第15章 女狂戦士ソニア
国境を抜けた魔導馬車は西へ、ただ西へ、ルクソニア公国最東部の町ラグーンを目指して走る。
左手には越境前に見た景色と同じような大海原が広がっていた。
漁師だろうか・・・そんな大海原に浮かぶ2艘ほどの小舟が網を掛ける作業をしているのが遠目からもわかる。
サーシャとアニーは車窓から見えるそんな風景を飽きずに眺めている。
「ショーヘイ様、お気づきになられていますか?」
ソニアは俺の耳元へとそっと囁いてきた。
アニーやサーシャに要らぬ心配をさせないでおこうという心配りなんだろう。
「距離を置いていますが、国境辺りから馬車が一台ずっと付いてきています」
「うん。そうだなぁ~気付いているよ」
俺は小声でソニアへと言葉を返した。
「少し休憩することにして、馬車を一度やり過ごす方が良くないでしょうか?」
「そうしよう・・・こちらの気の回し過ぎならそれでイイし・・・」
「はい。御者の方々にそっと伝えてきます」
「うん。頼む!」
ソニアは俺の言葉に頷きながら何気ない素振りを装い、御者の後ろへと移動していった。
エルランド・ドラゴニスが俺たちに彼女を帯同させた訳が何となく理解できた。
冒険者としてもまだまだ経験も豊富とは言えないだろうに、この若さに係わらず気配の察知能力がズバ抜けて優れている。
俺の索敵スキルMAXは人間外の魔物などには索敵範囲も広く秀逸の反応と効果を発揮してくれるが、さすがに人間の気配は察知してくれない。
ただハイヒューマンとしての勘と察知能力は常人と比べるまでも無く非常に高いものが備わっているので、気配に関してはいち早く感ずることはできる。
だが彼女の場合は、この察知能力が天性のものなのか、はたまた種族のもつ特性なのかは知る由もないが・・・かなり研ぎ澄まされているように感じられた。
「アニー、少し休憩にしようか?」
「はい。それより何かありましたか?・・・ソニアさんが難しい顔しているし!」
「ははっ、さすがにアニーには隠せないよなぁ~・・・いや、杞憂であればイイんだけど、どうも後ろから来る馬車が気になって!一度こちらが止まってやり過ごそうかなと考えている。何もなければそれに越したことはないしね。少し様子見しようと彼女と相談していたんだ」
「うん。わたしも竜人村から纏わりつくような視線を感じていました。たぶん、わたしたちの動向が気になる人たちがいるみたいですねぇ~」
「みたいだなぁ~・・・目的が何かは判らないけど!」
「サーシャはわたしが守りますから、あなたは相手の動向にだけ注意して下さい。わたしだって『精霊』って言ってもらえるハイエルフなんですから~大丈夫ですよ!」
「うん。その時は頼む!ただ出来るだけそんな事態は避けるから~ははっ」
「はい。信頼していますから~あはっ」
アニーはそう言うと俺の横に席を移し、そっと甘えるように凭れ掛ってきた。
そんな彼女をしっかり抱き留め、俺はその髪に口づけをした。
アニーとサーシャは何があっても守る。それはハイヒューマンだからではなく、家族を守りたいという気持ちは、夫であり男であれば誰もが抱く思いであろう。
戦闘的な察知能力は戦術的にはハイヒューマン、戦局的にはハイエルフの方が優る。大所局所を見通せる視野は広範囲に渡る。
それに女性としての勘・・・特に『第六感』は俺が持ち合わせていない能力だ。
そんな彼女が気付いていない訳がない・・・口にするかしないかだろうが、それほど今は脅威として感じられなかったのかも知れない。
馬車は見通しの良い場所にある街道筋の茶店の前で一旦止まった。
ソニアの指示だろうと思われる。他人目のあるところでは目立つような行動はしないだろうという判断であろう。
俺たちは休憩の為に馬車から下りた。
後ろから尾行するかのように付いてくる馬車はまだ小さい・・・さて、こちらの馬車が止まっていることに気付いたらどういう行動にでるか見ものである。
アニーとサーシャ、そして御者2名は休憩の為に茶店の中へ入っていった。
俺とソニアは後ろから来る馬車の動向を見極める為に外で待機していた。
土埃を巻き上げながら馬車が段々と近づいてきた。
ソニアは背中に背負った大剣の柄に手を回し握っている。
「ソニアさん、ここは他人目もあるし相手も手荒な真似はしないだろう・・・こちらも気付いてない素振りでいる方がいいだろう~ははっ」
「あっ!それもそうですねぇ~~気負い過ぎちゃいました!てへっ」
俺とソニアは店の前にある縁台に腰掛けて馬車を待った。
スピードを落とす気配がない。こちらが止まっていることは気付いているだろうが・・・ここはやり過ごすつもりなんだろう。
馬車が大きな音を立てて目の前を通り過ぎようとしている。
