって現れている。

しかし、戸惑いや躊躇いを持った瞬間に斬られる・・・容赦を持った途端に立場が逆転してこちらが死地に追いやられることは周知しておかなければならない。

果たして斬れるか・・・覚悟はそこだけだ。


「相手の実力を知りもしないのに、そんな『大言壮語』を吐いてていいのかな?」


「ほぉ~やけに自信があるようだな!折角、警告をしてやったのに~・・・この小僧たちは命が全く惜しくないらしい。お前たち、この命知らずの馬鹿共に遠慮は要らない、ここを死地にしてやんな!」


その言葉を合図に後ろの3人がジリジリと俺たちへとにじり寄りだした。


身構えた男たちを見るに、短剣を両手に持ったアサシン系のスキルの使い手のように見える。

相手が動く前に仕留める・・・瞬発力を活かした瞬殺が狙いなんだろう。

きっと、俺に2人懸かり、アニーへ1人、ソニアへ1人が向かうであろう。


アニーは、振り返った俺に無言で頷く。

そして、サーシャを寝かしたテント前で身構えた。

俺が男と会話していた時点からアニーは密かに詠唱を小声で唱えていた。高次元バリアをすでに張り終えているのだろう。

最初の一撃を防げることは大きい。相手が怯んだスキに叩き込める。


ソニアは背中から大剣を抜き出し半身の態勢で構えている。そして真剣な眼差して俺に問い掛けた。


「斬っちゃっていいですか?・・・ホントに斬りますよ!」


「そうだなぁ~~・・・已むを得ないだろう!」


「ほざけぇーーーー小娘がぁ~!」


「うぉりゃーーー!!」


俺たちのその言葉にジワジワとせせり出てきた3人が声を上げながら勢いよく飛び込んで来た。


バシバシ、ドゴォーーーン!


しかし、予想していなかったのだろう・・・と言うか、物理攻撃を跳ね返すそんなハイバリアなど見たことも無かったのかも知れない。俺たちに斬りかかる寸前、アニーの張った高次元バリアに弾き飛ばされ、後ろへ尻餅を着くように彼らは吹っ飛び倒れ込んだ。余りにも瞬発力を活かした突っ込み方だけに、より受けた反動も大きかったのであろう。

大言壮語したリーダー的な男の顔が瞬間に引き攣ったのが見て取れた。

斬り掛かられたのなら正当防衛だ!・・・『目には目を』である。情けをかけるのも時と場合を選ぶ・・・今はそんな悠長なことを考えていては逆に身を危険に晒してしまう。

相手は俺たちを亡き者にしようとしているのだから・・・

俺は自分自身に言い聞かせるように倒れ込んだ1人を容赦なく兜の上から剣を落とし、返す剣でもう1人の肩口から問答無用に打ち抜いた。

ソニアも立ち上がろうとしていた残りの1人を大剣を真横から胴体目掛けて振り抜いた。



ザシュ、ドバッ、ズバッ・・・・


グギャーー!


グエェーー!



男とたちの絶叫が響き渡る。

瞬間の、それもわずか数秒の出来事である。所謂一太刀(ひとたち)で状況が決してしまった。

リーダーである男の顔が見る見る恐れおののく苦悶の表情に変わった。そして、後ずさりしながら腰を抜かしたようにその場へとヘタリ込んだ。


「ちょっと待て!、待ってくれ~お前たちはいったい何者なんだ・・・」


「だから最初に言ったよね?~~相手を知りもしないのにって!」


俺は冷静さを装ってはいたが、人間を斬ってしまったことに動揺も、また異様な興奮もしていた。

それはソニアも同じだろうと思う。

魔物を斬り裂くのとは意味が違う・・・それは理解しているが、後味の悪さはどことなく残っていた。

だが、死に至らしめた訳では無い。ただ相手は瀕死の状態には違いないが・・・その辺りの力加減や配分はこの6年という歳月の中で完全に習得できていた。

ソニアにしても衣服の下の鉄鎖鎧に打ち込んでいるわけだし・・・肋骨の5~6本は折れているだろうが、相手の息が絶えているわけでもない。

3人の男たちは白目を剥いて完全に失神しているだけである。


俺は腰が抜けたように座り込む男の喉元に剣を突き付けた。


「ヒィーー、お前たちがそんなに強者つわものだという情報は得ていない!」


「それは情報不足だったね~・・・」


「待て、待てって!俺を殺すと雇い主がわからなくなるぞ!!」


焦った男は、喉元に突き付けられた剣から逃げるように座ったまま後ずさりをしている。先程までの大言壮語は何だったのだろうか・・・額から零れ落ちる大粒の汗が計算違いであったことを感じさせる。

