第9章 迫られる決断
王都バサラッドの繁華街である商業エリアの中を商館通りへと抜けて行く。
ウィンドウショッピングが楽しめそうなほどきらびやかな商品が、何処も彼処もショーケースを賑やかしている。
時間が許すなら、ゆっくりと見て回りたい・・・そんな気分に誘われながらアニーはサーシャを抱かえラウティオラ商会を目指して歩いた。
行き交う人の波は半端ない・・・さすがに大陸一の大都市である。
歩きたいと駄々を捏ねるサーシャを宥めながら人混みの中をすり抜けるように避し、ようやく目的の店まで辿り着いた。
クロエと会うのは1ヶ月振りぐらいになる。
ただここ最近はお互いが何かと忙しく会うタイミングを逃していたが、結婚後もクロエとは月1~2度の交流を欠かさず続けて来た。
あれから5年、フローラは勿論のこと、パウラも含め過っての『女子会』を『かれん亭』で開くことも幾度となくあったが、5年の歳月という流れの中では、男性の環境変化と女性の環境変化とでは大きく異なる。今ではそれぞれがそれぞれの新たな道を歩き始め、都合を合わせ気軽に出会うということは中々に難しくなっていた。
特に結婚して子供が出来たフローラやアニーは自分たちの家族を中心とした生活に為らざるを得ないし、クロエも新たな仕事に、パウラも新メンバーたちと冒険に勤しんでいるわけであるし、男のように仕事帰りに一杯引っ掛けながらどうだというような安直な交流はできない現実になっている。
それは女性なら誰しもが辿らねばならない道程なのだろうか・・・でも、みんながそれぞれの選んだ道で幸せ感を抱けるなら、それはそれで致し方ない事なのかも知れない。
何かの『縁』があるからこそ繋がった仲間だ・・・またどこかで昔のように笑え合える日が必ず来るであろう。その時まで、今は自分自身がやらねばならない事をやっていけば、それで良いのであろう。
アニーは大通りから小脇の路地へと折れ、店の裏側へ回り通用口の扉を開けた。
「こんにちはぁ~」
「サーシャ来たよぉ~♪」
アニーとサーシャのその声に、クロエは部屋から体を乗り出すように反らし顔を覗かせた。
通用口を入ったすぐ右側の部屋をクロエは自分の仕事場にしていた。
「あら~~いらっしゃい!サーシャ大きくなったなりねぇ~ぷぷっ」
「クロエ~クロエ~~♪」
床に下ろされたサーシャは勢いよくクロエに抱きついた。
そんな姿を見ているとアニーも自然に笑みが零れた。
「おばちゃん、サーシャが来てくれるの待ってたなりよぉ~」
「うんうん・・・イヒッ」
「クロエさん、ゴメンなさい・・・いつも勝手なお願いばかりして!」
「アニーちゃんの頼みだからってことじゃなく、逆にこっちからお願いしたいぐらいよ~」
「仕事忙しいのに・・・少し気が引けたんだけど、クロエさんにしか頼む人がいなくて・・・」
「気にしない~友達でしょ!気軽に頼みなさいよ~何でも頼まれてあげるんだから~ぷぷっ」
クロエは本当に可愛らしい女性になっていた。
それはフローラのような大人の美しい女性というタイプとは真逆の・・・子供のような笑顔を振り撒く愛らしさ漂う可憐な女性へと時の流れと共に姿形が変化していた。
元々あどけなさの残る風貌ではあったが、今では大人の女性らしさも十二分に漂わせている。
外を出歩けば絶対に声を掛ける輩が群がるであろう・・・冒険者時代からもクロエファンは多くいたのだから。
美し過ぎて男どもが引けてしまうアニー、お色気むんむんのフローラ、獣人族のマスコット的なパウラ、そして可愛さ満面のクロエ・・・よくぞこれだけバラエティーに富んだ美人を集めたと評判に上るパーティーでもあった。今となっては懐かしき時代となってしまったが。
「今から主人と王宮へ参内しないと行けなくなったの・・・サーシャを預かってくれる人ってクロエさんしか思い浮かばなくて・・・」
「思い浮かべてくれるだけで嬉しいなりよぉ~!任せなさいって!!それよりマリナさまからなりか?」
「たぶん、そうだと思います。主人からマジックメールが急に届いて・・・今から図書館で待ち合わせして王宮へ向かうことになっているのです」
「また無理難題をショーヘイさんに押し付ける気満々なのねぇ~うひひっひ」
「ですね・・・あの旦那、断れない性格だし・・・あはっ」
「そうだねぇ~・・・まぁ~サーシャちゃんはわたしが預かるから気兼ねなく行ってきなさいよ~任せて!」
「ありがとうございます。サーシャ、良い子しているのですよ!」
「サーシャ、いい子だよぉ~イヒッ」
「おばちゃんと何か美味しいものでも食べに行こうねぇ~」
「うんうん!」
「クロエさん、申し訳ないですが宜しくお願いします」
「任せるなりぃ~~!イヒヒッ」
クロエの浮かべるその笑顔は5年前も今も同じだった。
本当に屈託のない嬉しそうな笑顔を浮かべている。そんなクロエに笑みを返しながらアニーは深く頭を下げ、ラウティオラ商会を後にした。
