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第11章 港町ベルフォース


空気をつんざくような売り手と買い手の荒々しくも賑やかな声が辺り一面を飛び交う。

港前の市場はバサラッドの露天商が立ち並ぶ通りに引けをとらない活気がみなぎっている。

アドリア王国の最西南の港町であるベルフォースに俺たち3人は瞬間移動のゲートを抜け辿り着いていた。


「あなた~今からどうします?」


アニーは港から吹き抜けて来る海風に髪を揺らしながら、サーシャを肩車して歩く俺の方へ視線を向けた。

潮の匂いと一緒にその髪のいい香りが鼻をくすぐっていく。


「そうだなぁ~まずは今晩の宿を探そう!町を散策するのはそれからでもイイだろう~」


「はい!・・・でも、ふたりで宿を探すのって何か懐かしいですね。えへっ」


俺のその言葉に、アニーは懐かしき日を思い出したのかように笑った。

その笑顔に、今の幸せ感の中で色褪せてしまっていた当時の出来事が鮮やかに蘇ってきた。


「あぁ~、そう言えばホントだなぁ~・・・初めて出逢った日の夜の事思い出したよぉ~『蒼き星の館』だっけ?ククッ」


「うんうん、女将さんに恋人同士だと間違われて・・・面白かったです!あはっ」


「そうそう、迷い迷い見つけた宿の部屋がダブルベッドでさ~~頭抱えたの覚えてるよ・・・もう6年も前の話になってしまったんだなぁ~ははっは」


「そうですねぇ~・・・」


アニーはサーシャの足を掴む俺の腕に嬉しそうに手を添え、もたれ掛るように体を寄せ甘えてきた。

そんな妻が愛しくてたまらない。


あの日の出逢いがなければ今日という日は有り得なかった。

それが、お互いがお互いを知らず知らずの内に惹き寄せ合う『えにし』が繋ぐ出逢いだったんだろう。

あれから6年という月日が流れて行ったが、肩を寄せ歩くアニーの笑顔も仕草も当時のまま何も変わらない。

ただその歳月の中で大きく変わったものは、俺は父親に、アニーは母親に・・・そしてふたりの大切な『宝物』ができたこと。

コトワリ』越えたことによる今から先の未来がどうなって行くのかは分からない。

けれど、この掛け替えのない『宝物』だけは何が起ころうと守って行かねばならない。

それがハイヒューマンとハイエルフであっても、ヒューマンとエルフのふたりであったとしても・・・親となった者の責任であり責務なんだと思う。


「サーシャ歩きたいの~おろして、おろして~」


サーシャは俺たち夫婦の仲睦ましいやりとりの蚊帳の外にいることに退屈さを感じたのか、俺の頭をポンポンと小さな手で二度軽く叩いた。

たとえ蚊帳の外であっても親が仲良くしている姿は子供としても嬉しくない理由わけがないだろう。

ただ、その中に自分も入りたかったのであろう・・・そんな子供心が解らないでもなかった。



・・・・・・・・



サーシャを真ん中に3人で手を繋いで通りを宿屋街へと折れていく。

市場のある通りを過ぎると行き交う人もまばらになっていた。


ベルフォースの町はバサラッドのような得体の知れぬ巨大な街では無いので、MAPを呼び出すこともなく宿屋が建ち並ぶエリアへとすぐに辿り着くことができた。

ただ数軒並んではいるのだが、どこへ入ればいいのかも分からないまま、取り敢えず、進行方向で一番手前の『港一番館』という看板の下がった宿屋を覗いてみることにした。

当然と言えば当然である。初めて訪れた町である。馴染みの宿があるわけでもないから適当に選ぶしか方法がなかった。


「いらっしゃいませ~!」


扉を開けて中に入ると同時に元気な声が響き渡った。

受付には制服姿のふたりの若い女性がにこやかな笑顔を浮かべ立っていた。


店の雰囲気は明るいし悪くない。

悪くないどころか、寧ろバサラッドのガサツな雰囲気に比べると精錬されたものを感じた。

左手に食堂があるのであろうが、ちゃんと背丈ほどの観葉植物を並べることで仕切りがしてあるし、清潔感と共に洒落た感じが漂っている。

南航路における外国との窓口にもなっている港町でもあり、訪れる外国人にもそれなりの好印象を与えるだけの気遣いが行き届いているのであろう。


俺たちは受付カウンターまで進んで行った。

笑顔を絶やさず待ち受ける彼女たちが竜人族の女性であることに気付いた。

見た目はヒューマンと全く変わりはない。エルフ族のように尖った耳が特徴なわけでも、ドワーフのように小柄でがっしりした体つきが特徴なわけでもない。

ただ違いは、祖先からのDNAの流れなんだろう・・・肌の色が極薄く青味がかっている程度だ。

