第12章 竜人族の村
翌朝、身支度を整えた俺たちは、早々と宿を後にし、1時間ほど定期馬車に揺られ『竜人族の村』まで辿り着いた。
ベルフォースから20K程度の距離にあるこの村は、峠をひとつ隔てて隣国ルクソニア公国と隣接している。
その為か、隣国から越境してくる商人や旅人たちの休憩場所であると同時に国境線を守る軍の施設も置かれている・・・所謂『要所』そんな位置付けの場所でもあるようだ。
最初、『竜人族の村』と聞けば・・・
元の世界の緑濃き山や田畑の中にひっそりと散開するまばらな家々・・・そんな独りよがりな『村』のイメージを思い浮かべていたが、それとは全く趣が異なり、行き交う人もけっこう多く賑やかなのには正直面食らった。
この国の竜人族の大半がこの村やベルフォースに住んでいるとは聞いていたが、そこには『村』というよりちょっとした小さな町の風景が広がっていた。
もちろん、ここには旅人や商人だけでなく、非番の軍関係者も憩いの為に立ち寄っているんだろう。
こんな雑多な賑わいを見せる村と比べると、アニーの故郷である大自然の息吹に包まれた『エルフの森』は俗世間から隔離されたような場所なのかも知れない・・・そんな風に改めて思い知った気分である。
サーシャを真ん中に3人で通りを歩いて行く。
昨日お茶を飲みながら仕入れた情報では、馬車の駅から通りを北へ歩けば正面に村の役所がすぐに見えると教えられた。
どうやら正面に見える建物が村の役所であるようだ。
想像以上に賑わいある様相の『村』ではあったが、ベルフォースのような大きな都市ではないので、そこは迷うことも無く容易に目的地を見つけられた。
サーシャは嬉しそうに繋いだ手を前後に揺らしながら満面に笑みを浮かべている。
まぁ、日頃はアニーと2人で過ごす時間が多くて俺と接する時間も少ないし、3人でこうしていることが嬉しいんだと思う。
他人から見れば実に微笑ましい光景に映るんだろう。すれ違う人もそんな親子連れに笑顔をくれる。
5分も歩けば役所の前へと辿り着いた。
族長であり村長であるエルランド・ドラゴニスはこの役所で待ってくれている筈である。
昨日、確認の為にアニーが爺さまにマジックメールを送ってくれた。
爺さまからは、俺たちが今日訪ねる事を先方は了承してくれているとの返事を貰っている。
そんな爺さまの盟友と聞かされている村長に会うのは少し緊張もするが、名誉館長の立っての依頼でもあるし、それを無碍にやり過ごすこともできないわけで・・・取り敢えず役所の中へと進んで行くことにした。
大きな建物では無いが、中に入ると天井も高くそれなりに村の心臓部という感じの尊厳ある空気が漂っている。
俺は正面の受付窓口に座る一人の女性へと近づいて行った。
「すみません。今日、ドラゴニス村長と会う約束をさせて戴いてますクガと申しますが・・・」
「はい、あっ、クガ様ですね。お聞きしております。村長室へとご案内します」
事前に俺たちの来訪の件を聞いてくれていたんだろう。
彼女は慌てて受付から立ち上がり、俺たちを村長室の前まで案内してくれた。
コン、コンッ
「村長、クガ様がお見えになられました!」
「うむ、入ってもらってくれ!」
中から歳相応の渋味ある声が返ってきた。
「どうぞ~」
案内してくれた女性が開けてくれたドアから俺たち3人は部屋の中へと進んだ。
そんな俺たちが入ると同時に執務机から立ち上がった村長であるエルランド・ドラゴニスはにこやかな笑顔を浮かべ迎えてくれた。
爺さまと年齢はそう違わないと思うが、背筋もピンと伸び、また恰幅も良く、白い口髭にどこか威厳さえも感じさせるものが漂っている人物だった。
「ようこそ参られた~ささっ、こちらへ!」
「ありがとうございます!」
村長は俺たち3人をソファーへと手招き、そして自分も対面へと腰かけた。
「今日は、お忙しい中、我々のために時間をお作りいただき、申し訳なく思っています・・・わたしはショーヘイ・クガと申します。隣が妻のアニーと娘のサーシャです」
「何をおっしゃる!この国の宝でもあるハイヒューマン殿とハイエルフ殿にお越し戴けるとは、逆に光栄至極、感激ものでありますわい~・・・申し遅れましたが、竜人族の村の長を務めておりますエルランド・ドラゴニスであります。以後お見知りおきを!」
俺とアニーは、お辞儀をしながら笑顔で挨拶を返してくれた村長に、少し照れ気味に軽く会釈をした。
そして俺たち3人を優しい目で見つめながら、エルランドは少し体を前のめりに乗り出し言葉を続けた。