そんな彼のつまらない言い草に俺は呆気なく言葉を返した。


「それは誰でも別にかまわない。俺たちの行く先々で立ち塞がる奴は同じように倒すしかないのだから・・・」


「えっ?!」


「驚くことでも無いと思うが・・・」


「知りたくはないのか?・・・」


いずれにせよ、お前は俺たちを早いか遅いかだけのことでほうむろうと思っていたのは間違いないし、聞いたところで今の俺たちでは何もできない」


情報は情報として得ておくことも大切ではあるが、何かを交換条件にしてまで知り得るほどのことでも無いように思えた。

身なりからも他国の者でなくアドリア王国の者だと感じていたし、きっとマリナに悪感情を抱いている者たちの仕業だと・・・俺の勘がそう教える。


「クゥ~・・・まさか、こんな相手とは知らなかった」


「これ以上、人を斬りたいとは思わないが、お前も啖呵を切った以上プライドもあるのではないのか?」


「チッ、こんな割の合わない仕事にプライドなんかあるもんか!しかし、任務の失敗はどちらになろうと我々には制裁しかない。ここで死ぬか、戻ってなぶられるか・・・そういう世界で生きてきたのだ!」


「そうか・・・そういう覚悟はあるんだな!」


「殺すなら殺せ!」


男は腹を括ったのか、足掻くこともなく俺の目をじっと睨んだまま座り続けた。

刺客にしろ暗殺者にしろ、俺たちの命を付け狙う輩に情けをかける必要もないが、このまま倒れた男たちを放置すれば死に至る可能性もある。

それに朝になればここで野宿する全員の目に触れてしまう。それだけは避けたいと思った。

要らぬ噂や脚色されたような与太話になってしまうであろう。

俺は、後ろでこの状況を見守るアニーへと振り返った。


「アニー、悪いけどさ・・・ヒール掛けてやってくれるかな?」


「はい。あなたがそう望まれるなら、わたしは何も言うことはありませんよ・・・」


アニーは優しい笑みを浮かべて、目の前に倒れ込んでいる3人の男の前まですぐさま移動した。


「へっ?!ショーヘイ様、この悪党たちを助けてやるのですか?・・・命を狙われたのですよ。もっと痛い目に遭わせてやってもイイんじゃないのですか?」


ソニアは手振り身振りで俺を諫めるような顔つきで言葉を発した。

彼女の言葉は、当然と言えば当然かも知れない。一歩間違えればこちらが地面に伏している可能性だってあった状況だったのだから。


「ソニアさんの気持ちは解るけどさ・・・俺たちは殺し屋じゃないし、相手が俺たちに歯向かうことの無謀さを知ればそれでイイじゃないか!ははっ」


俺たちの会話に男は唖然とした目つきに変わった。

覚悟を決めた身としては意外だったのだろう。


「どういうことだ!我々を助けると言うことか・・・?」


「別に助けたいわけではないが、ここで死んでもらっては他人に迷惑を掛けるからね。ただそれだけだよ・・・」


「我々を生かしておくとまた狙われるとは思わないのか?」


「ははっ、その時はその時でまた撃退するよ!」


「・・・・いや、任務としての監視は続けさせてもらうが手出しは一切しない。手出しをしても相手にならないだろう・・・それはよく解った」


男は俺のその言葉に勢いよく首を振った。

本音なんだろうと思う。そして情報も適当に俺たちに襲い掛かった愚かさを改めて痛感しているのであろう。『後悔先に立たず』の面持ちなんだろう・・・きっと。


「好きにすればイイさ!」


「ショーヘイ様、そんな甘い事で良いのですか?」


ソニアはほっぺを膨らませ、睨みつけるように俺の顔を覗き込んだ。


「ソニアさん、良いのですよ~それで良いのです!それがわたしたちですから~ふふっ」


ヒールを掛けながらアニーは笑顔を浮かべた。

ソニアはその笑顔と言葉に納得半分のような面持ちで項垂うなだれていた。

まだまだ理不尽さを看過できない血気盛んな年代なんだろう。


「はい・・・」





そこには言葉では言い尽くせない『愛』と呼ぶべき温かい『光』が漂っているように感じられた。

そしてその中には、精霊シフォーヌが浮かべる『慈愛の笑み』のような慈しみで溢れた優しい目をしたアニーが微笑んでいた。



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