エルフやダークエルフ、それに獣人族やドワーフと比較すると一番ヒューマンに似通っているのではなかろうかと思われる。

そう言えば・・・魔人族は鬼人系も混じっているのか頭に小さな角がある人たちもいる。そんな各種族の特徴と比べれば、見た目の突出したものは全く以って感じられなかった。


「泊まりたいのですが・・・部屋はありますか?」


「ご家族さまですか?」


「はい。3人が寝泊りできる部屋があれば助かります」


「ダブルベッドとシングルベッドが付いた3人様用の部屋がありますが・・・それで良ければ空いております」


「良かった。それでお願いします!」


「はい。ではお部屋へご案内させていただきます」


一人の女性がカウンターからすぐさま出てきて、俺たち3人を部屋へと案内してくれた。

部屋は通りや町を見渡せる三階で、白壁に部分的に貼られた焦げ茶色の板壁がシックさと落ち着いた雰囲気をかもし出していた。

俺にはけっこうセンスの良い部屋に感じられた。

アニーは案内してくれた女性に施設の利用について説明を受けている。俺はサーシャの手を引いて開け放たれた窓から外を眺めた。

海が近い所為か、陽気な風に誘われた潮の香りが微かに漂っている。

窓から見える光景は、さすが温暖な南国の地らしく白壁に赤レンガの屋根の建物や家が目にも鮮やかに建ち並んでいた。

バサラッドとは全く異質のこの風景が、遠き場所まで来ていることを改めて感じさせてくれた。


「あなた~食事はどうされますかって?」


「少し散策してみたいし・・・外で食べることにしよう~」


「は~い・・・では食事は朝食のみで、夕食は無しでお願いします」


「はい。畏まりました。また御用の際には気軽に申し付け下さい。それではごゆっくりとお過ごし下さいませ!」


案内をしてくれた竜人族の女性は、アニーに部屋のマジックカードを手渡し、丁寧に頭を下げて部屋を後した。


「お金はマリナさまからの援助もあるし、せっかく遠く見知らぬ所まで来たんだから・・・少し町の雰囲気を味わってみようよ!」


「ですね~そうしましょう~あはっ」


「マリナさまから戴いている特殊カードは使い辛いけど・・・少しぐらいの贅沢なら許されるだろう~ははっ」


「あはっ・・・」


元の世界でも便利なクレジットカードはよく使う機会があったが、実はこの世界にも似たようなものがある。

冒険者なら冒険者カード、職業に就いているものなら職業カードなど・・・自分の身分を証明するものを発行してくれる。

それが銀行の自分の口座と連動していて、現金を持ち合わせてなくても決済できるシステムになっている。

ただし、カード決済できる店だけになるが・・・それは元の世界もこの世界も一緒である。

コンピューターなどによる電算処理が、この世界では魔法がそれを処理しているそうだ。想像していた以上に元の世界と通ずる部分に可笑しくなってしまう。

マリナからは今回の任務にあたって、国外でも通用する『特殊カード』を発行してもらっていた。たぶん、王族や貴族専用のカードなのかも知れない。


「夕方までにはまだまだ時間があるし・・・今からどうする?」


「サーシャをお昼寝させておこうかしら・・・」


「そうだなぁ~・・・」


「サーシャ眠たくないよ?・・・」


「ダメです!お母さんと少しだけ一緒に寝ましょう~」


「眠たくない、眠たくない~~」


「ははっ、サーシャ!お母さんとお昼寝すんだら、お父さんがイイ所に連れて行ってあげるから・・・眠たくなくても少し寝ておこうね!」


「ほんと?・・・」


「本当よ~だからお母さんと少しベッドで横になろうね!あはっ」


「ふあぁ~~い!」


いつもなら昼寝をしている時間なんだろうが・・・先程まで賑やかな市場を歩いていたんだし、幼いと言えど彼女は彼女なりに興奮しているんだろう。

そんな彼女を優しく諭すアニーは・・・どこからどう見ても、もうすっかり母親が板についていた。


「アニー、俺は下の食堂でお茶でもしているから・・・少し竜人族に関して訊いてみたいこともあるしさ!」


「はい。小一時間ほどしたらわたしも下りますね~」


「うん・・・」


俺は名誉館長の依頼に応える為、明日『竜人族の村』を訪ねてみようと思っている。

その為に、少し情報を仕入れておきたかった。






『伝説の黙示録』探しの旅は今始まったばかりだ。


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