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第16章 ラグーンでの一日


 サーシャを寝かし付けたアニーは1階にある食堂へと下りて来た。

リゾート地の夜は長いのであろう・・・食事時間の済んだ食堂はすでに酒場と化していた。

ただ賑やかな喧噪渦巻く町の酒場とは違い、逗留者が疲れた体と心を少しお酒を嗜むことでじっくりと癒す・・・ここにはそんな空間が広がっていた。

灯火トーチを落とし薄暗くなったフロアに、テーブルの上に置かれたワインライトの灯りだけが浮き上がるようにほんのりと映えている。

恋を語る者たちもいれば、何かを思い起すかのように静かに目を閉じる者・・・それぞれがそれぞれの人生の時間をゆっくり流している。

俺とアニーとソニアはそんなリラックスした空間の片隅で、これからの旅程の打ち合わせをすることにした。


この空間に不穏な気配は感じない。

『山麓草庵』という宿屋は、宿泊者以外の一般の飲み客をこの空間に立ち入らさない主義なんだろう。

『港一番館』のセンスの良さと行き届いたサービスが気に入ったアニーが手配させた宿屋だけのことはある。

こういう細かい気の利いた差配は、無骨な男の俺には流石に無理だと今更ながらに思い直した。


俺たち3人は空いているテーブルへと腰を下ろし、それぞれに給仕係に飲み物を注文した。

俺はいつものようにエールを、アニーとソニアは当宿屋お薦めのオリジナルカクテルのようなお酒を頼んだようだ。


「まず最初に、出立日はいつにされますか?明日ですか、それとも明後日にされますか?」


飲み物をオーダーし終えるの待つかのように、ソニアが顔を見回しながら最初に切りだした。


「そうだなぁ~急ぐ旅のようでそうでもないし、どちらにせよ寄り道をして行くのだから、アニーが観光したいなら明後日でもいいかなとは思うけど・・・どうだろう?」


「わたしは、せっかくこんな綺麗な町に来たのだから、少し散策したい気持ちはありますけど・・・あなたとソニアさんにお任せします!あはっ」


「ソニアさんはどう考えているの?」


「得体の知れぬ者たちの存在も感じ取っていますので、できれば先を急いだ方がイイのかなとは思っていますが・・・」


「うん・・・ここから『竜人族の村』までの所要時間はどれぐらい掛かるのだろう?」


「先に少し簡易MAPに目を通していただけますか?」


そう言うと、ソニアはアイテムBOXから地図を取り出しテーブルに広げた。

元の世界のサイズでいうとB4判サイズ位のルクソニア公国東部を記した簡易的なMAPであった。

ソニアは現在地と竜人族の村を指でさし示しながら説明をくれた。


「時間的には魔導馬車で1日半ほど掛かるかと思います。そうなると道中で夜を過ごさないといけなくなりますから・・・その辺りのことを事前に考えておきたいのです!」


「なるほど・・・」


「天候はこの季節ですし、急激に悪くなることも無いと思われますので、出立が1日遅れようがその辺りは問題ないのですが、何か接触があるとすれば此処ですね・・・道中の夜半が危ないかと思われます」


ソニアはラグーンと竜人村の中間地点を指さした。

その場所には街道以外の表示が何ひとつ記されていなかった。

彼女の指さす地図をじっと見ていたアニーが口を開いた。


「ソニアさん、それは、そこでテントを張って野宿ということでしょうか?」


ソニアはアニーの問い掛けにコクンと頷いた。


「はい。竜人村までの道中には宿を探せるような町も村もありませんので必然的にそうなりますが、中間地点にはテントを張る為の場所が用意されていますので、我々だけでなく他の商人や旅人など一夜を過ごす者は何組か居るとは思われます。通常の定期馬車なら3日ほど要しますし、街道には3~4か所ほど野宿できる場所が設置されています。その中で我々が使うのは此処となります!」


アニーは地図を見入るように眺めながら彼女の説明に頷いていた。


「まぁ、俺たちも冒険者だったので移動に野宿なんてことはザラにあったわけだし、今さら抵抗があるわけでも無いんだけど・・・ハッキリ言って、ルクソニア公国についてはほとんど情報を持ち合わせていない状態なんだ。場所的に野盗が出るとか魔物が出るとかさ・・・勿論、就寝前にはアニーがバリア張るだろうけど、魔脈の上でなければ効果が持続しないしね~」