客車の中には黒コートの4人の男が見て取れた。
その中のひとりの男と視線が交わった・・・鋭い目つきでこちらを睨んでいる。
彼らが何者なのかは判らないが、好意的な目つきでないことは十分感じ取れた。
全くこちらに無関係の者たちで無いことの証なんだろう。それはソニアも感じ取ったのか、何気に険しい顔つきになっている。
俺とソニアは馬車が減速することもなく通り過ぎて行くのをじっと見送った。
この休憩場所で接触がなければラグーンの町であろう。
ここからラグーンまではそんなに距離が無いし、街道端には民家もポツポツ建っている。
誰に見られるかも知れないそんな場所で何らかの接触は相手も避けるだろう。
「ソニアさん、俺たちも店で少し休憩しよう!」
「はい。そうですね~美味しいお茶でもいただこうっと!あはっ」
・・・・・・・・
この世界の言語には『大陸共通語』という便利なものがある。
これが標準語であるし普段使っている言語である。各国独自の言語とはいわゆる種族語のことであり、元の世界に例えるなら方言的な位置付けと考えれば一番理解しやすい。
だから、国境を越えた国の言葉が判らないということはない。
ルクソニア公国の最東部の町ラグーンはアドリア王国最西端の港町ベルフォースと遜色のない規模の町ではあるが、港町のような異国情緒漂う感じでは無く、風光明媚な山の麓に広がる・・・元の世界で言うところのリゾート都市的な趣のある落ち着いた風景が広がっていた。
尾行されていた馬車をやり過ごした俺たちは、しばし休憩したのち、日が暮れるまでにとのソニアの助言でラグーンの町に辿り着いていた。
「落ち着いた雰囲気の良い町だなぁ~」
馬車を下りて最初に感じたのがこの町の印象だった。
アニーもぐるっと町を見回している。
「そうですねぇ~・・・アドリアでは見かけないタイプの町かも~あはっ」
「確かに・・・ははっ」
アドリア王国はどこもかしこも活気に漲る町が多い。それだけ人々の活力に溢れているとも言えるが、この町はそんな町ばかりを見て来た俺たちには一線を画したように感じられた。
この国の王侯貴族の静養地として、また一般庶民の心や体を癒す為のリゾート的な町としての位置付けが為されているのだろう。
俺たち一行は、ベルフォースの『港一番館』の姉妹店である『山麓草庵』という宿を紹介されていた。
『港一番館』のセンスの良さとサービスが気に入ったアニーの提案で、事前に予約を入れてもらえるよう手配をしていた。
俺ひとりならその辺りの安宿でイイのだが・・・アニーやサーシャのことを考えるとそうもいかない。ここは偉大な妻にお任せしておけば問題なかろう。
「ショーヘイ様、アニー様、お早めに宿の中へお入り下さい!」
護衛の任務に責務を感じているのか、ソニアは真剣な眼差しを解くことも無く周りを警戒している。
昼間の馬車の男たちが何者か、そして何を企んでいるのかわからない状態であることには変わりない。背中に背負った大剣の柄に手をやり、後ずさりをしながら周りを幾度となく見回し、俺たちの背中を守るように最後尾から宿の中へと入った。
アニーはそんな警護をしてくれるソニアに気付き、言葉を掛けた。
「ソニアさん、大丈夫ですよ~~気付かないと思いますけど、一応バリア張っていますから!だから体を傷つけられるような心配はありません・・・勿論、あなたにもね!あはっ」
「えっ?!本当ですか?・・・私まったく気付いてないです~あうぅ」
「あはっ、だからそんなに身構えなくても大丈夫です!」
「でも・・・常時スキル発動なんて、アニー様のMP消費が半端ないのではありませんか?」
「ふふっ、だって魔脈の上ですもの~一度発動すると持続しますから~心配は要りませんよ!」
「あっ!そうでした!!・・・戦闘スキルってそういう使い方もあるのですねぇ~~すごく勉強になります!」
「だからね~そんなに神経尖らせてばかりじゃ疲れますから~もう少しわたしたちを信用して気楽になさって下さい!ねっ?!」
「あっ、はい。ありがとうございます。てへっ」
アニーの優しい心遣いにソニアは少し照れてしまったようだ。
頭を掻きながら照れくさそうに苦笑いを浮かべ視線を落としてゆく。そんな彼女もまた可愛く思えてしまう。
俺はフロントで部屋の手続きをしながら、そんなひとコマを横からそっと眺めていた。
女狂戦士の出番など無いに越したことは無いが、この先どんなことが起こり得るか今は想像もできない。
それに得体の知れない男たちのことだけは、常に頭の片隅に置いておかないといけないだろう。
彼らが何者か、目的は何なのか・・・いずれどこかで遭遇するのであろう。