最初はサーシャをそれはそれは我が子のように可愛がってくれるシフォーヌに頼もうかと思ったが、そうなれば王宮に参内する要件を詳しく知りもしないのに話さねばならなくなるだろうし・・・ショーヘイからは秘密裡に進められている案件であることも聞かされていたので、それならクロエに預かって貰えるならそれの方が気持ちが楽かなと思いマジックメールを送った。
サーシャはクロエが大好きだし、クロエも将来の予行演習でもしているつもりなのかサーシャを娘のようにいつも諭してくれる。
そんなクロエの都合も聞かずに不躾なお願いをすることに気は咎めたが、予期せぬお荷物にも係わらずクロエが変わらぬ笑顔を見せてくれることに安心と共に感謝したい気持ちで一杯になった。
過っての仲間というより・・・今では信頼のおける友達なんだろう。これも『縁』が繋ぐ出会いなのかも知れない。アニーは無性に嬉しかった。
・・・・・・・・
王太女府のマリナの執務室ではマリナを真ん中に、両脇にジョスランとクロフォードが、そしてその対面として俺を真ん中にアニーとロークがソファーに所狭しと腰かけていた。
王太女と学術界の重鎮たちの並々ならぬ気配に圧し潰されそうな沈黙の時間が空間に漂っていた。
「今までの話を聞かれて如何であろうか・・・ショーヘイ殿の忌憚なきお気持ちを聞かせて貰えないだろうか?」
マリナは重苦しい空気を引き裂くように言葉にした。
ことがことだけに、先を急ぎたいという気持ちは理解できている。何せ、アドリア王国だけがこの『黙示録』の存在を知っているわけでない。逆にそれを知り得た他国の方が何年も前から取り組みを始めている可能性も否めない。だからマリナには焦りの気持ちがあるのであろう。
「はい。わたしとロークはこの依頼を請けることに差し障りはありませんので、殿下からのたっての依頼ですし協力できるならしたいと思っています」
「おぉ~~請けてもらえるか!」
マリナより先に名誉館長のクロフォードが歓喜のような言葉を発した。
傍らのロークも俺の言葉に黙って頷いていた。
俺は顔の表情が弾けたように明るくなったマリナに対し言葉を続けた。
「ですが、アニーは連れていけません。連れて行きたいのは山々ですが娘のこともあります。これは今わたしが決断したことです!」
「へっ?!」
アニーは俺のその言葉に、そして突然の決断に唖然とし、口を半開きにしたままじっと顔を見つめてきた。
彼女にとっては想定外のことだったのであろう。
ロークは何も語らずただ黙って俺の言葉をやり過ごしていた。
「ロークも妻のフローラを伴うことは考えていないでしょう・・・遠く国外の話となると冒険クエストのように数日で済む話ではありませんし、何が起こるかわかりません。そんな場所に大切な妻や子供を同伴させるわけには行きませんので!」
「もっともな話だと思う・・・」
マリナは俺の言葉を理解したように大きく頷いた。
頷くマリナを見ながら、ジョスランはそんな俺の気持ちに対して自分なりの見解を述べた。
「ハイヒューマン殿のおっしゃることは当然至極だと思います。そんな中、敢えて申し上げさせていただきますが、ハイエルフ殿の直観力はハイヒューマン殿より優ります。これは古よりそう伝えられてきておることす。同じ上位種としてハイヒューマン殿も感じられているのではありませんか?・・・出来得ることならばご協力を戴けるならこの上ない喜びではありますが!」
「ふむ・・・ショーヘイ君、これは何もジョスランが理屈っぽく言っておるが、平たく言えば所謂『女性の勘』ってやつだ。これは男は持ち合わせておらぬ!ふほほっ」
「はい。それは自分でも理解しています。アニーの感じる物は俺とは違うと・・・」
「うむうむ・・・選定地は絞ったがここからはまた推察となる。こちらから情報はできる限り送るが、頼れるのは現地に赴いてくれる者たちの推理と直感に頼る部分が多いのだよ~」
「わたしは・・・わたしは主人の気遣ってくれる気持ちは嬉しいのですが、一緒に行けることを願っています。管長や館長の言われる直観力が本当にわたしにあるかどうかは判りませんが、共に行動したいと思っています。今までそうやってふたりで難局を乗り越えてきたのです。だから今回残されると後悔だけが何か募りそうで・・・」
クロフォードの言葉を聞き終えたのち、アニーは何かを訴えるかのように突然口を開き、この場に居る全員の顔を見回しながら正直な自分の気持ちをぶちまけた。そして視線を落とすかのよう俯いた。
夫婦でありながらこんなに気持ちをあからさまに伝えるアニーを見たのは初めてかも知れない。
俺が下した判断が間違っているのであろうか・・・そんな気持ちに苛まれてしまう。
「ジークランド卿はどう思われるか?・・・」
「わたしは、わたしなりの見解で今回のことを捉えていましたが、先ほどの『精霊』殿のお話をお聞きしまして考えが変わりました。もしショーヘイ殿がアニー殿を同伴するなら、わたしも妻と子供を連れて参りたいと思います。家族連れの旅人風情であれば他国に入る斥侯や間者紛いとは思われますまい!」
ジークランド卿とマリナから呼ばれたロークは、貴族の端くれらしく言葉遣いを考えながら自分なりの意見を述べた。
もう猶予有る時間は無い。
『決断』を下さないといけない時期が迫って来たようだ。