治安の行き届いたアドアリ王国ではこんな街道筋で野盗に出くわすことなんて皆無だが、ゴブリンやコボルト、ウルフ級の魔物が出没することは結構あった。

自分自身を過剰評価するわけではないが、その辺りなら即撃退できるが、サーシャもいることだし・・・安全面に関しては少し気になってしまう。


「そうですね~・・・勿論、私は見張りをしますけれど、地元の人間じゃ無いので細部の情報は残念ながら持ち合わせていないのです・・・あぅ」


「ははっ、それは当然だよねぇ~それはその時対応すればイイさ!俺たちだって即応できるだけの能力は持ち合わせているつもりだし!」


「はい。私なんて、ショーヘイ様とアニー様の足元にも及びませんから・・・てへっ」


「そんなことは無いさ~俺たちはソニアさんが帯同してくれていることに感謝しているんだから~正直な気持ちだよ!」


「あはっ、何かそう言って貰えると嬉しさ飛び越えて照れてしまいます~」


「ふふっ、ソニアさんとご一緒できることを本当に心強く思っていますよ~わたしも主人も!」


「はい・・・あ、ありがとうございます」


ソニアはふたりの言葉に頬を染めて俯いてしまった。

まるでいつものアニーを見ているような気がして俺は可笑しくなってしまった。

エルランドには本当に感謝している。ソニアを帯同させてくれたことで的確に次の旅程が組めていく。

彼女自身も俺たちから何らかの影響も学ぶものもあるのだろうけど、それ以上にソニアの存在は俺たちには大きいものになっている。



「お待ちどうさまでした~エールと特製カクテルです~♪」



・・・・・・・・



結局、丸々一日をアニーの希望を叶える形でラグーンの観光に充てた。

土産物店などが建ち並ぶ通りでは、さすがに腕利きの冒険者といえど、花も恥じらうお年頃の娘である・・・ソニアもアニーやサーシャと一緒になってはしゃいでいる。

そんな姿を後ろから見ていると自然に笑みがこぼれてしまう。


観光客は多いが、本当に静けさの似合う町だ。

山麓に抱かれた地形も手伝ってか、どこもかしこも緑で溢れている。

自然の息吹が感じられて、俺としたらアニーの故郷である『エルフの森』を彷彿させられた。


俺たちは観光客の流れに沿うかのように順路があるが如く名勝地を歩いた。

王侯貴族の静養地であろうか、湖のほとりには別荘のような屋敷が建ち並んでいる。

その湖の向こうには高い山脈がまるで大きな壁のように連なり、そのいただきには白く残雪も残っている・・・まさに絶景であった。

まるで『神の息吹』が聞こえそうなそんな錯覚に陥った。

そんな風景に見惚れながら、かなりの時間を費やし歩き回った。サーシャは歩き疲れたのか、俺に抱かえられながら少し眠たそうな目をしている。


「そろそろ宿に戻って、明日の出立の準備と打ち合わせをしておこうか!」


「そうですねぇ~」


アニーもソニアも俺の言葉に素直に頷いた。

観光にそれなりの満足感を味わえたのであろう。


今のところ不穏な気配を察知することもない。

たぶん、相手が何者か判らないが、こんな日中の街中で事を荒げることもしまい。

俺たちが夜の町を出歩かなかったこともあるのか知れないが、きっとソニアが予測している『竜人族の村』への道中で何らかのアクションがある可能性が高い。

杞憂で終わればそれに越したことはないが、あの時の馬車の男の敵意ある目つきを考えれば、何事も無く無事やり過ごせるとは思えない。

こちらとしても不測の事態に備えるだけの心構えは必要だろう。


俺は情報収集の為にも、今回の不審者の存在をマリナと竜人村のエルランド・ドラゴニスにもマジックメールにて知らせておいた。

向こうで分る情報があれば対処もしやすいし、相手の目的も掴めるやも知れない。

ただ送ったメールに対しての返事はまだ無かった。


「ショーヘイ様、ここには姿を現しませんでしたね!」


「うん。まぁ、こんな場所にあからさまに正体を晒すような馬鹿ではないだろうねぇ~ははっ」


「目的は何なんでしょう?」


「バサラッドに密偵として入っていたなら、俺たちの動きが気になるのは解らないでもないが・・・ただ単なる家族旅行とは見做みなしてはくれないということだろうなぁ~」


「そうねぇ~家族愛を深める旅行なのに不躾ぶしつけ極まりないわぁ~あはっ」


アニーはやおら無粋な表情を浮かべ冗談っぽく言葉にする。

その言葉に反応するかのようにソニアはえくぼを作りながら笑った。


「家族愛か・・・憧れるなぁ~お二人やサーシャ様を見ていると、本当に羨ましいです!私にもこんな日が来るでしょうか?てへっ」


「来ますよ!きっと素敵な伴侶が現れますよ~・・・でも村長がお許しになるかは疑問ですが!ふふっふ」


「あぁ~~お爺ちゃん口煩いから今から心配になります!あはっ」


「村長ならあり得そうだなぁ~・・・ワシより強い男じゃないとダメとかさ~ははっは」


「確かに・・・ですね!あはっ」


宿への帰り道、俺たちはくだらない会話を弾ませた。

四六時中張り詰めた警戒心など必要も無い。

今はアニーの掛けたバリアが発動しているし、見えもしない相手に必要以上に疑心暗鬼になることもないであろう。

取り敢えず、明日の移動に備えて、今は体と心を休めておきたい。




『何はともあれ、今日は今日、明日は明日の風が吹くさ!』


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