「『精霊』殿はホランド村長のお孫さんと聞いておりますが・・・あの爺さんの孫とは思われぬ美人で御座いますなぁ~いや~これには参った。『覚醒』されてなくてこれほど美しいとは・・・実に参りましたぁ~!それに娘ごも何とも可愛らしいことで・・・将来が楽しみでございますなぁ~ハイヒューマン殿が実に羨ましく思えますわい!ふははっ」
村長は目を細めながら本当に眩しいまでの笑みをアニーとサーシャに注いでいる。
それはお世辞でも社交辞令でもなく心からそう思う気持ちで出た言葉に感じられた。
「あ、ありがとうございます・・・」
アニーは照れ臭くなったのか、少し言葉に詰まりながら頬を薄く染めて俯いてしまった。
「サーシャだよ~」
「おっ、サーシャちゃんか・・・あの頑固者の爺さんもこんな可愛いひ孫も見せてもらえて感激しとるじゃろうて!ほほっ」
この世界における『森羅万象の理』に関しては、巷で賢人と称されるクロフォード・リンデンバーグでさえも足元にも及ばないホランド・ベルハートを、親しみを込めた爺さん呼ばわりするほどエルランド・ドラゴニスとは、フィフティフィフティな懇意な関係であることは何となく理解できた気がする。
「実は・・・村長に少しお話を聞かせて戴きたくて参りました!」
「図書館の賢人からの依頼かな?」
「えっ?!名誉館長と面識がお有りになるのでしょうか?」
「いや、ホランドの弟子であることは知っておるが面識はないのぉ~・・・だが、話は爺さんから聞いておるぞ!ほほっほ」
「あなたぁ~お話の邪魔になっても何なので、わたしはサーシャと外で散歩でもしてきますね」
アニーは気遣いからか、俺の顔を見ながらそんな言葉を口にした。
サーシャが話の途中で退屈してグズるのは解り切っていることだ・・・ふたりの話の骨を折ることを事前に避けてくれたのだろう。
この出来た妻には本当に頭が下がる思いだ。
「あぁ~すまない・・・サーシャ、お母さんと少し散歩しておいで!」」
「そうか~・・・サーシャちゃん、お父さんとお話が済んだ頃に、また顔を見せておくれ。ジィージ、待ってるからの~!ふはは」
エルランドは自分のひ孫を温かい目で包むかのように、サーシャに実に優しいばかりの笑みをこぼしていた。
そんな彼に、サーシャは頷きながら満面の笑みを返した。
「いいよぉ~~サーシャまた来るね~」
「うむうむ・・・」
「では後ほど・・・」
アニーはそう言うと席を立ち、村長に軽く会釈をしながらサーシャを伴い部屋を後にした。
俺とエルランドは、ふたりがドアの向こう側へ消えゆくまでその背中を追いかけていた。
・・・・・・・・
エルランドはアニーたちの背中を見送ったのち、やおらに視線を対面に座る俺に戻し、途切れた会話を繋ぎ始めた。
「話を戻そうかのぉ~・・・賢人が私に何を聞きたいのかはホランドから伝えられておる・・・ところでハイヒューマン殿自身は、それについてどう思われているのかな?」
「上位種の存在ですよね・・・」
「うむ、如何お考えかな・・・ん?」
「わたしもハイヒューマンとしてで無く研究者の端くれとしても興味のあることですが、各種族に上位種は存在しているのではないかと思っています」
「うむうむ・・・」
「寧ろ・・・ヒューマンとエルフだけに上位種が存在していることの方が不自然に思えていますので・・・」
「なるほどのぉ~」
エルランドは腕を組み、目を閉じたまま俺の話に頷いていた。
「それで『竜人族』に関することであるならば、村長が一番詳しいかと思いまして、お話を聞かせていただければと参りました」
「なるほど、なるほど!まぁ、この手の話はホランドの方が専門じゃし詳しかろうが・・・この世界には大きく分けて、ヒューマン族、エルフ族、ドワーフ族、獣人族、魔人族、竜人族と6種族が存在しておる。エルフ族の亜種ダークエルフ系と魔人族の亜種である鬼人系も数えると8種族になる。これは知っておられるな?」
「はい。それは知っております」
「この世界には何故そうなるのか、何故そうでなければならないのか・・・納得し難い理不尽な『理』が存在しておる。それはハイヒューマン殿も身を以って経験されておろうが、君たちふたりはそのひとつを見事に越えて新たな『理』を創った。しかし・・・古より上位種は本来血脈を残せぬ存在であった!」
「はい。そう受け止めています」
「では、逆に聞こうか?・・・ほほっほ」
エルランドは、話を頷きながら聞いている俺の顔をじっと凝視して訊ねてきた。
「何故、君たちふたりは・・・その『理』を越えることができた?」




