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第17章 接触


 ラグーンから街道を北へ、一路『竜人族の村』を目指して魔導馬車はひた走る。

エルランド・ドラゴニスから先方の族長に、我々が村を訪ねる旨をすでに伝えて貰っている。

到着は明日の昼頃の予定とはしているが、何はともあれ、まずは今夜の野宿が気に掛かるところだ。

今のところ後方から尾行されている気配は感じられない。何も無いに越したことはないが、心構えだけはして置かなければならないだろう。


木々が生い茂る林を抜けた馬車は、ラグーンと竜人村の丁度中間点にある野営設置場所へと辿り着いた。

途中休憩を挿みながらも夕方前に到着できたことは、事前に計画を建てた旅程を狂いなく順調に消化できていることの証だと言える。

すでに先客が2組ほどあった。彼らもテントの設営をしている。

後暫くもすれば、途中追い越した定期馬車も到着する時刻だ・・・そうなればここで野宿する人数も俄然増えるであろう。


林を抜けた先のこの場所は、街道筋の少し開けた平野部にあり全方位に対する視界も良く、テント設置場所の周りには深くは無いがそれでも渡るには面倒な堀と簡易的な柵が張り巡らされている。

魔物たちの襲撃に対しては充分とは言えないまでも、それなりの備えはできていた。

また傍らには小川も流れ、炊事や水浴みずあみには便利そうだったが、さすがにまだ5月だ・・・夜は肌寒くて到底じゃないが水浴する気持ちにはなれないだろう。


俺と御者の男性2人の3人でテントを張っていく。

アニーとソニア、それにサーシャは傍らの小川に水汲みに出掛けてくれた。


「水くみ~水くみ~♪」


サーシャは移動中の疲れを忘れたかのようにはしゃいでいる。

ソニアに繋いでもらった手を前後に揺らしながら笑顔で歩いてゆく。

そんな後姿を見ているとこちらまで嬉しくなってしまい、顔が自然にほころんでしまう。


そう言えば・・・一日中走りっ放しの上に座りどうしだったので、自分が体を動かす以上に変な疲れ方をしてしまった。

そんな疲労を癒す為にも『お風呂』に浸かりたいという衝動が抑えきれなくなった俺は、以前自宅に作った桶風呂の残り材料をマジックBOXから呼び出した。

この世界の住人は風呂に浸かるという習慣は無いが、うちの家族は俺の影響もありこよなく愛している。

テント張りの傍ら、もう1個余分目にテントを張り、そこに創造変換スキルを駆使しながら作製した簡易風呂を設置することにした。

材料があれば完成させるのは容易たやすい。それが魔法在りきの世界の良さであり、不思議さなのだろう。

ただ、そのままテントの中に風呂を設置すると、こもる湯気でサウナのように蒸してしまうから屋根の部分に天窓のような通気口を作っておいた。

きっとそこから覗く星空や冷ややかにスッと流れ込む夜風が、湯船の中へと浮かべた身も心も更に癒してくれることだろう。


街道に近い所為もあり、微弱ながらも魔脈は流れている。これなら温熱魔法を掛けておけば冷めることもなかろう。

うちの者たちだけでなく、使いたい旅人や商人たちがいれば開放するつもりだ。


夕食も済ませた俺と御者2人は焚火を囲んで明日の打ち合わせをしていた。

アニーとサーシャ、ソニアは、どうやらお風呂から上がってきたようだ。

見張りを立てるまでもなく、風呂のテントは俺たちのすぐ背後にある。


「あがったよぉ~♪」


サーシャの可愛い声に振り返ると、アニーとソニアが暖簾を掻き分けるようにテントから出てきた。

ほんわかと体から湯気が立っているのが微かに見て取れる。初夏も近い5月と言えど、夜はまだまだ冷気が肌に刺し込んでくる。


「お風呂って・・・何かクセになりそうですね~初体験でしたけど最高でした!あはっ」


「だろ?・・・こっちじゃシャワーが中心だけど、お湯の中に肩まで浸かるとさ~体の芯まで温もって疲れが取れただろ?ははっ」


「はい!もうスッカリ!!」


ソニアは濡れた髪をタオルで拭きながら満面に笑みを浮かべていた。

そんな笑顔に傍らにいた御者たちも笑っている。


俺たちの笑い声を聞いていたのか・・・隣近所にテントを張った旅人や商人たちが興味深げにこっちを見ている。

きっと物珍しいんだろうと思う。知識としては持っていても、王侯貴族でも無い限り風呂なんて存在を見ることも体験する機会もないであろう。


「あのぉ~・・・興味がお有りでしたら、どうぞ使ってみて下さい。気持ちイイですよ~ははっ」



・・・・・・・・



 興味ある者全員が風呂を終えて、うちのテントの前の焚火を囲んでの小さな酒盛りが始まった。

商人や旅人の愉快な体験談に笑いが飛び交う。

そんな話を聞いている時、ふと不穏な気配を感じた。

3人か・・・いや4人だ。

きっとあの尾行してきた黒コートの男たちだろう。

俺はアニーとソニアに目配せをした。

ふたりは少し目元を引き締め、他の者たちが気付かない程度に軽く頷いた。

どうやら今夜は『接触』を避けられそうにないようだ。


「あなた~サーシャを寝かせてきますねぇ~」


アニーのその言葉を引き金に、ほろ酔い加減で気持ちよく焚火を囲んでいた者たちも重い尻を上げ始めた。


「もうこんな夜更けになっていたのかぁ~我々も明日に備えて休みますかのぉ~」


「そうですねぇ~今日は物珍しい体験をさせていただき、本当にありがとさんでした!」


「そうだ、あんた達もルクソニアの王都バンドールに着いたら、うちの店を訪ねて下さいなぁ~今夜の体験の礼がしたいしな!このカードに住所が書いてあるから~!」


商人らしき男は名刺代わりなのだろうか、満面に笑みを湛えながら小さなカードを俺に手渡した。

俺はそのカードを受け取りながら、見知らぬ者同士が気さくに触れ合いを持てるこういう旅の良さを何となく知った気分になれた。

『旅は道連れ、世は情け』全然意味は違うが、そんな言葉がふと脳裏をよぎり可笑しくなってしまった。


「あ、ありがとうございます。機会がありましたら是非!ははっ」


一人、また一人と今夜の体験に礼を述べながら席を立っていった。

御者たちにも休むように伝えた俺はソニアとふたり焚火の前で構えることにした。

きっとアニーは微弱ながらも流れる魔脈を利用してサーシャにハイスキルバリアを掛けているだろう。

さぁ、気配を感じさせる相手がどう出てくるか見ものだ。


それから小一時間経った頃だろうか・・・夜の静寂しじまが深まってゆく中、男たちは動き始めたようだ。

俺とアニー、そしてソニアの3人で囲む焚火前に一人の男が姿を現した。

彼女たちは反射的にその姿が現れたと同時にサッと身構えた。

その男は、そんなふたりを見据えるように見つめながらぶっきら棒に言葉を発した。


「これからの行く先々で注意をしとけよ!」


暗がりの中、密偵なのか刺客なのかは判らないが、安全マージンの為に若干の距離を敢えて取っているのだろう・・・相手の顔はハッキリとは見えないが、あの視線が交わった目つきの鋭い男のように俺には感じられた。


「それは我々に対する警告なのか?」


「そうだ!お前たちが何を求めておるのかは察しがついておる!」


「ほぉ~~・・・それなら、お前たちは黙って尾行しておけばいいものを、敢えて姿を現したということはどう捉えたらいいんだ?」


「ふははっは、単なる挨拶だよ~挨拶!」


「挨拶?・・・」


身を晒した意図は読めないが、そんな人を喰ったような言葉で挑発するには、それなりに腕に自信があるのか、はたまた俺たちの正体を全く知らない無知なのか・・・今は判断でき兼ねるが敵対心があることだけは認識できた。


「そうだ!お前たちに探されるのを面白く思わない方々がいると言うことを知らしめておかなければならない!」


「なら、ここで刺客紛いに襲い掛かってもいいんじゃないのか?」


「ふふっふ・・・そうすれば、お前たちが探しているものを横取りできんじゃないか?」


「なるほど・・・そっちは在処が断定できていないと言うことか・・・それで俺たちに付き纏っているのか!」


「お前たちを片付けるのは意図も簡単なことよぉ~~女連れに子供連れ・・・スキが有りすぎるわ!」


その言葉で確信できた。

俺たちが何者であるかをこの相手は情報として持っていないようだ。

確かにアドリア王国でハイヒューマンとハイエルフと言えば、ジロータとシフォーヌである。そのふたり以外に公表されている存在はいない。

マリナが信頼のおける特定の者にしか俺たちの正体を明かしていないことが、これからの道中で大きく物を言いそうな気がする。


「まぁ、お前たちを絞め上げて持ち合わせている情報を吐かせるか、掘り当てたあとに始末するかは我々次第ってことだよ。だから命が惜しかったら逃げ帰れと、こうやってお情けを掛けて警告してやっているんだ。有り難く思え!」


「なるほど・・・それは親切にどうも!でも、そっちがその気ならここでやりあってもイイんだが?・・・」


俺のその誘うような返答と同時に、男の後ろに3人の配下たちがどこからともなくスッと立ち並んだ。

それを見たアニーとソニアが俺の傍らで立ち上がった。

彼らの動きを見ているとかなり手練れの刺客たちのように感じられる。啖呵を切るだけの自負は持っているんだろう。


「旅人を装ったような冒険者風情が、戦闘のプロである我々に勝てるとでも言いたいのか?片腹痛いわぁ~!ふははっは」


「お前たちはどこの手の者だぁ~!」


ソニアは高笑いをする相手にいきり立って前に出ようとする。

そんな彼女を俺は手を横へ広げ制した。


「元気な竜人族のお嬢ちゃんだこと。お前も命が惜しけりゃ何もしないことだ!!」


男はそう言うと不敵な笑みを浮かべた。

俺はその高飛車な言葉と侮ったようなニヤけた笑みに、相手の実力を少し伺ってみたい気分になってくる。

そしてアニーにそっと目配せをした。

アニーは俺の次なる行動に自分が何をすべきなのか悟ったようだ。





『ここは少し・・・剣で語り合った方が良いかも知れないな!』


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